聖母と学園のあれこれ 1
新しい話を書き始めました。
始まりはいつもワクワクします。
引っ越しの疲れからか、慣れない部屋の寝台でもすぐに寝入ってしまっていたらしい。
気がつけば、見覚えのない天蓋を見上げていた。見覚えがないはずだ、夏瑚の寝台には天蓋など付いていなかった。
今日から夏瑚の部屋として割り当てられたのは、三間続きの豪華な部屋だ。一間は夏瑚の私室、一間が応接室、もう一間がお付きの姫祥が使うことになった。豪商の娘として育ってきた夏瑚にとっても、実家の私室は一間だったので、ちょっと気持ちが高揚した。
だが、室内の寝台になぜ天蓋が必要なのだろう。それに天蓋から下がる紗幕の意味もわからない。引いておけば、起こしに来るお付きに涎を垂らした寝顔を見られないで済むからだろうか?夜中に抜け出した時に、発見を遅らせる役にも立つかもしれないな。けれど、まめに埃を払う必要がある。寝台をぐるりと覆うのだから、洗う時もかなり嵩張るだろう。
しかも!この部屋だけのことではない。姫祥の部屋の寝台は天蓋はないけれど、学園には夏瑚以外にも学生がいて、それぞれこのような部屋を割り当てられているのだ。学生だけではない。それ以上にここには多くの人が暮らしている。なぜならここは偉華国の王都、その王宮の中にある王立の学園なのだから。
王宮に住まう人の数と、天蓋付きの寝台の数、紗幕の手入れに割く人手の多さを計算していると、再び瞼が重くなっていく。
夏瑚は『聖母』である。自覚はまだない。あってたまるか、母ですらないのだから。まだ十三の小娘である。
けれども、小娘である、ということが重大なのだ。
偉華には、小娘という生き物は稀だ。
偉華の人間は、一般に、性別の区別なく生まれてくるとされている。どちらかと言うと未成熟な雌と言ったほうが正しいという説もある。まあ、雌でも雄でも、未成熟なら大して違いはない。子供とはそういうものだ。成長して成熟し、子をなせるようになるならば、問題はない。
成長してもそのままでは性的に成熟しないのが問題だった。成熟を促す方法はある。神殿がその儀式を請け負い、人々は成人と認められる十五歳を迎える頃に、己が性を選択する。
だが少数ながら、生まれながらに性別がはっきりしている者たちもいる。それが所謂『聖母』である。生まれ落ちた瞬間から、母になれる女。何人もの子供を育み、生み落とせる力を持つ者。
『聖母』は六感の一つと言われている。六感とは、とびぬけた鋭い感覚、常人にはない力、特別に備わった能力をまとめてそう呼ぶ。様々な力があるとされているが、よく知られたものから、厳しく秘匿されているものまで、多種多様だ。怪力や俊足などがよく知られている。
『聖母』も比較的知られている。偉華では、子供を産むのは命懸けだ。出産で命を落とす女は珍しくない。初産はそれほどでもないが、二人目、三人目となるにつれ、死亡率はどんどん上がる。
『聖母』は違う。『聖母』は五人以上の子供を持つことが多く、中には二十人の子供を産んだという記録もある。この国では子供の死亡率も高いが、『聖母』の子供は健康であることも有名だ。
そのため、健康な子供が欲しい男たち、家系の存続を願う者たちにとって、『聖母』は垂涎の的となる。
ゆえに『聖母』は一筋縄ではいかない人生を歩むことになる。
夏瑚が学園にいるのも、自身が『聖母』であるせいだ。
『聖母』を娶り、子供を得たいと考えるのは、血統を重んじる者たちに多い。家業を繁栄させたいと願う者、より多くの優れた子孫を欲する者たちだ。つまり、貴族である。
偉華では、ほとんどの子供が小学に通う。無料で文字の読み書き、初歩的な計算、国の歴史などが学べる。昼食も無料で配られる。通う年齢ははっきり定められてはいないが、大体五歳から七歳ごろに通い始める。早い子供は一年、長くても三年で小学は卒業し、その後は仕事の見習いを始めるか、中学に進む。
中学は多くが三年ほど在籍する。少ないものの授業料が必要で、働きながら通うものも珍しくない。古典の読み書き、外国語の初歩、統計の初歩、地理なども習い、自分の適性と能力を測る。
その後はほとんどの者が仕事に就く。ごくごく選ばれた者だけが大学へ進む。
大学に分類されるのは、首都学院と王立学園の二か所だけだ。
首都学院は、高い倍率の入学試験を潜り抜けた者だけが入学できる。他の条件は一切ない。国立なので、授業料は国が賄い、特に優秀な者には在学中でも、国から援助金が出る。卒業すれば、官僚などになり、かなりの出世が期待できる。
対する王立学園は、王都の王宮内に存在する。こちらも授業料などは必要なく、一応入学試験もある。だが、何より重要な条件がある。貴族しか、入学できないのである。
いやいやちょっと待て。
夏瑚は豪商の娘。
そこはそれ、蛇の道は何とやら。需要あれば供給ありで、抜け道があるのである。