4:オヴェリシリーズ完走者100人を集めて聞きました。
地の文減らない症候群
再度霧に包まれる視界。その霧が晴れた時、犬頭クリーチャーと遭遇した時でも然程動揺しなかった青鹿の喉がゴクリと鳴り舌が渇き始める。
『GAAAAAA!!!!』
『Grrrrrr…………』
『Graaaau!』
『………………Ggggg』
『Garrrr』
『Gggggyyyy』
『GuuuGaaaa!!!』
オヴェリシリーズ完走者100人を集めて聞きました。
Q:一撃で此方を殺せる攻撃を繰り出せる凶悪ボスと、ちょい強めのモブ4体、どっちが怖いですか?
A:モブ4体
一般的なゲームしかした事が無ければボスが怖いと答えるが、オヴェリシリーズで苦渋を鼻から強引に流し込まれた経験のある者たちはボスよりモブ4体を恐れる。
というより、1vs多を恐れていた。
オヴェリシリーズに於いて防御力は飾りか御守りに近く、有効なレベルまで防御力を上げるなら攻撃力を上げて殴った方が結局早いと感じる方が多い。
常にプレイヤーは死と隣り合わせであり、1撃で殺されるか、5連撃で殺されるかに大して違いが無い。
最悪のパターンは素早くて攻撃力の高いモブが複数いる時、其れが人型だと尚更。
1対1なら回避専念して回復という手があるが、囲まれてタコ殴りにされると中々打開が難しくなってくる。
下手に高所落下の可能性のある狭い場所だともう最悪がお得パックで投げ売りされてるレベルである。
人間とは不思議な物で、冷静に勝率自体を考えればボスの方がやはり恐ろしいのだが、死ぬ時はあっさり死ぬ確率がモブ4体の時の方が多いのでより多人数戦を恐れる。
ボスの時は死んでも仕方がないと言う意識があるが、モブ相手には勝てて当然。そのモブにアッサリ囲い殺される事により植え付けられる苦手意識。
この手の苦手意識は一度根付くと早々に取り除けない。
さて、それを踏まえた上での今回の敵は、ゾンビ化した豹型『5体』と身長80cm程度、醜すぎる猿の様な顔に筋張った体付きの小鬼『2体』。
シリーズを通してよく出てくる獣型の敵から予測するに、恐らく1匹当たりのHP自体は猪の半分以下。鼠より少し多い程度か。
但し、その速度と攻撃力は少なく見積もってもあの巨体を誇る猪と同等。
下手に噛み付き攻撃で拘束された瞬間に敗北が決定する。故に複数の獣型相手は非常に部が悪い。
3体の時点で、1匹を牽制、1匹を防御か攻撃に回しても1体フリーになってしまう。
それが5体。そこに更に増援2体である。
「教官パイセン、煽ってすみませんでした」
時として自分の非を素直に認める事ができる能力は何よりも大切なな能力になり得る。
その点、ヤバいと思ったら青鹿はNPCの靴でも舐められる男であった。
しかし裁判官が判決を下す時の木槌の様に、一切の温情無く指はパチンッと鳴らされた。
ガシャンと勢い良く開く檻。腹を空かせた化け物共は一斉に檻から飛び出した。
◆
「いやだーーーーーー!!」
と、叫んだ所で救う神も無し。
青鹿はとりあえず手斧と鉈をぶん投げて牽制。僅かに時間を稼ぐがあまり減速した様子は無いし擦りもしない。
因みに、本来なら登場するのは豹型3体である。
プロミスもいきなり激しい戦闘に慣れて無い相手にベテランでも嫌がる敵を一気に4体ぶつけない。
あまりの無理ゲーさに嫌になられても本意ではないので、まずが3体程度で適度に絶望してもらう。
これがプロミスクオリティ。
しかしこの段階に至るまでの成績が優秀な者はよく訓練されたブラオ経験者と判断してプラス1体してくれる。
プロミスはファンサの手厚さも評価の高いポイントだ。その気配りに皆は涙を流すだろう。
普通のゲームに於いてはハードモードが霞むモードだ。
そして更に高い評価を得た者。オヴェリ蛮人に相当する者や期待の超新星にはなんと無料で更に1匹足してくれる。
これで合計5体。パラメータが完全未成長な段階に於いては下手なボスより余程キツい戦いだ。
だが、教官パイセンを煽った青鹿には更なるプレゼント(小鬼2体)が与えられた。獣型との相性は最恐とされる人型をわざわざセットで寄越したのだ。
しかも武器を選ぶ時間すら与えずに。
ここまで煽ったりしなければ教官パイセンもせめて武器を選ぶ時間をくれるが、青鹿はクリティカル判定が出そうなくらいバッチリ煽ったので武器を選ぶ時間を与えられなかった。自業自得である。
オヴェリのNPCは人と遜色無い。喜び、憤り、泣き、絶望する。自らの行いはしっかりと自分に返ってくるのだ。
「(最適解はなんだッ…………!?)」
オヴェリ卒でもこの解答は分かれる。
取り回しの効くナイフで全避け狙いカウンターチクチク戦法か、火力の出る武器で1匹ずつ確殺か。
青鹿は比較的後者だが、現在はステータスが全く育っておらず尚且つ敵は7体。脳筋バーサーカーは少々危険過ぎた。
あるいは魔法。オヴェリシリーズではこの手の対策として範囲攻撃用の魔法を一つ持っていると意外と切り抜けられたりするが、今回の魔法は石板を砕いて発動する様なのでどれがどの魔法なのかイマイチまだわかっていない。
見れば武器と一緒に壁に飾られているにのだが、一々性能を確認している暇も無いだろう。ババを引いたらそれで終わりだ。
となれば――――――
「(あれかッ!)」
危険を承知で青鹿は壁に向かって全力で走る。
壁際というのは逃げる先を一つ封じてしまう危険極まりない場所だが、逆に攻めてくる方向をある程度絞れるメリットもある。
青鹿はギリギリで豹よりも速く壁に到達するや否や、そこに掲げらえた武器を早撃ちガンマンも斯くやの速度で即座に構える。
無駄の無い動き、振り向きざまに照準を定める人間離れしたセンス。HCPさえ使い熟せれば凡人も英雄になれる。
青鹿が起死回生の一手として手に取ったのは銃身が長めな大型口径の水平二連式銃。
素人目でも散弾銃と理解できる形状をした銃をブッ放す。
散弾銃は通常の銃より射程が短く貫通力も低いが、拡散性に掛けては無類の強さがある。
小鬼は出遅れていて、脚の速い豹型が先行して接近している。
今は小鬼は無視して豹に集中。5体を上手く範囲に入れるように狙いをつける。
その弾丸を至近距離で喰らった手前3匹は飛びかかる寸前で大きく足並みが崩れ後方2匹も思わずたたらを踏む。
その隙に一発で弾切れしたショットガンを横投げで投げつけながら身体をそのまま回転させてサイドへステップ。
ショットガンは豹に綺麗に躱されるが、いきなり銃が眼前に飛んできた形になって小鬼はモロに激突し同時に足止めに成功する。
一方青鹿。其れを見る事もなく壁を向いた瞬間に新たな銃を2つ壁から捥ぎ取りすかさず振り向き。2丁拳銃スタイルで再び発砲。
パンッ!パンッ!と小気味良い音が響き、前方3体を回り込んで襲い掛かろうとした後方2匹の脚を穿ち牽制。
流れる様に次は手前3匹の顔面に銃弾ラッシュ。
ここで敵の動きにバラけが発生し、そのタイミングで青鹿は再度駆け出す。
馬鹿の一つ覚えの様に追走する豹型。その牙が青鹿を捕らえるよりも速く青鹿は御目当ての物を手に取る。
しかしそれは直ぐに使わずここはステップで全力回避。なんとか豹の攻撃を躱すと今度は別の方向に走り出し盾を確保。振り向きざまにシールドバッシュで押し返す。
バラけた事が幸いし、飛びかかってきたのは2匹だけであと3匹はまだ距離があり、コース取りを工夫した事で小鬼2匹と絡れていた。
その3匹目もすぐに小鬼蹴り飛ばすように擦り抜けて、更に吹っ飛んだ2匹を避けるべく左右に分かれて駆け抜けようとした。
そのタイミングを逃さず青鹿は盾を確保する前に手にした物を投擲。それはオヴェリシリーズ恒例の火炎瓶であった。
獣型に効きそうで案外効かないとよく詰られるこの火炎瓶だが、本体がよく乾燥した木の様な木乃伊状の肉体を持つ敵の場合はかなり話が変わってくる。
火炎瓶を投げるや否や青鹿は盾を構えて身を隠す。
次の瞬間にはガラスが割れる音と熱気、そして悲鳴が聞こえた。
ヒットした火炎瓶はその場に居た豹全てを炎上させ、その一撃でダメージの蓄積していた手前にいた3匹は遂によろける。
火炎瓶は使い勝手はいいが誤爆の多い武器であり、至近距離で敵に当てると自分も炎上する確率がかなり高い。
故に青鹿は直ぐには使用せず、盾の確保を待ったのだ。
火炎瓶は青鹿が期待した通りの成果を上げている。
そこに向けて盾を円盤上にして投擲。盾は守るだけでなく鈍重な投擲武器にもなり得る事はオヴェリシリーズをよく知る者なら理解している。
何故ならそれを利用した悪質なボスがいるからだ。
その盾の直撃がトドメとなり、3匹の豹を纏めて撃破。残りは未だ炎上している2匹。このまま逃げ回っていれば継続ダメージで十分に倒せるレベルだ。
しかしそれでは芸が無い。オヴェリ蛮人は闘争へ立ち向かう。
まだダメージから復帰出来ない2匹の横を駆け抜けて最初に投げてそのまま打ち捨てられていた手斧と鉈を回収。今度は自分から攻めに転じる。
1対2(+2)ならば、変速二刀流も十分な効果を発揮する。この様な場合は変に守りに入るより速度を生かして戦う方が吉だ。
青鹿はとりあえず先に倒す方を定め、其方を執拗に攻撃しもう一体はスルー。僅か15秒で目標を撃破する。
となれば残すはあと一体。この段階で小鬼が合流するが、脚で盾を拾い上げるとそのまま蹴って更に足止めをする。
小鬼は耐久力が高くないが1発の威力が大きい。小知恵も回るので厄介な攻撃をしてくる事もある。
ただ、回避力はかなり低いのだ。其れを利用して徹底的に近寄らせない。これがオヴェリ蛮人の定石。
となれば、後は豹が1匹。
落ち着いて対応すれば直線的で事前のモーションを把握し易いこの敵は青鹿の敵ではなく、7秒で首を切り飛ばされてあっさりと処理された。
続いて休む暇無く遂に距離を詰める事に成功した小鬼に対して振り向きざまの鉈の横回転切り。
オヴェリの敵MOBは良くできていて、奇襲に成功した時に敵の顔が驚愕に彩られたり引き攣ったりと様々な反応を見せる。
完全に後ろを取ったと思い込んでいた小鬼のニヤけた顔は、振り向きざまに自分の首を掻っ捌いた銀線を知覚した瞬間に大きく目を見開く。
続けて半ステップ、回転フェイントからのバクスタ。背中から心臓を斧で穿つ。
これで7匹。身体は黒き泥となって溶けていき、静かに蒸発して消え去った。
「(セーフ!)」
性能をしっかり認識出来ていない銃を初手で選択したのは賭けだったが、手に取るまでぼんやりとしたイメージも出来ない魔法よりはマシと判断したのは英断だったと言える。
これで3連戦ノーダメージ撃破。オヴェリ蛮人としてのプライドと意地を貫き通した。
嫌がらせに近いチュートリアルだが、これもまたオヴェリシリーズの容赦の無さを教える基本的なチュートリアルである。
青鹿もオヴェリシリーズを走り始めた当初は1対多な対処方法が分からず幾度と無く殺された物である。こんな無茶をやり遂げられたのも単に経験の賜物に過ぎない。
むしろ今回のルナヴィはオヴェリシリーズらしからぬ非常に丁寧なチュートリアルをしていると青鹿は感じる。
シリーズによれば序盤の負けイベだけでいきなり自由行動に放り出されることだってあったのだからマシと言えるだろう。
これで終わりかは知らないが、全てを倒しても何も起きない。
二の轍は踏むまいと今度は黙って移動して壁にある石板を手に取り青鹿は次々と性能を調べていく。
オヴェリシリーズの魔法は一般的なゲームの魔法と違って、魔導書と呼ばれる道具のページを破いて発動していた。
そこにはイラストが描かれており、その色やデザインで魔法の性質を見極める事も難しく無く、実力者同士の戦闘において魔法は手の内がバレやすいので魔法を対人で採用するには少々不利という評価に落ち着いていた。
その点、今回の石板も複雑な印が刻まれているが、遠くから見抜くにはなかなか難しいデザインになっている。魔法を対人でも活用したいと願ったプレイヤー達に応えての仕様変更だろう。
だが、今までの仕様を全て無視した変更では無かった。石板のデザインはよく見ると見覚えのあるデザインであり、実際に手に取ってアイテム欄で確認すればやはり予想通りの性能だった。
それを確認するや否や、火事場泥棒の様にそそくさと石板をくすねていく。ついでに新しい魔法形態でもあるかな、などと都合の良い事を考えつつ堂々と窃盗をしていると、その背に声がかけられた。