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2:白石魔法

最近寒いね




「まず祓魔師には専用の武器が与えられる!それが無いと悪魔に有効なダメージは与えられないからね!普通の武器じゃ絶対無理!だけど滅茶苦茶癖が強いから、自分にあった武器を選ばないと大変な事になるんだよね!だからまずは君の適性を見定めようかなぁ!!!」


 明らかに先程までの怒りが引いてない声音で畳み掛ける教官パイセン。青鹿が気づいた時にはその御御足は地面を踏み抜かんと強く踏みつけ、腰がしっかりと入ったモーション、歯並びの良い歯を噛み締め、慣性で浮き上がった布越しに今まで見えていなかったその瞳が青鹿を直視する。

 不自然に竦み硬直する身体、次の瞬間には手袋に覆われたグーが顔面に突き刺さり青鹿の意識が吹っ飛んだ。



【証跡:教官の愛拳/解放率0%/新証跡解除】






「(いや何その意味わからん証跡…………)」


 吹っ飛ぶ意識と共にテロンと御機嫌なSEと共にチラつく謎の文字。

 暗転に次ぐ暗転。今回のチュートリアルは本当に忙しいなと思っていると、気付けばその視界が見たことがある物だと気付く。

 

 そう、それは変なモノローグが垂れ流しになっていた教会に行く直前の視界。

 黒く揺蕩う水面の向こう側。炎揺めき光の粒が舞う世界。遠かったはずの視界は徐々に光へと近づいていき、水面を突き出た瞬間青鹿の世界に音と光が殴りつける様に戻ってくる。


 周囲に聞こえていたはずの悲鳴は非常に遠くに聞こえ、代わりに今まではよく見えてなかった物が見える様になった。

 燃えていたのは家だ。何か強烈な力で殴られた様に崩れ、燃えた家々がそこら中に見え、正体を知らない方が幸せでいられそうな肉片や赤い液体が飛び散っていた。

 薄暗い近世を想起させるヨーロッパチックな街並み。その美しいかったはずの街並みは暴力と悲劇に犯されていた。


『さぁ見せてくれたまえよ、君の適性を』


 急にどこからか声が聞こえた。すぐに身体を起こし臨戦体勢へ。辺りを素早く見渡せば遠くの方、まだ原型を保っている縦長の家の屋根に教官パイセンが呑気に腰掛けて手を振っていた。


「あんにゃろう…………」


 安置煽り許すまじと青鹿が教官パイセンの元に駆け出そうとすると、前方の家の壁がドーンと勢いよく吹き飛んだ。


『VuGaaaaaaaaaaa!!』


 家を吹っ飛ばし転び出たのは6本脚の異形の化け物。

 原型は平べったくした体長3m程度の巨大な犬。左手だけが人間の腕で、右前脚と真ん中の脚は犬、後ろ両脚が馬。

 頭は犬なのだが、咆哮と同時にそれで縦でパックリと分かれ、その奥にいた目を潰された人間の複数の頭部を青鹿はバッチリ見てしまった。


「んん〜相変わらずイカれたデザイン、というか磨きがかかってないか?」


 そのクリーチャーは傷だらけで既にボロボロだ。身体中に傷があり後ろ左脚を不恰好に引き摺りその黒い血を大量にボタボタと垂れ流している。

 明らかに手負い、放っておけばそのうち死ぬだろう負傷具合だ。


 しかし青鹿はうまく動けない。びびって体がすくんだ訳ではなく、どうやら先程のクリーチャーの咆哮に何か行動を制限してくる類のデバフ効果があったらしい。


 蛇に睨まれたカエルの様に震えるしか無い青鹿に対し、その巨体を引き摺りながら近寄って来るクリーチャー。左前脚の人型の手の薬指に何かがはまっている様に見えたが今はそれどころでは無い。

 早く動けと必死に身を捩り続ける。


『Guraaaaaaaa…………』


 口から漏れ出る血を多く含んだ息は鉄錆よりも生臭い独特の香りで、犬型の頭部の虚ろな眼窩は明らかに青鹿に向けられていた。


「(動け!早く……!)」


 まるでいたぶる様に、ゆったりと、腐臭を漂わせながらクリーチャーは這いずって来る。

 動かぬ体、それでも尚諦めきれず。彼我の距離が30cmを切った。

 バクリと割れる犬頭。その奥にいた人の頭部が凡そ人の言語では無い何かを垂れ流しながら青鹿の顔を覗き込む。


「近ェッ!!」


 その時、生理的嫌悪感が限界が越えると同時に硬直が解け、反射的に繰り出された青鹿の拳がその顔面に綺麗に突き刺さった。


『Vgyaaaaあゝあ゛ぁあぁアぁあ゛ぁ!?』


 痛みに悶えているのか人頭を犬頭の内部に引っ込めのたうち回るクリーチャー。

 激しい動きで身体中から濁り切った黒血が噴き出し地面をベチャベチャと濡らす。


「ふーん。素手でもダメージ通るのね」


 負けイベントかと思いきや反応を見るにそうでも無いらしい。

 そう認識した瞬間、青鹿の脳が逃走から戦闘に切り替わる。


 

「(あの発狂だけを警戒して、あとはパターン確認だな)」

 

 冷静に考えて、戦闘特化にカスタマイズされた様な大型の熊みたいな存在と素手タイマンなど正気では無い。


 『魔法の様な不思議パワーがあるならまだしも、近距離戦は結局のところ運動神経頼り。結局運動音痴の陰キャはちまちま後方支援するのに落ち着く』

 完全没入型VRの黎明期、陰の住人にとって最高の世界だったはずのゲームはVRによる陽の者の大量参入で崩壊した。

 治安が悪くなったという事ではなく、結局運動神経かコミュ力かINTが力を持つ学生時代のリアルと遜色無い世界が出来上がったのだ。

 仮想世界を表明していた以上、そうなるのは当たり前の事だったのかもしれない。


 ただ、リアルでもVRというゲームの中心でも隠の者の生きやすさが下がったのだ。泣いても喚いてもこの現実は変わらなかった。


 しかし、『仮想世界は万人に平等な夢を』その理念の元にVR技術は幾度となく進化してきた。


 その集大成とも言える技術を最大限まで利用しているのが、専用の拡張パーツまで販売しているのがプロミス社だ。

 

 通称ヒロクロ、又はHCP。

 正式名称は『Hero Clothing Program』。

 理論的なモーションをAIにより分析し、VR機器に入力されたユーザーの生態情報とリンクさせ、アバターにその理想的なモーションパターンを組み込む。

 此れによりコマンド入力していた古き良きあの時代と同様に、願うままにバーチャルの肉体を理想的な動きで操作できる様になる。


 最初は癖があって慣れるのに少し時間がかかるが、慣れてしまえばどんな運動下手でもオリンピック選手も霞む様な華麗な動きが可能になる。

 あらゆる武器での取り扱いも、パルクールだってなんのその。アバターの身体能力が可能とするならばどんな曲芸じみた事でもできる。

 大事なのは具体的なイメージと『自分なら出来る』と信じる心。迷えば乱れる。


 プロミスは高難度なゲームを輩出する一方、このHCPを強化する拡張マシンを開発した。これをVRマシンに外付けするだけでアバター操作は更なる高みに至る。

 プロミス製のゲームは知らずとも拡張パーツ自体は非常に有名で、割とガチでVRで遊びたい連中にとっては今や必須アイテムに近い代物でもある。


 青鹿もHCPに魅入られた者の1人だ。

 

 運動部に入ってはいたがベンチを温める事と応援合戦で勝つ事が役目だった男だ。ジャンプ力はやたらあるが運動神経は並。超人的な動きなど出来るわけもなし。

 しかしそんな何処にでもいる男でも、強化HCPを利用すれば一騎当千万夫不当の大英雄にも拳は届き得る。

 しかもプロミスはこのルナヴィと1ヶ月後に販売されるSK5に向けて新しい最新版強化HCPを半月前に販売していた。

 勿論青鹿は熾烈な抽選に挑みしっかり勝ち取って既にテスト済みだ。




 動く影。それを脳で認識するよりも身体が動く。

 リアルでは決してできない様な機敏な動きで横ステップからのローリング回避。クリーチャーが唐突に振り下ろした手は空振りに終わるが、石畳にヒビが入り煤が舞う。


 凄まじい威力だ。

 擦れば無事では済まない。

 凡そチュートリアルの敵では無い。


 しかしこの無茶苦茶なチュートリアルもプロミスの醍醐味。強化HCPがこの段階でも使えるとわかれば、青鹿は凶悪な敵を前にしても冷静になれる。


 前身しながらの右叩き付け、左振り下ろし。からの両手叩き付け。

 サイドに回り込もうとすると巨体を生かしたロール移動か真ん中両腕での引っ掻きモーション牽制。後ろは比較的安置だが異常なスピードの馬脚が蹴り出されるのでミスれば即死だ。

 その速度はHCPありきでも回避困難な速度である。


 或いは前脚を中心に馬脚で胴を旋回させて折角回り込んでもすぐに御対面。なんならその状態から噛み付き突進を仕掛けてくる。


 現状に於ける問題点は2つ。

 1つ、ダメージが殆ど与えられない。

 どうも最初のパンチによるダメージは弱点部位へのクリティカルだったらしい。なんとか攻撃を掻い潜りつつパンチしてみても殆どダメージらしいダメージが無い。


 オヴェリシリーズ同様にルナヴィではプレイヤーから敵のHPは見えているし、攻撃を与えた瞬間にダメージ傾向が見えるシステムを採用している。

 ダメージ量ではなく、ダメージ傾向だ。数字ではダメージを確認できない代わりに、ダメージを与えた時に薄く光る敵のHPバーの枠の色でどれだけ有効なダメージを与えられているか判断出来る。


 青が無効。

 緑がミスマッチ。

 黄が普通。

 赤が有効。

 黒が致命的。

 別枠で金色のクリティカル判定。

 

 青〜赤、赤〜黒までの色味で自分がどれだけ相手に有効的なダメージを与える事が出来ているのか簡単に判別できるシステムになっている。


 青鹿の最初の顔面パンチは焦っていてHPバーをしっかり確認できなかったが、確か金色だったはず。

 しかしそれ以降ちまちま反撃しても青に近い緑色にしかHPバーが点滅しない。つまり相性最悪という事だ。

 

 2つ、リーチが足りなさ過ぎる。

 実はそこら中に武器になりそうな廃材は転がっている。現に青鹿はそこら辺に転がっていた石畳の欠片を何度か投げつけたり、木の棒で殴ってみているが与えられるダメージは素手に劣る。

 そんな馬鹿なと思うが、判定は限りなく青に近い。つまりほぼ無効と考えてもよい。

 


『まず祓魔師には専用の武器が与えられる!それが無いと悪魔に有効なダメージは与えられないからね!普通の武器じゃ絶対無理!』


 思い出すのはここに自分を送り込む前の教官パイセンの言葉。どうやら悪魔という奴は純粋な物理攻撃では殆どダメージが入らない仕様の様だ。

 だったらなぜ武器ありより素手が強いのかと言う疑問がチラつくが今は深く考えない。そんな事やってる場合では無いからだ。


「(…………もしかして、本来はコイツから逃げて教官パイセンからその専用武器とやらを受け取るのが正解なのか?)」


 約15分ほどオワタ式|(擦れば死ぬ)で頑張ったところで青鹿も徐々に嫌な予感が頭をよぎるが、今更後に引けない。


 どうやらこのクリーチャー(HPバーの上のネームは???なので詳しくは分からないが)、この推定悪魔の身体中の怪我がデフォルトというよりは本当に怪我をしているらしい。

 激しく動く度に身体から濁り切った血が噴き出しHPが徐々に削れているからだ。


 つまり、動きの多い=攻撃力の高い攻撃を出来るだけ誘発すれば、此方から無理に攻撃しなくても相手のHPを減らす事が出来ると考えられる。

 逆を返せば、攻撃力の高い攻撃を誘発させるということは自分の死亡確率を大幅に引き上げるという事だが、なかなかオヴェリシリーズらしくて素敵じゃないかと怖がる所か青鹿はイカれた目付きで喜びの笑みすら浮かべていた。


「(うーん、もう少し粘ったらなんとかなりそうな雰囲気がありそうなのがなんとも)」


 15分も粘って現在相手のHPは4割を下回ろうとしている。

 最初のスタン誘発の絶叫を繰り返す様なら速攻で撤退するなら今のところその様子も無い。

 

 ただ、HP自体はファーストコンタクトの時点で既に5割を切っていた様に見える。

 15分かけて1割。単純計算でもあと1時間この状態を維持する必要がある。


「(1時間……たった1時間…………いつも通り、集中して、相手が回復するタイプじゃなければそれだけで)――――――――クソ長ぇ!!」


 そこから更に15分ほど粘りに粘ったが、そこが青鹿の限界だった。

 オヴェリシリーズは骨の髄までしゃぶり尽くしたい男なので全クリ後は様々なチャレンジに取り組んできた経験がある。

 最恐ボス陣営相手に最弱武器で1時間以上に渡りこれより派手など突き合いをした経験など幾度と無くある生粋のオヴェリ育ちである。


 ただ、それはオヴェリシリーズを十分に楽しんだ後のボーナスチャレンジみたいな物だ。今はまだ始まってすらない。

 このおあずけ状態で1時間も耐えられる程青鹿は忍耐力の高い男では無かった。


「(そう言えばこれ適性試験みたいな物らしいし、これだけやって死んでなきゃ上等だろ)」


 となれば、最後に一発デカいダメージを入れて逃げたいところである。

 その方法は既に15分に渡る戦闘で理解している。外皮はダメ。唯一確実なダメージを与えたのはあの最初の一発。

 

 あの人間部分を引っ張り出す方法はただ一つ。最も避けにくい噛み付き突進の瞬間。

 大口を開けたあの僅かな時間が反撃のチャンスだ。


 失敗すればそれで終わり。決まれば大金星。

 だけどそれがいい。それが好きだ。

 背筋に恐怖から来る寒気と興奮から来る熱気が同時に渦巻くあの感覚は簡単には味わえない。


 何度も何度もモーションを確認し、タイミングを計算し、自分の動きを脳内で何度もシミュレーションする。

 強化HCP機動下で迷いは厳禁。躊躇いは死を意味する。

 大事なのは出来ると強く信じる事。


 何度も何度もチャンスを伺い、結局更に30分もかけて漸くその時は訪れた。

 


 前ロール回避、大ステップ、斜め後ろに回り込む。

 それと同時にクリーチャーの繰り出した馬脚がボッと空気を割る。

 その脚が伸び切った瞬間に更に距離を詰める。


 ここで再度蹴りなら失敗だ。幾度と無くそのパターンを青鹿は見てきた。しかしクリーチャーは引っ込めて溜めた脚を蹴り手を中心に回転、すぐさま身体を低く構える。噛み付き突進の構えだ。

 

 普通ならここで全力回避。しかしここで更に一歩踏み込む。

 既にクリーチャーの生臭い息吹すら感じる。

 更にクリーチャーは低く身構え、犬型頭部がバクリと割れ始めるのがやたらスローに見える。


「(まだ、まだだ。もっと、もっと引き付けて、限界まで引き絞って――――――)」


 グググと矢を番えた弓を引き絞る様な双方が体勢を取り睨み合う。

 時間にして1秒に満たない一時。HCPで思い描く最高の動き。イケる、信じろ。自分ではない。プロミスを信じろ。プロミスのHCPを信じろ。自分はただの木偶だ。HCP様に身を委ねればいい。躊躇いは死だ。

 イケ、イケ、殺レッ――!


『caution!異常な脳波を検知しました。即刻御利用を中止してカスタ「うるせぇえええ!!」』


 引き伸ばされた意識に割り込んで来る謎の警告。まるで自分のイメージを妨害する様なタイミングに怒声で応えながら、更にデカく跳ねるように一歩踏み出す。

 

 グンッと揺れる視界。HCPによる動きが自分の脳処理速度を超えたのだ。しかし恐れない。迷わない。

 人は道を誤るが機械は誤らない、使い手が正しく使えば。


「(流石最新版HCP!!動きがクソピーキーだぜぇ!!!!)」


 視界の変化に脳処理が追い付き、HCPの導きに従いシミュレーション通りに全力で拳を突き出す。

 

 右手拳にかかる凄まじい負荷。

 ある意味巨体の突進を右腕一つで迎え打ったのと同じ。当然の結果だ。車に轢かれた様に身体がぶっ飛ぶが青鹿は落ち着いてHCPの着地モーションをイメージし、転がりながら衝撃を殺して何とか体勢を立て直す。


 右腕は完全に使い物にならない。今まで奇跡的に無傷だった自分のHPも一気に半分以上吹き飛んだ。

 それでもその成果はあった。


『Guaaaaあああ゛ぁあアあああァああ゛ああ嗚ああああッ!!!!』


 これ以上に無い完璧なヒットだったらしく、激しくのたうち回るクリーチャー。HPは一気に2割を大きく下回った。


 これならもう少し耐えればワンチャン――――


 そんな考えが青鹿の脳裏に過った。しかし


『ああ゛あぁあぁぁ……GURRRRAaaaaaaa!!!!』


 その雄叫びの質が悲鳴から何か違う物に変わっていく。黒い蒸気がブシブシと噴き出し、避けた犬型頭部が更にメキメキと裂けてバナナの皮の様に胴が剥けていく。

 そして、遂にその悍ましい本体が姿を見せようとしていた。


 大量の人間の腕で形作られた身体から突き出る大量の獣の腕。上体をムクリと起こし四足歩行から二足へ、腕がするすると開き、胴の中から巨大なギョロリと眼球が覗く。


 欲張ったら死ぬ――――――生粋のオヴェリ育ちなら嫌というほど思い知らされる警句。

 

 恐らくこれは第二形態。それでもHPはあともう少しだし自爆を狙えば何とか、そんな人の欲と慢心を的確に叩き潰す事に定評があるのがプロミスクオリティである。


 悲鳴の質が変わった瞬間には既に生粋のオヴェリ育ちはがむしゃらに駆け出し出していた。


 出来るだけ遠くへ。兎に角距離を離すために。

 第1形態ですらギリギリだった。此方のHPは3割を切っている。敵う相手ではない。


 瓦礫を華麗に飛び越え、血溜まりを躱し、全力で前へ、前へ。


『Vgyaaaa!!!!』


 しかし、間に合わなかった。完全変態したクリーチャーの赤き波動の咆哮。それはファーストコンタクトで喰らった硬直を引き起こすファークライだ。


「くそッ!」


 目がチカチカし、手足に力が入らない。見ればHPの2つ下にある謎の黒いゲージが途轍も無く減っていた。

 オヴェリではこのゲージはなかった。あるのはHPとその下のMPだけ。だとするとこの3つ目はなんだ。

 直感だけだがこのゲージが0になるのは不味いと青鹿は焦る。


 早く、早く!


 初見と違い少しでも距離をとった事が幸いしたのか、ドスドスと此方に迫り来る巨体に踏み潰される前に何とか足に力が戻った。だが――――


 ズンッ!!と何かが上から進行方向に落ちてきた。

 

 それは奇妙な形状をしていた。


 フォルムは背筋を丸くして手脚をピンと伸ばし全力で威嚇する猫に近い。

 干からびた黒蔓を何重にもネジ合わせた様な不気味な胴の先には金属質の三角形の仮面。

 背中からはボロボロになって蝙蝠のような翼が突き出し尾は鎌の様だ。

 全長5m。目こそ無いが明らかに此方を捕捉していた。


「馬鹿だああああぁぁぁぁ!?」


 此処に来てまさかの挟み撃ち。しかも明らかに雑魚敵じゃない。あまりに絶望的で性格の悪い配置。 

 これがプロミス。これこそプロミス。忘れていたその大原則を既プレイ勢の脳に直接叩き付けてくるこの所業である。


 それでも進むしかない。引けども進めども地獄でも、止まる事が最も愚かで悪い事だ。


 スライディングする様に倒壊した家屋を潜り抜け進路を右に、挟み撃ちを回避すべく全力で駆ける。あわよくば同士討ちを期待して。

 しかしクリーチャー達は倒壊した家屋を蹴散らしながら此方に仲良く迫ってきた。



『―――武器が無いと無理と言ったのに、人の話を聞いてなかったのかい?全く君って奴は、何処までも』


 

 遂にスタミナが切れた。脚が鉛のように重い。それでも最後まで歩みは止めない。だが脚が思うように動かず遂に木材に躓く。


 その時、既に忘れていた声が聞こえた。

 咄嗟に振り向くと、其処には蛇頭のついた仕込み錫杖から武器を引き抜く教官パイセンの姿があった。


 

『見ていたまえ。これが祓魔師エクソシストの武器である憑戦装カースドアークであり、その使い手たる祓魔師エクソシストの戦い方だ』



 その武器は黒と白が螺旋を描くようなデザインをしており、レイピアにも槍にも見えた。


 その刀身を抜刀する様に振るえば刀身が急に引き伸ばされ、鞭の様にしなり、ピュンッと空間を割ると同時に遠くにいたはずのクリーチャー達から血飛沫が上がる。


「は?」


 明らかに普通の武器ではあり得ない動き。オヴェリシリーズではこんなぶっ飛んだ武器は無かった。



憑戦装カースドアークは使い手の願いに応える生きた武器だ。信じて振るえば星さえ穿つ」

 

 そう言って教官パイセンが身体を落とし右手を後ろへ動かすと連動して鞭が縮む。

 いつの間にか左手に握っていた白い石板を砕くと、教官パイセンの周囲に金色に文字が浮かび上がり身体が青く光る。

 

「フッ!」


 そしてフェンシングの様に武器を突き出せば、先程は鞭の様にしなった刀身は閃光の様に伸びて完全変態した化け物の目を貫く。


 続けてもう一度同じ動きを繰り返せば、今度は猫型の強固そうな仮面をブチ抜いて貫いた。


 それでもクリーチャー共は血を噴き出しながらも怯まず突き進んで来る。最早正気とは思えない行動ルーチンで、それはこのクリーチャーどもが普通の生き物とは違う事を表していた。


「ははは、元気だなぁ」


 しかし教官パイセンは呑気に笑うと、徐に刀身を鞘に戻して柄を引っ張りながら捻る。

 すると杖がカシュンッガチャンという機械音と共に変形しマスケット銃のような形状に変化した。


「はぁぁぁぁ!?」


 これには青鹿も開いた口が塞がらない。明らかに無茶で、それでいてロマンを煮詰め切った様な変形。何より『銃』などオヴェリシリーズにはなかった武器だ。


「まずは君からだ」


 ドンッと空気を震わす発砲音。

 仮面猫の仮面が大きくひしゃげ、衝撃で巨体が浮き上がる。どう見ても普通のマスケット銃の威力では無い。


「で、君はちょっと待っててくれ」


 再び左手で石板を砕くと浮かび上がる金字。手から放たれた紫色の稲光が犬頭のクリーチャーを拘束する。

 

 それを見るや否や教官パイセンは背中に刺していた剣を引き抜いてダウンしている仮面猫に斬りかかった。

 そしてそれと同時に全速力で犬頭のクリーチャーに迫る影があった。


 重い身体を強引に動かす。一歩歩むだけでも強烈な負荷を全身に感じる。それでも、チャンスを目の前にその歩みを止める事などあり得ない。


 思い描け、出来るだけ効率的な足運びを。

 イメージしろ、致命の一撃を。

 今なら殺レる。今だからこそ殺レる。


「オラァァァ!」


 助走した身体の勢いそのまま脚を溜める。自分の唯一得意なジャンプを活かして更に加速する。


 目指すは明らかに弱点部位かつ槍に穿たれた目玉。

 体力はミリ残り、敵は動けず。


「ごっつぁんでぇぇぇすッ!!!」


 強化HCPにより実現した華麗なドロップキック。


 漁夫の利?何のことでしょう?


 青鹿の踵は目玉の傷ついた部分を抉る様に蹴り抜き、クリーチャーのHPバーが金色に輝く。


「なっ!?」


 教官パイセンの困惑と驚愕の入り混じった声が少し遠くで聞こえるが無視。


 紫色の雷。オヴェリシリーズではそれは白石魔法と呼ばれて対人勢から忌み嫌われた魔法である。

 正式名は『紫雷刺イプニル』。

 これを音読みしてシライシ、から白石である。


 オヴェリシリーズの後継であるルナヴィならば、おそらくは。

 教官パイセンの言葉とエフェクトからそれを瞬時に足止め系だと直感したのは生粋のオヴェリ育ちも伊達ではないという事だろう。


 しかし、ギリギリ仕留め損ねた。読み違えた。最悪のミリ残り、妖怪1足りない。


 白石魔法は汎用性が高いが一度攻撃を与えてしまうと解除されてしまう。

 ドロップキックでエフェクトが消え、拘束が解かれた犬頭はのたうち回る。

 消える瞬間の蝋燭が強く輝く様に、死にかけとは思えない勢いでクリーチャーは暴れ回る。


「死んでたまるかぁ!!」


 犬型クリーチャーはこの大暴れを最後に出血多量でくたばるだろう。だがこのラッシュを全回避しない限り青鹿の生き残る道は無い。


 今まで見てきたあらゆるクリーチャーのモーションが頭を駆け巡る。

 頭の天辺から背筋の下まで凍り付く恐怖。これ以上になく目を見開き、全力で最高の動きをイメージする。

 

 最早クリーチャーの動きが速過ぎて脳で認識出来ていない。それでも身体は反射的に最適解で動く。

 気の遠くなるほどの反復の先に訪れるゾーン。身体が脳が上回る。ただの根性避け。

 音ゲーを繰り返しているとふと至るこの境地。


 クリーチャーの攻撃が素早くも安直で真っ直ぐなのが不幸中の幸いだった。


 右ステップ、途中キャンセル半スッテプバックしゃがみ込み。溜めた足で左へ大ステップ途中キャンセル左斜め前へロール回避。


 ボタン操作だけは決してできない繊細な動き。

VRだけでは決してできない人間離れした動き。

 この2つを同時に叶えてくれる夢のシステムがHCPシステムだ。


 そしてそのラッシュのラスト。両手叩き付けが発生する僅かなフレーム、そこで距離を詰める。

 脚で地面を踏み締めて、目の前でギョロつく巨大な瞳を睨み返し拳を握り締め――――


「ハァ!!!」


 渾身のカウンターアッパー。

 教官パイセンが開け、ドロップキックで更に凹んだその部分に拳が突き刺さり大量の返り血が噴き出す。


 今度こそ、HPバーは金色に光りクリーチャーは断末魔の悲鳴を上げる。

 その時、青鹿は拳の先に何か硬い物を感じて強く握りしめると手を引き抜いた。


 するとクリーチャーの身体が黒く染まり、スライムの様にどろどろと溶けて消えていった。


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[一言] 「謎の黒いゲージ」 SAN値ゲージかな?
[気になる点] パンチの方が威力高いのか… 祓魔師ってくらいだし体が聖属性的な?
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