10:バカのとってきたオードブル
ビールは美味しいの巻
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽VR日間9位ありがとうございます
「バッっっっっk‼︎」
咄嗟の事態に驚愕し反射的に飛び出る罵倒が頭の回転に追いつかず半端に崩れる。
思わずなんの考えもなく大きく仰反り、後ろの壁と体勢の不味さに気づきギリギリでHCPを起動。壁に手を強くついて足を蹴り上げて全力回避。
だがファーストコンタクトの時点で既に致命的な状態。首こそ避けたが右肩口をガッツリ食いちぎられた。
同時に肩にかかっていたボロ布も裂けて今や腰布一枚正真正銘蛮族。バトル漫画に存在する伝説のアレ、どんなに派手に戦闘しても即死級のワザを何度となく受けても消し飛ばない下半身装備の様になってしまった。
序盤から最悪の展開だが、相手も勢い余って壁に頭を強くぶつけて悶絶している。まさかあの状態から避けられるとは思ってなかったのだろうか。
映えあるクソエネミーの一番槍を務めたのは、毛皮に覆われた小型の肉食恐竜擬き。
小型と言ってもそれはあくまで恐竜次元での話で、大きさ自体は普通に青鹿と同じ背の高さだ。
灰色の毛は暖かそうだが、一瞬の邂逅でバッチリあったお目目は血走り白眼気味で暑苦しい。その上額には御立派な角が生えていて口から泡を吹いていた。
それだけでも十分なのに、何故か前脚の爪は異常に発達している上、金属光沢を放ち明らかに普通の爪でない事が分かる。
完全にまともな生き物ではないし、狂気的な顔つきと理性が若干フェードアウト気味の動きから考えるに何らかの病を持ってる可能性もある。
ファーストエネミーとして登場してはいけない類の敵だ。
普通のMMOなら小ボスか大ボスの取り巻きを務められそうな見た目である。
これだけの巨体が接近していたのに気付くのがかなり遅くなった。
廃材集めなどとふざけたことをしていたが無警戒ではなかった。となれば単純に気付くのが遅れたか、何らかの能力をコイツが所持しているか。
肩口からは痛みの代わりに燃える様な熱が走り、その熱で一気に頭が煙を噴き出すレベルで回り出す。
初手は聖なるグーを怒りのまま壁に頭から突っ込んで此方に向いてるケツアナ目掛けて『闘魂注入!』とやりたいところだが我慢。
集めた結果そこらじゅうに積み上がってる廃材の中でも太めの木材で尻尾の付け根、ケツの上あたりを思い切り引っ叩く。
HPゲージの色点滅は青。ほぼゼロダメージだ。
しかし骨格の都合と現在の体勢的な問題で踏ん張れない小型恐竜エネミーはバランスを崩して更に深く壁際に積まれた廃材に頭を突っ込んでしまう。
どうやら青鹿の予想通り、ダメージと、実際にかかる力の処理は違うようだ。ダメージがなくても突き飛ばせばよろけるし、足を引っ掛けたら転ぶのである。
つまりこれ見よがしに転がってる廃材も使い方次第では十分使い道があると考えていい。
青鹿は時間稼ぎに成功すると走って廃材群の一つに突き刺していた錆だらけの剣を引き抜き構える。
今のやり取りでも敵う相手には感じなかった。本来は逃げるのが正解だろう。しかし、どこに逃げろというのか。
ならば戦うしかあるまい。
両手が使えれば、初撃でカウンターを入れられてたらまだ違っただろうが、出血ダメージでHPがジリジリ減りつつあり回復薬も無し。おまけに虚無とSIDEの弱体化デバフ。にっちもさっちもいかない。
―――――――――SIDE?
『»Èいひひ¤¨¤Ð¤あ¤¤アハハ¤¤Ç¤·¤ウフç¡©¥Ðアハハハ¥«¤Ê¤HあΡ©』
脳裏に響く非言語的な囁き声と嘲笑うような声。手からは青黒い霧が漏れ、心無しか足の辺りが湿り、剣を握る手にはVRでは絶対にかかない手汗、それよりもヌメヌメした湿っぽさを感じる。
早く出せ、表へ、外へ、と主体を超越し内から吼えて主張しているようだ。
「うるせぇ口縫い合わして余った糸で亀甲縛りで高級ハムみてぇにしてやろうか」
『………………ア¥±¥ハáハハª』
しかし、まだ早い。
お呼びじゃねぇんだ、大人しくスッこんでろ、と心の中で念じながら吐き捨てるように口汚く威嚇すれば、怨みが籠ってそうな囁きが返ってきたような気がした。
先手を取って剣を構えて突撃。
錆び付いているが憑戦装には間違い無かったようで、抑えているのに漏れ出る青黒の霧が侵蝕し剣は黒く染まりつつある。
余計なマネを、そう思うが今の青鹿では上手くコントロールできない。
例えそれが軽くでも、SIDEが表に出れば青鹿の正気度(SAN値)は目に見えて削れていく。
HPとMPの下にある3つ目の黒いゲージ。
今までのオヴェリシリーズに無かったソレはプレイヤーの正気度を表している。
この正気度という数値が厄介で、【Exorcist wisdom】をよく読むと今作はかなり挑戦的な、独特のシステムを採用していることがわかる。
HPがゼロになれば死ぬ。
これは他のゲームでも一般的な使用だ。
一方、ルナヴィではSAN値がゼロになっても死ぬ。
SAN値は敵との邂逅でも減少する(邂逅の回数や分析による理解度に応じて減少率は下がる)し、SIDEの利用や特殊な魔法の利用でも減少する。更にダメージを喰らうほどSAN値は減り易くなる。
つまりSAN値とは、管理がややこしい第二のHPとも言えるのだ。
と言っても、SAN値は分かりやすく言えばアバターの精神状態を表しているので、減ってしまっても何もせずに落ち着いた状態を保てば自然回復が見込める。
減りやすいが消費アイテム無しでも回復できるのは嬉しいポイントだろう。
ただ、戦闘中の回復はできないし、HPと違って短時間に大きく減ると減少率が更に上がり、運が悪ければ厄介な状態異常も発生する。
現在の青鹿のSAN値は危機的な状況だ。
不意打ちによる悪魔との遭遇、ダメージ。加えてSIDEの暴走気味の表出。
HP以上に正気度の消費が激しい。運が悪かったのか変な状態異常も起きているようで、視界にノイズが走っているような感覚がある。
しかし廃材集めも無駄では無かったようで、色々歩き回ってたお陰で周囲の距離感は掴めている。この程度の縛りは問題ない。
状態異常攻撃をフル活用し、魔法で3D弾幕ゲーを仕掛けてくるオヴェリのクソボスと名高い奴より余程マシだ。
距離を詰めて、大きく踏み込み。身体の勢いと全身の体重を剣先に乗せてガラ空きのケツアナに完璧なバックスタブ。
『Kyuooooo!!!』
剣が深々と突き刺さるが、暴れられて取り上げられないように素早く抜く。
それと同時に鞭の様に振われる尻尾。
大きくバックステップ同時しゃがみ込み回避。独立した生き物の様に再度振われる尾には棘の様な物が生えており当たればタダでは済まなそうだ。
2撃目は剣でパリィ、3回目の尻尾振りを予想しつつ敢えて前進。ここで予想外の後ろ蹴り。
犬頭の時は馬の足であったが故に後ろ蹴りを警戒していたが、今回は恐竜という思い込みがあったので油断していた。
反射で突きからガードへ移行。強烈な後ろ蹴りをパリィしようとするが無理な体勢だった為タイミングが若干合わずに吹っ飛ばされ距離を開けられる。
その瞬間にエネミーは素早く方向転換。青鹿にとってのボーナスタイムは終了し、遂に青鹿と小型恐竜は真正面から対峙する。
「(SIDEの表出って止められないのか?)」
スピード型に対して脚がフリーな状態で真っ向勝負など今の状況では悪手だ。
だが、それ以上に青鹿を焦られているのがジワジワと減っていくSAN値。止めろマムシ酒にするぞと何度も指示しているのに微弱に漏れた青黒い霧が剣を侵蝕し続けているのだ。
更には剣だけでなく、剣を敵に刺した部分からも霧が漏れて微かに此方から漏れ出る霧と糸状に繋がっていた。見るからに怪しげである。
「(なんだコレ?勝手に何が発動してるんだ?)」
絶対に何かしら起きていることを示すエフェクトと減っていくSAN値。なのに何が起きているかわからない不気味さ。獅子身中の虫という言葉が頭を過ぎる。
『Kyrrrr』
そしてそれは敵も同じ。何かが起きている。詳しくは分からないが、良からぬ事だとは理解できる。
威嚇する様に餌を睨み付け、跳躍して飛びかかる。
戦闘に於いて跳躍は危険だ。次の一撃の威力は増すが、跳躍中は行動に大きく制限がかかる。相手が完全に体勢を崩し迎撃が出来ない状態ならまだしも悪手だと判断される。
問題は、ここまで理解していて今の青鹿には迎撃手段が無いことだ。
パラメータくそ雑魚。
武器は錆びつきへっぽこ太郎。
戦闘に有効なPERKはなく、魔法は行方不明、アイテムは使えない物だけ。
おまけに味方のはずのSIDEは援護どころか全力で足を引っ張ってくる。
バカのとってきたオードブルの様にウィークポイントが山盛りになっている。
しかし荊の道を選んだのは自分だ。
でもって“道”があるだけマシだ。
その身を裂く荊に対処する為の知恵を発達させたのが人間という動物なのだから。
考えろ、限界まで。
この程度の劣勢は幾度となく覆したはずだ。
予想しろ、パターンを。
探れ、今の自分の力量を。
何か見落としはないか。反撃の兆しは無いのか。
『君がSIDEを解き放った時は、どんな祓魔師でも恐ろしくなるような力を振るえるだろう』
思い出す教官パイセンの言葉。
SIDEは、本当に足を引っ張ってるだけなのか?
この相手に繋がってる靄はただのエフェクトなのか?
悪魔に有効なダメージを与える憑戦装といえど、これだけ錆び付いていては望むようなダメージは与えられないだろう。
しかし今は青鹿のSIDEが侵蝕を開始している。SAN値が減少している以上なんらかの現象は起きている筈なのだ。
今はパラメータを見ている暇が無い。故に予測し、信じるしかない。
低姿勢からの全力ロケットスタート。超低姿勢を維持して、スライディングへ移行、剣を構えつつ敵の下を潜り抜ける様に。
足を躱し、股から尾を構えた剣で強引に斬り裂く。
理性的に考えたらパワー負けするが、身体は引き摺られることなく強引に敵を叩き斬り、濁り切った黒血が激しく飛び散る。
その手を振り下ろし、反動で身体を浮き上げ、同時に交差する事で今度は青鹿が壁際へ。
このままでは危険なので壁を蹴って、変則捻りハンドスプリング。
再度青鹿と敵は対峙する。
1回目は青鹿の勝利。
HPの減りを見るに斬撃は有効、パラメータに対しては与ダメージが大きい。
「(コレがSIDEの力か?)」
壁際ギリギリまでゆっくりと下がる。
これで敵が迂闊にタックルをしてきたらカウンターを返せるだろう。
そんな都合の良い事を考えた瞬間、敵の額に生えた角が揺らめいた。だがそれは角が急に柔らかくなった訳ではなく――――――
「(陽炎?)」
その発想に至った瞬間、なりふり構わず全力でステップ。ジャンプ回避は危険のセオリーをかなぐり捨てて壁キック回避。それと同時に角から解き放たれた炎が先程まで青鹿がいた場所を焼き尽くす。
「初っ端の敵が使っていい技じゃねぇだろッ!」
勢いそのまま剣振り下ろし。その角の付け根から頭部にかけてを叩き斬る様に全体重を乗せる。
しかし、剣は食い込めど斬れはせず、顔面を地面に叩きつける様な形になった。
恐竜独特の骨格は攻めは強いがバランス的にはギリギリな部分も多い。特に頭が突き出る形の体勢なので頭上からの負荷に弱いのだ。
これまで青鹿はノーダメージ。順調と言いたいところだが、ペースは依然として敵側が維持していてそれにマグレ込みのカウンターで切り抜けてるだけだ。ワンミスで簡単に差はひっくり返る。
更に問題となるのは減っていくSAN値。これが完全に枯渇したら青鹿の敗北だ。初戦から時間制限付きと厳しい状態が続く。
だが、先程の壁キック回避、そこからの振り下ろし攻撃の一連で青鹿はある事を確信していた。
それは身体能力の強化と剣の威力の上昇。SAN値が減っていく一方で明らかに自分の身体性能及び攻撃力が増していた。
反面、徐々に徐々に敵の動きも鈍っている。完全に不意を突いたあの初撃のキレが感じられない。
それともう一つ、自分の手の甲に浮かびつつある謎の記号。まだハッキリはしないが、今対峙している敵の姿に似ている。
心当たりがあるとすれば、SIDEを取り込んだ時に目覚めた【SIDE Ability】何某。
アレも【Exorcist wisdom】で正体を確認出来ないかと思ったのだが、項目自体はあるが【未解放】と表示されていた。
つまり本格的に使えるようになるにはまだなんらかの条件がいるのだと思ったが、もしかするとフライングしている可能性がある。なんともお茶目なSIDEだ。
だが笑えないのでギャグセンスは赤点である。
今の2撃で与えたダメージは全体の1/30。単純計算で今の攻撃を30回すれば良いだけの簡単なお仕事。だが果たしてHP・SAN値チキンレースを走り切る時間はあるのか。
「ああ時間たりねぇ!」
思わず泣き言あげながら怒りのままに眼球パンチ。相手の目を潰して立ち上がりもう片方の目を突き刺し。火炎のカウンターを避けきれず炎上。
「アッツ!」
だが今は一分一秒が惜しい。
斬れ!斬り裂け!ブッ殺せ!
心の命じるままに、恐れを殺し、前へ出る。
そして、敵のHPを7割削った所で――――――
「ッ!?ぐぼぉええええええ」
唐突に口から飛び出る無数の蛇。身体が不自然に膨張し、口を裂き首を破り腹を抉り何かが這い出てくる。
SAN値0の代償。最悪の悪夢。人間では到底耐えられず、母体の重大な損傷でHPはあっという間に0に。
霞む意識の中で青鹿が最後に見たのは、一瞬にして小型恐竜を握り潰し、赤黒い血飛沫を浴びながら白く濁る太虚に歓喜の咆哮を上げる邪神の姿だった。
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