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聖母とお茶会のあれこれ2

 主人夏瑚の背後にじっと控える姫祥は、目の前で繰り広げられるお茶会とやらに目を凝らす。


 主人の夏瑚は、いつものように、長い黒髪を垂らした装いだ。夏瑚は、綺麗な女の子だが、派手な容姿ではない。控え目にまとまっている印象で、唯一人目を惹くのはその黒髪の美しさだ。毎日夏瑚の頭を揉みほぐし、髪を洗い、香油をつけて梳っているのは、他ならぬ姫祥だ。夏瑚の美しさは姫祥の功績と言える。

 ゆっくりと室内を見回す。夏瑚以上に艶のある髪の持ち主はいないようだ。姫祥は満足して、視線を戻す。


 そこにいる4人のうち、明らかに異質なのは碧旋と思しき人物である。

 その美貌は際立っている。論科での顔合わせの時は酷い髪形で粗末な服装だったらしいが、今は上質な衣服を身に着けているし、髪飾りはいかにも高価だ。


 漏れ聞こえてくる会話からすると、髪を高く結い上げている垂れ目の女が伯爵令嬢のようだ。こちらは成人しており、女官見習いとして王宮で暮らしている。要は結婚相手探しだ。庶民の娘は相手を見つけてから女になることが多いが、貴族は違うらしい。

 成人女性の正装である絹綾の衣布をまとっている。長着と違って衣布は縫製されていない一枚布を体に巻き付けたものだ。装飾品の重さで要所要所を留め、紐で襞を作るので、だらしない姿勢や乱暴な動きでたちまち着崩れる。体の線も露になるので、衣布を着こなす女性はそれだけで美女と讃えられる。

 伯爵令嬢は、装身具や紐だけでなく、あちこちに留め針を打ち、衣布の形を保っているようだ。奇妙な皺が目に付く。下着に部分的に縫い付けたりしているのかもしれない。うまく着こなせないなら、夏瑚のように長着を着ればいいと思うが、いい女であることを宣伝したいのだろう。


 もう一人は盛墨公子だ。聞いていたよりも華やかな格好だが、男でも女でもない、子供の域を出ない立ち居振る舞いだ。公子なら、周囲の事情よりも、自分の嗜好で将来を決めるつもりなのだろう。


 自分に任せれば、そのあたりのことはわかるのだが。


 講師の指示に従って、茶が供され、菓子が運ばれる。

 碧旋の仕草は洗練されていて無駄がない。基本的な作法は身についているようだ。それでも、知識はないようで、茶器の種類も知らないし、茶葉の産地もわからない。

 感覚は鋭く、茶器の手触りや音で分類をして見せ、茶葉の味を判別してのけたのには驚いた。


 他の三人は一般的な作法も知識もあり、夏瑚はそれに加えて、流行や値段に詳しい。値段は余計なのだが。ぺらぺらと、茶葉の価格と、どのように買えば安くなるのかを喋ったことが劉慎の耳に入れば、がっつり叱られることだろう。


 講師がぐるりと各卓を回って、総評を述べていると、終わりの気配を感じ取ったか、碧旋がぽいぽいと茶菓子を口に放り込んだ。まるで下町の子供だ。盛墨公子はそれを困ったような顔で見ている。夏瑚の表情は見えないが、自分もやりたくてうずうずしていそうだ。

 授業の終わりを告げられると、碧旋は軽く右手を振って挨拶をすると、滑るように部屋を出ていった。


 「面白い人だね」と盛墨公子が笑った。公子と夏瑚が並ぶようにして、戸口へ向かう。扉を開けると、ちょうど廊下を歩いてくる顧敬が目に入った。

 「これは、盛公子。劉侯子」優雅な身振りで挨拶をしてくるのを見ていると、立派な貴公子だ。特に人目を惹く容姿ではないものの、落ち着いた態度は知性を感じさせる。

 「うちの碧旋もご一緒させていただきましたか?」と聞いてくるのに、二人が頷く。顧敬は周囲に目を走らせると、「今はどこに?」と眉をひそめて言う。

 「つい先ほどご退出されました」夏瑚が答えた途端、顧敬が「失礼!」と言い捨て、走り出した。先ほどまでの上品さはどこへ行ってしまったのか、その場に残された全員が思った。


 夕食が届けられた時に、姫祥が運んできた寮人としばらく話し込んでいた。羹が冷めてしまわないか心配だったが夏瑚は我慢した。これも大事な情報収集だからだ。


 「顧敬殿も碧旋殿も、お互いに苦労しているようだな。相性がよくないと言うべきか」礼法の授業の顛末を聞いた劉慎が言う。「そうですね。顧侯子は、もともとどのような方だと?」「かなりの努力家だと聞いている。孔州侯は、おとなしい方でね。真面目で、地道に活動される方だ。王宮のあたりにはご関心が薄く、ご自分の領地に集中しておられるが、難しいらしくてね。顧侯子は、それをよく助けておられるそうだ」

 その話を聞く限り、養子を王族に近づけようと目論む人には思えない。それでも入試に合格するような人物が現われ、それがまだ未成年で美貌の持ち主であるとなると、欲が芽生えるものなのだろうか。

 姫祥が怪訝な面持ちで、食事の載った台車を押しながら戻ってきて告げた。「その、孔州侯子顧碧旋様ですが、行方がわからないそうです」

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