7:おっ、クソゲーか?
トイレが冷たいの巻
視界の霧が晴れると、其処はもう何度も訪れた寂れた教会だった。
ただ、その崩壊具合が大きく増していた。
「…………なんかヤバいヤツを取り込んじゃったんですけど」
そのボロボロの教会の台座に相変わらず腰掛けた教官パイセン。心なしか疲れたように項垂れた教官パイセンは顔を上げると力なく笑った。
「嗚呼、本当にとんでもない物を宿してくれた物だよ。本人の相性があるとは思うけれど、よもやここ迄とは」
「アレなんなんですか?」
とりあえず青鹿は気になる事を聞いておく。オヴェリシリーズだと何か重要な事を問いかけても大概はぐらかされる事が多かったが、教官パイセンはハッキリと解答した。
「あれは祓魔師としての悪魔祓いの力の根源、SIDE。其の力によって我々は物理的な攻撃がほぼ意味を成さない悪魔に直接干渉可能になる。SIDEの強さは祓魔師としての強さに直結するが、あまり頼りきりになってはいけないよ」
「まぁ、頼り切ったら不味いのは見れば分かりますよ。ところで教官パイセンのSIDEは?先程のタイマンだと使いませんでしたよね?」
「危機に陥らない限り見せびらかす物でもあるまいよ。SIDEは自分の写見みたいな物だからね」
どうも、先程のタイマンはその場から動かないだけで無く、見えない所でもう一つ縛りを自分に課していたようだ。
言い換えれば、青鹿の戦闘程度ではどうなっても危機を感じる程では無かったという事でもある。
しかし、実際自分のSIDEとやらと対面した青鹿からすれば、あんなキツい戦闘の最中にあんな化け物を繰り出されたらどう足掻いても勝てないしキレ散らかした自信がある。
其の点においては自重してくれた教官パイセンに感謝しかない。
「一つ、君には個人的な忠告を。君のSIDEはまだ赤子に近い状態に関わらず、例外的なまでに、あまりに強力だ、其れは本体を脅かすほどにね。【悪魔】の運命は伊達ではないのだろう。
本来はSIDEによって本体が強化されるはずなんだが、通常時の君は反動で寧ろ弱体化している。ただ、君がSIDEを解き放った時は、どんな祓魔師でも恐ろしくなるような力を振るえるだろう。
しかし、繰り返すようにSIDEはただの便利な力ではない。頼りきりになってはいけない。自分の内面を完全に曝け出しているのと同じだ。其れ相応の危険も伴う。
君の場合は特に気をつけてくれたまえ。完全解放は出来るだけ避けるんだ。
でなければ押し潰されるよ、真理の重みにね」
「通常時……弱体化………………?」
現状整理。
現在、パラメータ補正ゼロ、初期固有スキル無し、初期持物すら選べないキツキツ縛りプレイの【虚無の紋章】を選択状態。
寧ろこの状態で今までの戦果を挙げられたのは奇跡に近い大健闘だ。
其の状態からのまさかの更に下方修正。
『オヴェリでの良い話はほぼ100%詐欺だから気を付けろ』
この大原則は後継シリーズのルナヴィでもしっかりと受け継がれていた。
縛りに次ぐ縛り。甘い話に乗せられて、愚か者は下へと真っ逆さまに転がり落ちる。
これには青鹿も両手両膝を突いて慟哭したくなった。
しかし全ては自分の選択による物。教官パイセンに当たり散らしてもどうにもならない。全ては自分の責任である。
「まあ、その、デメリットだけって訳じゃないよ?悪魔から受けるダメージは結構大きくなるけど、回復力と攻撃力が若干大きくなるから其の点はイーブン、かな?SIDEが成長すればもう少しマシになる、かも」
「へー、そりゃいいや……なんてならんですよ。嘘でしょ、死ねる」
オヴェリの雑魚は雑魚じゃない。普通のオンゲやRPG、ハクスラと違って対応を間違えれば雑魚にだって普通に殺される。
つまり、幾ら回復が大きくなっても被ダメが大きくなったら話にならない。デメリットの中でも最悪の部類である。
おっ、クソゲーか?と心の中の野次馬が騒ぐが、青鹿は深呼吸して動揺を抑える。
あれほど煽りあった教官パイセンも何処か優しげで、目こそ見えないが同情的な視線を向けられているように感じる。
オヴェリのNPCに同情されるほど、青鹿の現状は厳しいと考えるしかない。これには生粋のオヴェリ蛮人も焦燥感が沸き立ってしまう。
「そうだね、多分キツいと思うから、君の憑戦装は出来るだけ君の要望に応えるよ」
やはり同情されている。なまじ先程までバチバチに張り合っていた物だからその同情がやたら胸に刺さり、行く末の苦しさを感じさせた。
「って、あのイカサマ武器ってこの段階で貰えるんですか?」
「イカサマ武器って君ね、憑戦装はSIDEと渾然一体の武装だよ。この段階では2つしかもてないけどね」
「その理由は?」
タイマン中に教官パイセンが使用した憑戦装は3つ。
1つは攻防一体のチート武器、鞭細剣|(+拳銃)。
通常時は白と黒の触手が絡み合い細剣の形状を取り、変形すると意のままに動く鞭に。トップスピードは銃弾すら弾く。
更に変形機構で銃としても利用可能だ。
2つ目はククリナイフを取り付けた黄金拳銃。
今回は拳銃としての機能しか見せてないが、他2つを見るに見た目通りの性能だけとは言えないだろう。冷静に考えればこの点も教官パイセンは手加減していたのかもしれない。
3つ目となるのは、防御に長けた刀、流体金属刀。銃弾を防御可能な圧倒的な柔軟性のある防御力に刀。鞘を展開しなければ鈍器としても利用できる。
隙が無く、使い手次第では本当に厄介な代物と化す武器である。
そして教官パイセンの言葉を信じるなら、少なくとも1つ目と3つ目は失敗作。もしかすると変形機構のお披露目がなかった2つ目だけが本命なのかもしれない。
「先程も言ったが、憑戦装はSIDEと渾然一体。SIDEの力無くして本来の力を発揮する事は出来ない。力を分け与えているとも考えていい。
つまりSIDEの成長が十分に進んでいない状態では、力を分散し過ぎるとかえって弱くなるんだよ。そしてSIDEの力に目覚めたばかりの祓魔師が取り扱える憑戦装の数は2つが限界という訳だ」
「なるほど」
使える武器がたった2つ。多種多様な武器が扱えたオヴェリシリーズから見れば少々少なく見えるが、選択肢が絞られたのは迷いを消してくれる効果もある。
其れに変形機構。男としてはワクワクせざるを得ない。
「で、どんな武器を御所望かな?」
◆
「とりあえず、作成方法の大まかな手順を教えよう」
教官パイセンが手を叩くと、台座がゴゴゴッと奥へ移動して下から黒い棺の様な物が迫り上がってきた。
その棺には黒い穴があり、パイセンは徐にその中に手を突っ込んだ。
「ステップ1、使いたい武器を2つ思い浮かべる。まあ3つでも良いけどその後の作業が大変になると思ってくれ」
今回は剣と機関銃にしようか。
パイセンがそういうと、徐に棺の上にホログラムで剣と小銃が表示される。
其れと同時に青鹿のUIが勝手に起動して特殊なメニュー画面が映し出されると同時にホログラム状の武器が此方にも表示される。
プレイヤーが作成する際は此方を見ながらの操作となるらしい。
「ステップ2、選択した武器の形状を大まかに選択する。剣と言っても色々あるし、機関銃も性能によって色々と変わってくる。因みに、複雑化すればするほどじゃじゃ馬になるから、初心者はシンプルな組み合わせをオススメする」
ホログラム上の剣は大剣や長剣、ナイフの様な形に次々と変わり、最終的に返しの付いた大型の剣ツヴァイヘンダーに固定、機関銃はガトリングの大きな銃となった。
「ステップ3、武器の組み合わせ方法と変形機構の発動方法を選択。これはステップ2で選択した武器の形状が大きく影響するから、気に入らない場合はステップ2からやり直しだ。
因みに、しっかり武器として分離した方が武器としての性能は高くなる。一方で一体型は変形がスピーディーで汎用性に長ける。ここは個人の好みだね。
変形方法も同様で、スイッチ一つで切り替えが出来るものは便利だが脆く、手動の割合が大きい物は少し手間だが丈夫だ。
アレコレ機能を詰め込んで複雑化するほど当然脆くなるから気をつけてね」
今回の場合は、元から銃と剣一体の所謂ガンソードと呼ばれる形状や、刀身の変形から銃形態、或いは刀身と逆方向に機関銃を組み込んだ物など、パターンが5つほど候補として表示された。
その例の右上には幾つかメーターがあり、そのメーターはそれぞれのパターンの武器強度や操作難度を提示してくれているようだ。
このカスタム要素はSteelKnightシリーズで見た事があったので青鹿も新要素ながらあまり混乱は無かった。
教官パイセンは銃身と刀身を一体化させた形状を元に、柄を回転させて変形する機構を選択した。
「ステップ4、整形。重心のバランスや細かい取り回し、使ってみないとわからない部分が多いから丁寧に。今回はお手本だから殆ど整形済みだけどね」
そう言って教官パイセンが棺から手を引き抜くと、其処にはホログラムで表示されていた武器がズブズブと黒い水から徐々に姿を表す。
ツヴァイヘンダーを一振り、二振り、三回目で突き。
バックステップしながら腰に刀身を据えて柄を引っ張りながら回転。
ガチンッという音と共に変形し刀身の先に銃口、柄頭にボタンが出現。其れを掌底で叩く様に押せば大型のリボルバーが回転しダダダダダダというけたたましい音と共に弾丸を放つ。
と思いきや柄を回転させてツヴァイヘンダー形態へ。大きく踏み込んで上段縦一閃。
「とまぁこんな感じで、剣で牽制、銃で崩して、剣でトドメ、なんて動きができる訳だ。この変形がスイッチタイプなら更にスピーディーな攻撃ができる。
あとは丈夫さや操作難度と相談しつつ、武器の軽さを変えたり、変形方法を細かくカスタマイズしたり、って調整をするだ。この調整に関しては念じるだけで出来るから次のステップに移るまでは満足するまで拘りたまえ。
まあステップ4に関しては再調整も可能ではあるから、実戦登用もしてない段階であまり悩みすぎないように」
もしやコレとんでもない沼要素なのでは?と思いつつ教官パイセンの話を黙って聞く青鹿。ワクワクが天元突破して一度口を開くと質問攻めにしそうなので頑張って耐えていた。
「で、最終行程のステップ5だけど……コレはステップ4が終わったらだね。因みに君が戦闘訓練で手にした武器も、私が使っていた武器も、この段階でストップしている。最終行程を終えた憑戦装は最早別物に近いからね」
此れが完成品だよ、そう言って教官パイセンは何処からともなく2振りの武器を見せた。いや、其れは2振りの武器ではなく、柄が短めの2本の淡く光る純白の薙刀が紐で繋がれた独特の形状をしていた。
教官パイセンはその2振りを双剣の様に激しく振るい、舞う様に架空の敵を切り刻む。
その残光を見て「古のオタ芸っぽいな」と思った青鹿は大概だが、そんな残念な感想が思わず出る程に見惚れていた。
美しい剣舞のラッシュが一通り終わるとワンステップ、同時に紐が一瞬で縮み合体すると2振りの短い薙刀は一本の双鉾に変形。リーチが一気に伸びる。
風を斬る音が重くなり、薙刀を振るう。かと思いきや分離してヌンチャクの様に振われ、再度薙刀へ。
紐の長さを延長すれば更にリーチへ延長され、周囲を薙ぎ払う。
その動きは青鹿が見てきたどの人型の動きよりも美しく、洗練されていた。敗北のイメージに塗り潰された訳でも無いのに、目で追えない訳でも無いのに、勝ち筋が浮かばなかった。
見ろ、此れが現状に於る我々の最高傑作だ、とプロミスの変態技術の全てを凝縮した物でブン殴られた様な、人間の様に自然でありながら人間離れした動きを実現するイカれた技術を見せ付けられた。
人間に近ければ近いほど、処理限界で不自然な動きをされると機械じみた物をダイレクトに感じて冷めてしまう物である。
その点、プロミス社のゲームの自然さは元から高く評価されていたが、今回で一つ抜きん出た様な印象すら感じた。
そしてフィナーレ。徐に向けられる薙刀の切先。
しかし彼我の距離は7m。一息では届かない。
だが、直感で危機を感じとった青鹿が反射で動くよりも速く薙刀が射出される様に飛び出し頬を軽く裂くと其れだけで移動をキャンセルさせ、更に紐が身体に巻き付き動きを封じる。
伸縮を開始する紐、身体は強制的に引きつけられ、同時に教官パイセンも距離を詰める。
すると一息では届かなかった距離がゼロになり、気付けば剣先が眼前にあった。
「どうかな?見直したかい?」
「マジでカッコよかったです。最の高、大好き」
「ありがとう」
教官パイセンはフッと笑うと離れ、紐も表情と連動する様に緩むと双剣モードに戻った。
「先程つい不覚をとったから、つい少し本気でやり過ぎてしまった。私もまだまだ未熟だが…………うん、この感覚も悪くない」
1人で納得する様に頷くと、教官パイセンは微笑んだ。
「さあ、今度は君の番だ。君だけの憑戦装を見せてくれたまえ」
其処から、長きに渡る武器製作が始まった。
一旦ストップと言ったな。あれは嘘だ
この作品はもう一つ書いてるVRモノでやりたくてもできないことを全力で書いてるので浪漫要素がマシマシです