15:M⭐︎U⭐︎S⭐︎I
空腹を
弾で満たせば
最上川
ベキベキッ!首走るあまり経験したくない衝撃と共に聞こえる音。暗転する意識の直前に感じた不吉な感覚。
気付けば青鹿は赤子の口に顔を突っ込んだ状態だった。
「………………演出の凶悪さ増してるだろ」
ズボっと頭を引き抜きパラメータ確認。セーブポイントの更新ができたのかHPなどは全快、大きな風穴開けられた心臓も綺麗に塞がっている。
セーブポイント名は『アイゼンロースト横丁』。やはり此処は本道から外れた場所の様だ。
心機一転、更に奥へと進む。
そう思ったとき、背後から物音が聞こえた。
相変わらずやたら長い銃身。銃口は仕留め損ねた事を怨む様に恨めしそうに此方を見つめていた。
「ヤッベ!」
番人は倒さない限りずっとその場に居続ける。ついセーブポイントを更新して気が大きくなっていたが、危機は去っていないのだ。
全力ダッシュ。狭い路地に転がり込む。
走る、走る、出来るだけ縄張りから離れる様に。
そんな焦ってる時を見計らったかの様に、銃タイプの鼠小人が逃げた先で青鹿は出迎えた。
ガムシャラに駆け、兎に角逃げる、逃げる。
息切らして、目眩がして、尚駆け抜ける。
目についたのは比較的無事な建物。そこに転がり込み息を整える。減ったSAN値の回復に努める。
「はぁ……はぁ……」
暇なので試しに南城にチャットを送ってみれば、楽しい反応が返ってきた。同時に有用な情報も得られた。少々不本意な形の攻略情報の入手だが、ありがたく情報は頂いておく。
「どこよ此処?」
逃げることだけに全力だった。遭遇する敵を適当に捌いてなんとか奇跡的に逃げおおせた。
されど帰り道が分からない。
HPゲージは既にギリギリだ。これ以上の戦闘は無理だろう。となれば、青鹿の覚悟が決まるのも早かった。
恐らくセーブポイントと思しき方面へ脚を進める。その先にはトンカチタイプの鼠小人。キーキー鳴きながら襲いかかってくるが、青鹿は敢えて避けない。
振り下ろされるトンカチがド頭をかち割り視界が再び暗転する。
しかしこれでいい。これが溜め込んだフラグマをロストしないための手立てのだから。
◆
「RTA開始じゃオラァ!」
再び赤子像の口から頭を引き抜き吼える。
目標は先程自分を倒させたトンカチタイプ鼠小人。
青鹿のフラグマを吸収して強くなっているだろうが、倒せば大方は回収できる。
問題は、具体的な道筋を覚えていないこと。
この『アイゼンロースト横丁』は非常に入り組んでおり、比較的方向音痴の傾向のある青鹿からすると鬼門のステージである。
因みにオヴェリシリーズにMAPなどという甘え要素は無い。どうしても無理ならUIのメモから手書きで書くといういつの時代のやり方だと言いたくなる方法を取る事になる。
「(多分、こっちだな)」
出来るだけ敵との遭遇は避け、スニーキングミッションの様にコソコソと動き回り脚を進める。
慣れてくれば違いが分かるのだろうが、この黒霧に包まれた路地は何処もかしこも同じに見える。
もともと方向感覚に難アリの青鹿が迷うのも非常に早かった。
「うわっ………私の方向感覚、低すぎ……?」
マタイの書第7章7節
――――求めよ、さすらば与えられん。探しせよ、さすらば見つかる。
非常に良い言葉ではあるが、方向音痴に限ってはもがけばもがくほど悪化する。
本当のRTAならとっくに再走案件だ。
「もうめんどくせぇなぁ……」
何処もかしこも似た様に見えてくる路地。印をつけても『安息の白蒙像』で休憩やセーブを行うとフィールドの状態がリセットされてしまうので対して意味はない。
こんな時にはなんとなく上を見てみる。どんなところにヒントが転がっているかは分からないが、オヴェリシリーズは全てを疑ってかかっても損はなかった。
自分の方向音痴を棚に上げて、まさかこれだけ迷うのはフィールドの所為なのでは?と頓珍漢な事を考える青鹿。フィールド全体をいじくり回している時は空を見上げていると太陽などの光源の位置でわかるというセオリーから見上げてみるが、光に異常は無い。
その代わり、路地の遠く、眼科のマークなのか目が描かれた看板が家屋の横から突き出ている建物の上に何かの影を見つけた。
敵かと思い咄嗟に身構える青鹿。だがその影は軽い身のこなしで立ち上がるとジッと此方を見つめている様に見えた。
「(…………敵、では無いのか?)」
いや、まだ決めてかかるのは早い。
宝箱には必ず罠を仕掛け、警戒して近寄る様になると今度は宝箱の手前に落とし穴を仕掛ける。
敵を多く配置して焦らせた上、これ見よがしに逃走経路の先のドアを開けようとすると開かない。ドアノブついている癖に引き戸ではなくスライド式という嫌がらせ。
商人NPCの服装を着ているNPCに近寄ってみたら変装した敵対NPCだとか、『安息の白蒙像』に化ける敵だとか――――
これまで数々のプレイヤーをブチ切れさせてきた要素を思い出すともう何も信じられなくなる。
オヴェリ卒の大体が若干人間不信気味になるのは開発に大きな原因があると言っても過言では無い。
鬱陶しい黒霧のせいでよく見えないが、目を凝らせばそのシルエットは明らかにヒトで、しかも祓魔師のコートを羽織っている様に見える。
試しに手を振る。
無論、手を振るというジェスチャーがとりあえず友好的な態度を示しているという文化形態に属している人種にしか通じないジェスチャーだが、そこまで野暮な事を言わない。
そんな事言い出すと異世界モノのコミュニケーションに於ける頷きやYesNoを示すジェスチャーまで何故世界を超えても通用するのか、という面倒な疑問が湧くがそこにツッコミを入れる異世界モノがあったら面白いだろうな、と非常にくだらない事を考えながら大きく手を振る。
因みに、偏屈で妙に細かいオヴェリシリーズでもそこまでは深く追求はしてない。言語に関する裏設定が存在していることは確認されているが、ジェスチャーや全体的な倫理や慣習は西洋に近い。
故に、手を振るというジェスチャーに対する反応である程度相手の思考レベルを測れる。
青鹿は霧でよく見えなかった、なんて言い訳ができないくらいにぴょんぴょんと跳ねて大きくを手を振るが、それに対する反応は――――――――
「(M⭐︎U⭐︎S⭐︎I!無視だと!?んにゃろう舐めやがって)」
一瞥、その後にコートははためかして軽い足取りで奥へと立ち去る。わざわざコートをはためかせたあたりアピールなのかもしれない。
「(もしかすると、ついて来いってアピールか?)」
短期は損気。簡単に決めつけない。
ただ、不親切なまでに誘導が少ないオヴェリシリーズにおいて、なんらかの誘導がある際は警戒すべきとはオヴェリ卒が口を揃えていう言葉だ。
追うか、それとも当初の目的に準ずるか。
「(どうせ迷ってるし、案内してくれるならそれでいいか)」
にっちもさっちも行かない状態。多少の危険を犯したところで問題はない。なにせゲームだ。フラグマを失ったとてまた取り返せばいい話だ。
罠である事も織り込んだ上で、青鹿は好奇心を優先した。




