5:NPCは嘘をつかない
口内炎が痛い
『先程までは煽ってきたと思ったら、今度は無我夢中で聖骸牌を取り続けるのかい?君の行動はなかなか読めないな。…………おい、やめたまえ!声をかけられたら普通止めるだろう!!』
その声をガン無視して石板をパクっていると、肩をグイと掴まれ強制的に振り向かされる。
「どうも、陰険試験官殿」
『どうも、可愛くない後輩くん』
振り向けばそこにはやたらいい笑顔の教官パイセンがいた。
『一丁前に吠える可愛くない奴だと思ったけれど、実力は確かにあるようだ。それは認めよう。これらの試練を完璧に切り抜けた者は殆どいないからね。それに、虚無の者で切り抜けたのは今のところ君1人だけだ。
正直、私は君が本当は虚無の民では無いのではないかと疑いたくなっている。獣とか欺瞞とか大罪とか異端あたりが似合ってるんじゃないのかい?』
「人とっ捕まえて獣、犯罪者に異端者呼ばわりとは失礼な人ですね」
『虚無も十分大概さ』
教官パイセンは感情の無い声で呟くとトンっと青鹿を突き放した。
どうやら虚無の紋章の所有者に教官パイセンは思う所があるらしい。ただ、今はとっかかりが無いため青鹿も下手に突っ込まない。
「さて、通常であればこれで試験は終わりなのだが、君にはまだ余裕がありそうだし戦う意思もある様だね。せっせと聖骸牌を取っていたんだから当然だよね?まさか持ち逃げを企む愚か者ではあるまい?」
目こそ見えないが、教官パイセンに責める様な視線を向けられてる気がしてとりあえず頷いておく。
「行けるところまではやってみますよ」
「さっき泣き言ほざいてたのは誰かな〜」
挑発する様にそう言うと、教官パイセンはクルリとターンしツカツカと立ち去っていく。
一方で、青鹿の心はタールに火炎瓶を投げ込んだ様に一気に燃え上がっていた。
安易な挑発に似せられるなど三流も三流、ド三流だ。対人においては常に冷静たる者が活路を見出す。
だが、ここで黙っていたら共に殺し合った者達に失礼では無いかと青鹿は勝手に思う。オヴェリ蛮人の名折れだと強く思う。
「上等ですよ!1番キツいヤツ寄越してくださいよ!!」
慇懃無礼に吼えたてて、売られた喧嘩は倍で返す。
そんな様でありながら、石板盗む手は止めず。
これがオヴェリが脳髄まで染み渡った男の末路である。
曲がりなりとも聖職者である祓魔師を名乗る事など烏滸がましい凶悪な面で、拳銃腰挿し手斧に鉈を構えたならば。
肩口で振り向いた教官パイセンは、今までの感じとは打って変わってニヤリと嗤った。
『よく言った。君は私が求めてやまない者かもしれぬ』
パチンッと乾いた音が鳴り響き、再び視界が霧に包まれる。晴れた先はあいも変わらず人気の無い闘技場だが、そこにはいつもの様に檻は無かった。
何故?
青鹿の頭の中を疑問が埋め尽くしていく。
そんな状態で咄嗟に反応出来たのは、完全にまぐれに近い膨大な経験から来る直感だった。
強化HCPの全力解放。脳の処理を超過して身体は動き、頭部に容赦無く放たれた白き一撃を躱してみせた。
『はははははは、面白いなぁ。今の見切れるんだ』
そんな凶悪な一撃を放ったとは思えない軽やかな声色で、観客席からトンと教官パイセンが飛び降りた。
高さにして5m以上。しかしその着地音はほぼ無く、姿勢は微塵も崩れない。それだけでも教官パイセンの身体能力が人間離れしているのか理解できる。
『この場で用意できる悪魔はね、全て私が捕獲した物だ。故に私以上に強い悪魔をこの場に用意は出来ないんだ。つまりその中での最上を求めるならば、私自らがお相手しよう。と言っても、手加減はするがね』
右手に例の白黒鞭細剣、左手に刃の付いた金の大型拳銃。
まるで青鹿を迎え入れる様に、両手を広げて教官パイセンは相対する。
「この空間ってダメージ喰らうと死んだりとかします?」
『此処は普通の空間では無いからね、安心したまえ』
「つまり全力で教官パイセンを殴っても怒られないんですね?」
『……………ははは、そうきたか。せめて擦り傷でもつけてみなよ。話はそれからだ。さぁ精々足掻いて』
バンッ!と教官パイセンの口上の途中で銃声が響く。撃ったのは勿論青鹿である。
PvPに於いて自分のペースを掴んだ方が有利なのは当たり前。それを極々極端な次元で論ずると『相手に身構えさせない形で先手を取る』と言うことになる。
昔のムービーがだらだら流れるゲームとは違うのだ。敵が話してる時に攻撃を仕掛けたところで咎められる謂れもない。失うのは尊厳だけで、得るのは卑怯者の称号と勝利である。
だが、こうしたやり取りも含めてオヴェリ蛮人にとってはPvPの一環に過ぎない。
なんなら地雷踏んだ瞬間に今まで穏やかに会話していても攻撃してくる名物NPCがいるのでオヴェリ育ちはこの手の技を卑怯だとは言わない。
ただ、そんな小手先の技、オヴェリ蛮人の手の内など知り尽くしていると言わんばかりの結果が突き付けられる。
銃砲と同時に振われるレイピア。それが鞭状となるや否や鈍い音と共に弾丸を弾いたのだ。
『いいねぇ、卑怯極まりないが嫌いじゃない』
そして返す刀でもう一度横一線。
白黒の閃光が扇を描き容赦なく迫り来る。その速度は弾丸にも通づるスピード。それに対して某SFアクションの様に反射でイナバウアの様な姿勢でギリギリ回避。
衣装の裾を切り飛ばされつつも、そのキツい体勢から手にした2丁の拳銃で迎撃しながら勢いそのままバク転して建て直す。
その際更に拳銃で牽制するが、教官パイセンの周りに金字が浮かぶと姿が陽炎の様に揺らめき弾丸が通過する。
「なにそれズル!?」
物理無効化か飛び道具無効か。どのみちパイセンのHPは欠片も削れちゃいない。
それに対して叫びつつも手にした石板を投げて着地と同時に踏み砕く。
発動した魔法は【焔走の軽靴】。
効果は炎属性付与に近接範囲延長と加速。
目印は三角形の炎に包まれた逆V字の赤い記号。今回のルナヴィではもう少し色々と装飾があるが効果はオヴェリシリーズと特に変わりは無い。
魔法適性が低くてもそれなりに使用できる魔法で、近接型の採用率ではかなりの上位になる魔法だ。
脚で踏み砕くと共に金字のエフェクト。赤色の炎が手脚を包む。
「(神秘のPERK解放してないけどなんとなるか………?)」
身体が本体なら、PERKはアプリケーションの様な物だ。シリーズによって若干異なるが貴重な物を消費して、その身体に新たな能力を植え付ける事が可能な要素である。
『鑑定士の閃き』、『自信家の演説』、『魅了の魔眼』、『望遠の慧眼』、『敗残兵の矜持』、『怪盗の義手』などーーー一般的なVRMMOではスキルと呼ばれる物に近い。
その中でも『神秘の接触』のPERKは魔法使いで無くとも解放して損の無いPERKだ。これがあるだけで魔法の性能が格段に変わってくる。と言っても今はその段階ですら無いが。
【焔走の軽靴】は有能だが元々発動時間は長くない。
完全なスピード勝負。端から勝てると思うほど自惚れてはないが一撃程度は与えたい所だ。
問題はやはりあの変幻自在の鞭細剣。
圧倒的な速度を誇る細剣刺突と汎用性がダンチの鞭モード。加えて変形時の銃撃も警戒する必要がある。
恐らくタイプ的に銃でどうにかなるタイプでは無し。実力だけで正々堂々勝負しなければならない。
強化された脚で距離を詰める。そこに繰り出される鞭をギリギリで躱し、鉈でパリィする。
「それマジでズルくないっすか」
言葉とは裏腹に案外焦った様子も無く高難度の技術であるパリィを成功させる青鹿。
というのもオヴェリシリーズには麻痺を常に兼ね備えた雷属性を使うインチキ臭いスピードとリーチを誇る凶悪DLCボスがいるので、この程度ならまだ何とかなる。
問題はステータスがカスで特殊効果を齎すPERKが一切解放出来てない所だが、そう考えると難易度はトントンと言ったところか。
ただ、少々焦るのがこれだけの事をしても教官パイセンは動いてすらいない事である。どうやらそこから動か無い縛りでも自分に課している様だ。
意思のままに動く鞭を自在に操作し、青鹿を寄せ付けない。
それでも、また一歩、また一歩と距離を詰める。
距離が近づく度に脳の処理が追いつかなくなっていく。霞む一撃に身体は反射で応える。何万回もの試行の果てに成し得る技術を駆使したパリィでなんとか凌ぐ。
そして十分に青鹿の意識を惹きつけたところで、徐に左手の拳銃が動く。速度こそ緩やかだが、それ故に意表を突くその動き。気づいた時には銃口の暗がりが此方を見つめている。
敢えて動かず近づけさせ、鞭で追い立てた所にこの一発。NPCとは思えない熟練のプレイヤーの動き。
それでも――――――負けるイメージなど微塵も湧き上がらない。
想像するは最高の動き。銃口を目が零れ落ちそうになるほど見開いた目で見つめ、意識を深く落とし込む。
脳の処理を飛び越えて身体の動きに身を委ねる。
こんなもんじゃない。まだやれる。まだ舞える。もっともっと洗練せよ。イメージするんだ最高の動きを。最高のパフォーマンスを。
見ろ、見ろ、見ロッ!!!
目が死んでも脳の血管が千切れても全力で応えろッ!
『caution!異常な脳波を検知しました。即刻御利「黙れ!」』
再び脳裏に割り込む忠告。それを一喝して打ち消した次の瞬間には視界がブレて、引き延ばされた時間の中で鈍い発砲音を聞く。
「るっしゃぁ!!」
結果はノーダメージ。近距離の発砲を青鹿は根性だけで避けてみせる、が、しかし――――――
『うふふふ、ははははは!虚無の者がよもや此処まで』
別に弾丸は一発な訳もなく、人差し指は死神の鎌を首に押し当てる様に再び優しく引き金を引き絞る。
それと同時に後ろ手で青鹿は石板を砕く。
【戦哮】、それは波動を持ってして相手に怯みを与え飛び道具を妨害する速攻魔法。
金字が浮かぶや否や弾丸と波動が拮抗し、その僅かなラグを利用して手斧でパリィをキメつつそのまま斧をぶん投げた。
それに対して教官パイセンは刃付き拳銃をククリナイフに無音で変形。ナイフで華麗にパリィを返す。
その隙に一気に距離を詰める青鹿。そんな彼をいつの間にか銃モードに切り替わった鞭細剣の銃口が出迎える。
「マズッ!?」
引きつけてのダブルアタック。両方本命という隙の無い構成。変形するには両手が必要という思い込みを突いたカウンターだ。
実の所、変形ギミックは片手と腰さえあれば慣れると片手でも素早くできる。この上級者テクニックで教官パイセンは容赦なく迎え撃ってきた。
【戦哮】は使い切り。斧は投げた。あるのは鉈だけ。
いや、まだあった。片手が空いたが故に打てる一手が。
勝利なんて現状のステータスで狙える道理も無し。となれば自分の現状の最上の目的は一撃与える事。一発貰う覚悟で青鹿も腰のリボルバーを手にする。
それに対して教官パイセンはバッグステップしつつ腰から大きな刀を鞘から抜かないまま引き抜き先端を此方に向ける。
その時には青鹿の指は拳銃のトリガーに指をかけて容赦無く顔面を狙う。
そしてそのトリガーを引き絞ると同時に教官パイセンの目の前に円形の壁が現れた。
いや、それは壁では無い。引き抜いた刀が傘を逆さにした様な形で開いたのだ。
パッと見は漆黒の刀の鍔の部分に紅い傘を取り付けた様な奇妙な武器だが、その傘状の鍔は流体金属の様にグネグネと動きその隙間から教官パイセンの笑みが見える。
『これも失敗作なんだがね、本契約もしてない憑戦装相手なら問題無く使える様だ。さあお返しするよ』
お返し?何を?
咄嗟に距離を取ろうと青鹿がバックステップを踏もうとした時、青鹿はその流体金属の動きが一点に集まっている事に気づいた。
それは先程青鹿が拳銃で撃った射線上に割り込んだ部分。まるでその部分がパチンコを引っ張る様に動いていた。
「その武器マジでイカサマだろ!?」
何が起きるか瞬時に理解した青鹿は全力で目を凝らす。
お返しすると言うのは弾丸の事だろう。流体金属の動きの可動性は想像以上に高い様だ。
一点集中する事により他の部分から得られる情報が削ぎ落とされていく。時間の進みが緩やかになっていく。その削ぎ落とされていく情報の中に、青鹿は見逃せない物を感知し反射で対応する。
まだ銃を手に持っていた事が幸いした。
揺らめく流体金属からズブリと教官パイセンの持つ拳銃が突き出し此方をひっそりと狙っていたのだ。
その部分に向けての発砲による牽制。流体金属による反撃と思わせたフェイクを見抜き窮地をギリギリで切り抜ける。
『うふふふ、ふふふふ……はははははは!本当に勘がいいな、君は!』
「大人気無さすぎでしょうが!」
NPCは嘘を吐かない。
そんな妙な固定観念を綺麗に無視するのがオヴェリシリーズのNPCだ。
確かに流体金属にはかなりの可動性があるが、銃弾を撃ち返すほど自由度に長けてはいない。つまりはただのフェイク。本命は視線誘導からの拳銃の一発だ。
オヴェリシリーズのNPCの戦闘はプレイヤーとのPvPにも劣らないほど偽りと熱気に満ちていて、何処か異常に生々しい。
NPCと侮る者をオヴェリシリーズのNPCは尽く撃ち砕いてきた。
昔の青鹿もその1人だった。
何処かNPCを見縊っていた。油断があった。
その固定観念をぶっ壊され、2度と二の轍は踏むまいと心に決めた。
それ故に見抜けたフェイクだが、攻撃はまだ終わっていない。
教官パイセンは流体金属を展開したまま見事な体重移動で音も無く刀で強烈な突きを放つ。
攻防一体の隙の無い一撃。
半身になってその一撃を避けるが、そのまま教官パイセンはさらに踏み込み流体金属を盾状にシールドバッシュを決めてきた。
ドンッ!キツい衝撃。初めてマトモに喰らった一撃。
青鹿の姿勢が大きく崩れるが、流体金属盾の真骨頂は此処から。
青鹿は吹き飛ばされたと思ったが、腕から腰にかけてスライムの様に流体金属が巻き付いており距離を取る事を許さ無い。
『よくぞ粘った』
振り解け無い程には流体金属の拘束力は高く、教官パイセンは刀を構える。
これではお得意の回避も出来なければ、銃を持っていた方の片手が封じられた事で満足な反撃も出来ない。
青鹿はそれでもジタバタと脚を動かして逃れる様とするが既に遅し。
『これで――――』
「獲った?」
迫る渾身の一振り。斬ッと首に向けて横一線。対する青鹿の顔は異様なまでに表情が無かった。
その時、唐突にガラスの割れる音がして教官パイセンの脚元で火の手が上がる。
『はッ!?』
困惑した様に叫ぶ教官パイセン。しかしそれは夢でも何でも無く、僅かであっても教官パイセンにダメージを与えてHPゲージを削っていた。
「油断大敵っすよパイセーン!」
愉快そうに嗤う青鹿。困惑の隙を突く様に空いてる片手で取り出した石板を砕く。
魔法【祷隕爆】。
これもオヴェリシリーズ伝統の魔法で、初代から生き残り今尚対人でかなり嫌われる魔法の上位に居座っている。
効果は近距離の無差別爆破。魔法系統のステータスが低くても大火力を発動出来るのが肝で、元は初代のボスエネミーの切り札的な魔法なので威力だけは折り紙付きだ。
ただ、そんな都合の良い魔法があるわけが無く魔法適性が低い分自爆率が格段に跳ね上がると言う欠陥を抱えた魔法もある。しかもかなりステータスを上げないとかなりの確率で自分が死ぬ。
ただし、元から自爆攻撃として使う前提だとそのデメリットはデメリットになり得ない。
負けそうになった時にこれで相打ちにされたプレイヤーは数多く、あまりの害悪さにPvPでは【祷隕爆】の禁止を求める者が少なくない。
しかし、それでもこの魔法は一切変わることなく全シリーズで登場してきた。
そんなお馴染みの強烈害悪魔法、円形の形をした炎に包まれる天に掲げられた両腕のシンボルが刻まれた石板を青鹿はいい笑顔で砕く。
教官パイセンにとっての防御の切り札はこの流体金属盾。しかしその流体金属を青鹿の拘束に利用した為ワンテンポ対応が遅れる。
突如頭上に現れる小さな星空。そこから赤熱の星の欠片が降り注ぐ。
教官パイセンも上を見上げて歯噛みし石板を取り出そうとするが、まだ魔法が着弾してないのにも関わらず今度は青鹿の方で火の手が上がり、パイセンも熱気の巻き添いをくらい意識が惹きつけられ更にワンテンポ対応が遅れてしまう。
それは火炎瓶を使った自爆。豹から逃げた時に壁から引き抜いた火炎瓶は一本だけではなかったのだ。
ステータスの上げ切ってない今、そんな自爆をすれば青鹿のHPは大きく削れる。しかし、それでいい。勝ち逃げなんて絶対にさせない。
「一緒に逝こうぜ、教官パイセン!」
そうして降り注いだ小さな隕石群は青鹿の視界を真っ赤に染め上げた。
連続の更新になりましたが楽しんで頂ければ幸いです。
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連投は明日までです。
本当に申し訳ない(メタルマン感)