8:何を言ってるんだお前は
最近お腹が空かないの巻
「コレをこうして――――」
「其れだとバランスが――――」
「だったら――――――」
「じゃあこの機構を応用して――」
2人で額を付き合わせ憑戦装の製作を開始してから延べ3時間。
あまり悩む必要は無いと言いながらも、アレコレ試行錯誤する青鹿に教官パイセンは非常に親身になって付き合ってくれた。
限られたリソースの中で如何に幅広い状況で対応可能な武器を作り出すか。
話し合いの中でさりげなく教官パイセンの持ってる情報を引き抜きながら敵をイメージし、改良に次ぐ改良。
ステップ4まで作り、時にリアル言いくるめで教官パイセンに練習相手になってもらい再調整。
VR、特に他のプレイヤーと接する機会のあるゲームでは、異常にキャラメイクに拘る者もいた。人によっては1週間などざらで、今はその時間を出来るだけ短縮する為、ネット上には大量のデフォルトアバター便利なや整形ツールが溢れていた。
青鹿もそのこだわりは理解できなくなかったが、結局は漢気あふれるリアルそのまま超ズボラスタイルであった。
其処で時間をかけるなんて勿体ない。其れが青鹿の本音だった。
そんな青鹿だったが、この武器作りは拘りが捨てられなかった。
『おれのかんがえたさいきょうのぶき』が最早愛しているとも言えるゲームの中で使えるのだ。妥協など許されない。
きっと、同志オヴェリ蛮人もとんでもない武器を作ってくると読めるから、自分が弱体化するなら武器に拘るしかない。
そして遂に一本目が完成。
一時休憩の為ログアウト、昼食と夕食をいっぺんに摂り、再度ログイン。できてしまえばそんなに拘る物には思えない様に思えるが、HCP頼りの青鹿には武器のズレは大問題だ。
本来ならば武器の癖に合わせてHCP側を対応させて徐々に完成形へと近づけていくが、其れは大きな正方形のブロックを小さなヤスリで削り続けて一つの球体を創り上げていく苦行に近い。
他のブラオ蛮人と渡り合うには、数時間程度の練習や戦闘では到底及ばず、人間的な感性を擦り減らして獣の様に神経を研ぎ澄ませなければならない。
そう考えるならば、たった数時間程度ででHCPに適応する武器を一から自分でデザインできるこのシステムは青鹿にとって最高のシステムだ。
青鹿は自分がゲームが上手いとか、人並外れて反射神経がいいとか、そんな事は思った事がない。
“本物”という奴は、武器を交わせば嫌になる程わかってしまう。自分とは積んでるエンジンが、スペックが違うと悟ってしまう。
自分はHCPありきの凡人。故に人の動きを徹底して研究して模倣して改善して突き詰めて理想形へと地道にもがくしかない。
他のプレイヤー、特にオヴェリシリーズで青鹿と渡り合ってきたプレイヤーからすれば「何を言ってるんだお前は」となる様な考えだが、事実青鹿はリアルでは凡人でしかなかった。
憧れて、研鑽して、其れでも遠く及ばない理想。
凡人には到底不可能な奇跡。その奇跡を起こす変態技術の集大成と狂信者のソレ、イカれた信仰にも近いイメージ力の融合。
イメージする事だけは負けられない。
勝つイメージを描く限り、HCPは応えてくれる。
HCPが使えば凡人だって神を降せる。
盲信的で狂気的なまでのイメージ力が青鹿の強さの源。
この武器もまた、自分のイメージに応えてくれる。
ならば、自分はより高みに至れる。
青鹿がそう考えるのも自然だった。
その後、なんと其処からリアルで1日、ゲーム内時間が現実の2倍近い事を考えると約2日も武器作りに費やして、漸く2本目の憑戦装を完成させた。
掲示板にはルナヴィのスレが乱立し、チラ見しただけで大盛況だと分かる。見たくて見たくて堪らないが我慢して、武器製作に専念した。
オヴェリ経由で知り合ったゲーム仲間(ほぼ9割オヴェリ蛮人)からも、『もうこっちはオンライン要素解放されたけど何してるの?』『何処にいるんだ早く戦わせろ』『オヴェリシリーズ鬼畜すぎワロタ。序盤三乙したんですけど鬼畜外道の権化ことセイガ氏は如何お過ごし』というお節介要望苦情メッセージが届いたが無視。
ただ、最後に律儀にルナヴィを買ってその洗礼を受けてたと思しきリアル友には「下手くそ乙w」とだけ返信して溜飲を下げていた。
勿論そのあとネットミームとおじさん構文を全力で駆使した怒濤の長文嫌がらせメッセが届いたがこちらは無視した。
人としてやらなきゃいけない事、すべき事、やりたい事、全部限界まで削いで持てる情熱を全て注いだ。
「これで、完成です」
ステップ4を漸く完了。はーーーっと自然と息が漏れ出る。
根気良く付き合ってくれた教官パイセンも大きく溜息を吐くと、棺に寄りかかり脱力した。
「お付き合い頂きありがとうございました」
「構わないさ、これが仕事だもの。ただ、予想以上に難航したのは確かだけどね。人の忠告も聞かずにあんな複雑な機構を組み込むなんて、どうなっても知らないよ………と言いたいが、私もつい悪ノリしてしまったし、練習中の君を見るにその心配は無用の様だ」
「いや〜大変でしたけど一緒に作っててめっちゃ楽しかったです。早く使ってみたいですよ」
1人では何処かで妥協した部分があったかもしれない。しかし、自分に新たな理想系を魅せてくれた人物の協力はモチベーションの維持に非常に役立った。
納得いく武器を作り上げ、適度な疲労感が身体にのしかかっていたが、これが遂に使えると気づいた瞬間に心臓が噴火した様に熱くなる。目が回りそうな程に興奮が止まらない。
おもちゃコーナーの前で目を輝かせるような子供みたいになってる青鹿を見て、教官パイセンは笑った。
「待ちたまえ。もう忘れてるかもしれないが、これでは足りないんだよ。さあ、最後のステップに移ろう」
そう、憑戦装はまだ完成じゃない。
例えるなら、今の状態は絵で言うところの線の書き込みが終わっただけ。絵としては成立しているが物足りない。
「憑戦装はSIDEの力があって真価を発揮する。特に君のSIDEは、その、アレだから、強烈だと思うよ。さあ、憑戦装と契約を結びSIDEの力を注ぎ込むんだ。方法は簡単だ。このナイフで指を軽く切って、その血のついた手で武器を強く握るんだ」
非常に不安になる言い回しだが、反面期待が高まる。
複雑な意匠を施された芸術の様なナイフ。刀身は透明で、目を凝らさなければ見えないほどだ
そのナイフを受け取った瞬間、ブワッと背筋を風が撫でた様な悪寒に襲われ、身体中から黒い靄が溢れ出す。ふと見上げれば、あの邪神じみたSIDEが青鹿を抱え込む様にゆっくりと顕現しつつあった。
「これは………さあ早く。SIDEを表に出しすぎるんじゃない」
言われなくとも3つ目の黒ゲージが凄い勢いで減り始めたので危険な状態である事はなんとなく分かる。
VR空間では痛みはない。故に迷い無くナイフの切先で手のひらを切れば血が溢れ出す。
面倒なのでもう一方もさっくり斬る。
痛みの代わりに感じるのは熱。
VR内に於ける痛みの表現は法律で厳しく制限されており、其れは熱さという形で現在は表現される事が一般的だった。
ジワリと溢れた血の付いた手で仮完成状態の憑戦装を2本一気に強く握る。
すると、完成した憑戦装から毒々しい色の粘度の高めの液体と黒い靄が大量に溢れ出した。
「うっ、凄まじい拒絶反応だッ!後輩君、憑戦装を掴んだまま離すんじゃないぞ!」
1人でにガタガタと揺れる憑戦装。まるで容量以上の何かを詰め込まれようとして苦しみ悶える様に、のたうつ様に動くが、必死で握り締める。
金属光沢を有していた美しい銀色の表面が黒いナニカに侵食され、青白い血管の様な物が浮き上がる。
やがてその強烈な反応が終わると、其処にはドクドクと脈打ち何処か生き物としての要素を感じさせる変わり果てた姿の憑戦装が在った。
見た目は完全に聖職者の武器というより呪われた曰く付きの武器である。
【憑戦装が完成しました】
【証跡:憑戦装の使い手/解放率91%】
「ふぅ……無事に終了したね。さて、これで祓魔師としての大まかな準備は完了した。あとは知識の方だが、其れは個人で学んでくれたまえ」
教官パイセンはそういうと、徐に白く分厚い本の様な物を押し付けた。すると本はフッと消え去り、吸収された。
【Exorcist wisdomが更新されました】
【Exorcist wisdomより悪魔、紋章、憑戦装、聖骸牌、SIDE、PERK、パラメータ情報などの詳しい説明をご覧頂けます】
どうやら説明書をダイレクトに挿入してきたらしい。力技過ぎるが、教官パイセンは平然としている。
ツッコミどころはあるが、これで漸く3つ目のゲージの正体も判明しそうだ。
むしろ意図的説明不足に定評のあるプロミス社製のゲームにしては丁寧な説明だと青鹿は感心していた。
「さて、本当にもう教える事はない。旅立ちの時だ」
「いや、まだ聞きたい事は沢山ありますよ?」
「私は君の親じゃない。時には自分で学ぶ事も大切だよ。というより君に関しては私から強引に色々と聞き出してるから本当にこれ以上教えることはないからね。全く油断も隙も無い奴だよ」
長く、いや長過ぎたチュートリアルもこれで終わりだ。つまり其れは、教官パイセンとの別れを示唆していた。
「もう会えないんすか?」
ムカつく事もあったけれど、教官パイセンは青鹿が今まで出会ったオヴェリシリーズのNPC達の中の好感度ランキングでも一気に最上位クラスに食い込みなそうな程気に入っていた。
悪質な冗談や悪口を投げ合っても、何処か憎めない、格好良さと可憐さが奇妙に同居していたそんな人物だった。
「ふふふ、会いたいのかい?」
「半年、いや、1年に1回くらいのペースで会いたいです」
「……会いたいのか会いたくないのか微妙な期間じゃないかい?」
青鹿のジョークにも慣れたようで、教官パイセンは苦笑して応える。そしてそっと手を差し出した。
「なんだかんだ言って、君は良くも悪くも面白い人だと思ったよ。悪友とは、君の様なヤツなのかもしれないね」
「人の趣味悪いっすね。もっといい友人探した方がいいっすよ」
皮肉にはやはり皮肉で。しかし差し出された手をそっと握り青鹿は握手を返す。
革手袋越しで分かりづらいが、その手はあれだけ激しく武器を振るっていても柔らかく思いの外小さかった。
「ところで教官パイセン、本名と性別はいつ明かしてくれるんです?もう一度会った時に教えてくれるってベタな話なら絶対に会いに行って聞き出しますけど」
最後の最後に、1番気になっていた事を問いかける青鹿。対する解答は、幸薄そうな、それでいて楽しげな微笑。
「秘密。でも、絶対かぁ。そうだね、どうしても聞きたければ――――――」
「ちょっ!?」
パチンッと唐突に鳴らされる指。
抵抗しても抗えず、霞む視界と音の中で、青鹿は唇の動きに目を凝らし、遠くなる意識と共に全てが白に染まっていく。
【証跡:戦闘訓練・極/解放率0%】
【証跡:戦闘訓練・裏極/解放率0%】
【証跡:教官の愛弟子/解放率0%】
【証跡:教官の友人/解放率0%/新証跡解放】
【証跡:免許皆伝/解放率71%】
【証跡:真・免許皆伝/解放率0%/新証跡解放】
【証跡:憑戦装の匠/解放率3%】
【証跡:憑戦装の虜/解放率0%/新証跡解放】
【証跡:延頸挙踵/解放率0%/新証跡解放】
【達人の紋章:を獲得しました】
【天賦の紋章:を獲得しました】
【友愛の紋章:を獲得しました】
【誓約の紋章:を獲得しました】
その中でログに流れていく文字列。証跡が幾つも解放されまた紋章が手に入った。
代々のオヴェリシリーズから考えるとかなりハイペースである。
その数ある証跡の中に、教官パイセンの真意が秘められていた。
「このツンデレやろー!」
聞こえているかはわからないが、最後の最後に挑発するように叫んでやった。
消えゆく視界の中、青鹿には教官パイセンが心底楽しげに笑っていたように見えた。
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽チュートリアル終了までに6万文字かかる小説があるってマ?