9:それはまるで半端に潰されてなお這いずるゴキブリの様な
最近野菜が美味しいの巻
「知ってる天井だ」
22世紀半ば現在に至るまで、もはや元ネタを知ってる人物が何人いるのか分からないのに何万回も使われたネタを口走る青鹿。
事実、真っ白になり身体から重さが消えて、その全てが一気に戻ってきたと思った時に視界に広がっていたのはあの寂れた教会だった。
ただ、視点が少しおかしい。自分のいる場所をよく確認すればそこは本来台座のあった場所で、もっと詳しく思い出せば其処は憑戦装を作る際にお世話になった棺が隠されていたと思われる謎スペースだった。
唐突なスタート位置に定評があるオヴェリシリーズだが、その後継も例に漏れず訳のわからん場所がスタート位置だ。
そこをいそいそと這い出て辺りを見渡せば、青鹿はキョトンとしてしまう。
SIDEに目覚めて戻ってきた時にも教会はいきなり劣化していたが(ちなみにパイセンに理由を聞いても答えは得られなかった)、今回はその比ではなかった。
むしろ最初の視界で教会の天井だと気づけた方が奇跡のレベルでボロボロになっており、何かを此方にひきずった痕に出所を考えたくない染みや燃え滓、廃材、欠けたガラスが散乱している。
鑑定などできはしないが、素人目で見てもあの状態からここで大きな諍いが起き、それから更に10年以上は経過していそうな雰囲気だった。
それともう一つ、あの教会と大きく変わっていた点が在った。それは扉。本来壁のあった位置に両開きのドアが存在していた。
と言っても、このドアもギリギリ原型を保っているほどに破壊されていたが。
方向的に教会の外からなんらかの大きな力がかかった様で、その残骸と一緒に中心からバッキリと折れて地面に転がってる長い角材が印象的だった。
「なんだこれ」
これで祓魔師としてやっていけるね、と言われてほっぽり出された場所がただの廃墟。
チュートリアルの感じから新規にも優しいデザインになったかと思ったが、それは巧妙な罠だったと思うしかない。
取り敢えずこんな場所で呆けている理由も無し。穴から完全に抜き出すと大きく伸びをし、無視していた現実と向き合う事にした。
「しかし、何も無いぞ。もしかして虚無の者……弱すぎ?」
あのカッコいい祓魔師の服はなく、纏っているのはボロ雑巾みたいな薄汚れたボロ布一枚。あれだけ製作に苦労した憑戦装も見当たらない。なんなら靴さえない。
虚無系統の選択者はスタート時点からの厳しい条件は恒例だが、その中でも過去最高に装備が貧相だ。
しかし、腰に擦り切れたポーチが有り、そこには見覚えのある赤黒い円形に結晶が一つ寂しげに転がっていた。
何故、このアイテムだけは残っているのか。
その結晶を何となく手に取ると、【Exorcist wisdom が更新されました】という通知。
メニュー画面を表示して『Exorcist wisdom 』の項目を選択。色々な項目があったが、消費アイテムの一覧のNewと表示された物を選択すると、アイテムの詳細が表示された。
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【赤穢魄石】
悪魔より見出される揺らぎが形を成した物
石の様で有りながら、その実態は石に有らず
この大きさの物を見出すには、元となる悪魔も其れ相応の力を有している必要がある
生ける物を多く殺めた悪魔ほど、澱みが蓄積し石を宿し易いと考えられている
憑戦装に用いれば、よりその性能を引き出す事ができるだろう
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武器の無い状態での武器強化アイテムとはこれ如何に。焦らしプレイにしてもタチが悪過ぎる。
「さーて、取り敢えず拠点探しだ」
普通のゲームならば様々な設備が揃った拠点から話が始まり、できる事を一つ一つ覚えていく。MMOの始まりが街であるのと同じ理屈だ。
いきなり戦闘用フィールドに説明なしでほっぽり出すゲームなどあり得ない。
そのあり得ないを毎回恒例にしてしまったのかオヴェリシリーズだ。
ルナヴィもその例に漏れず、拠点となる場所さえ分からない状態のスタート。武器も無い。何も知らない人からしたら混乱する可能性もある。
初めて青鹿がオヴェリシリーズを触った時も、急展開で呆然した物だ。
ただ、今はあのひよっこ時代とは違う。プロミス社のやり方にも慣れたので特に動揺もしない。
悪魔に通常の武器はほぼ通用しない。しかし素手だけではリーチが怪しい。取り敢えず廃材から適当な棒を取り出して振り回してみる。
「みんな、丸太は持ったか!」
1人でふざけてみても応える声は無し。ちょっと寂しいが、周囲に人がいてもニッチなネタなので反応してもらえる確率はゼロに近く、完全な自己満足である。
普通はこのまま教会から出奔する所だが、良く訓練されたオヴェリ卒はすぐに出ない。
これも毎回恒例で、オヴェリシリーズでは出発地点に何らかのアイテムを隠しておくケースが多い。丸太をブンブンぶん回して廃材を蹴散らしていくと、錆び切った剣を見つけた。
「武器あんじゃーん」
丸太のリストラはあまりにも早かった。
むんずと掴む柄。久しぶりのシンプルな剣に少し心躍る。
そして武器を瓦礫から引き抜くと、まるで息を吹き返した様に赤い息吹が一瞬漏れ出て、柄がドクンと一回脈打つ。
「(これ、憑戦装なのか?)」
打ち捨てられ、忘れられ、それでも新たな使い手が求めれば律儀に応える。劣化した武装だが、剣を振るえば、脳死で剣を使っていた最初の未熟な頃を思い出す。
しかし、その未熟な頃を思い出すと同時に思い起こされる数々のトラウマと後悔。
実は序盤に使える武器がスタート地点に隠されていたとは知らず愚直に足掻いた苦い過去。
結果として実力向上に繋がったのでマイナスでは無いのだが、数分に一度死んだあの記憶は未だに脳裏に深く刻み込まれている。
そんなプロミスが、序盤に剣一本だけ置いておくだろうか?
疑心暗鬼に囚われた青鹿は隈なく教会を調べたが、結局何も見つける事は出来なかった。
「(でも、うーん、なんか見落としてる気がする……)」
しかしこれ以上留まっているのも癪だ。釈然としないながらも、ようやく青鹿は教会を出て攻略を開始した。
◆
「(あれ……?)」
教会を出て感じたのは、やたら明るい空とそれに対してあまりにも暗いフィールド。明るい曇りの日に黒い霧が立ち込めている様な、強烈な違和感。
それにより隠された更なる違和感が露わになる。
「(時代背景、なに?)」
祓魔師という役割、チュートリアルには荒廃した近世西洋フィールド。
前進となるオヴェリシリーズも中世から近世にかけての時代背景なので、今回もそうだという先入観があった。
しかし、青鹿の視界に広がるのは荒廃したコンクリートジャングル。
パッと思い浮かんだのは旧時代の九龍城、軍艦島、スラム街。人気は無く、レトロな建物の上に別の建物が強引に建てられ、視覚から受けるカオス濃度の高さに酔いそうだった。
スチームパンクとロストアポカリプスを強引に混ぜ込んだ様な世界観は今までのオヴェリシリーズとは全くの別方向である。事前のプロモーションでも、やけに近代的な要素が多めな印象は受けていたが、ここまで世界観がガラリと変わるとは予想してなかった。
つまりこれは製作陣が敢えて隠していた要素であり、サプライズなのだろう。
今までがかなりオヴェリシリーズをリスペクトした要素が多めだったので青鹿はいい意味で裏切られたと感じた。
無論、批判の声が上がることも予想された。
大規模な変革に対する反応の全てが肯定だけの状態など返って不健全だ。どんな要素にだって不満を抱くユーザーは存在しているが、それは悪では無い。人の捉え方など千差万別である。
熱心なオヴェリシリーズ信者、特にあの独特の古い良き世界観を重要視している者にとっては受け入れ難い変更かもしれない。
しかしこれはオヴェリシリーズの最新作では無い。あくまでそれを踏まえての新たなシリーズである。
全てが全てオヴェリと似ていては名前を変える必要すらない。
ならば、新シリーズとしてこの様な世界観の変更も良いのではないかと青鹿は肯定的に考える。
むしろ、近代化がかなり進んでいそうな世界の中で、より古代に近い武器を振るって戦うというのも乙な物である。
そんな事を考えながら、青鹿は鼻歌を歌いつつ廃れた教会を出てみる。
教会の周りはちょっとした広場や公園の様になっている。
教会を囲む様にグルリと大型の車一台分は通れそうな道。見た感じウォーキングコースだろうか。
その更に外周は草木が植えられていたと思われるゾーンがあり、ボロボロにひしゃげた鉄柵に囲われている。
気になるのは草木は植えられていたと考えられるゾーン。そこにはボロ布や原始的なテントの残骸らしき物がチラホラ見受けられ、若干の生活感を感じさせる。
「(…………柵も外側から押し倒された感じだな。何かここに攻め込んだのか?)」
視界内の建造物といえば大体はコンクリートらしき建材をベースに作られていて、小さな子供が適当に積み重ねたブロックの様に色も大きさも形式もバラバラな建物が寄り集められた様な、不安定で何処か破綻寸前のごちゃごちゃした雰囲気がある。
それに対して、教会とその周囲は比較的スッキリしている。
違法建築なんのその、耐震構造?知らない子ですね。耐火?防音?日照権?バリアフリー?そんなもの建築基準法と一緒に豚の餌にしてやったとばかりに今の建築家が見たら悲鳴をあげそうな構造だ。
土地に対して人口が多過ぎた結果起きた無理な増築が起こした悲劇と奇跡がそこには同居していた。
そんな土地不足を感じられる周囲の建造物に対して、教会周りはかなりスッキリしているし、そもそも周囲の建物と見比べてみても場違いな感じだ。
地中海の西洋情緒溢れる観光地のど真ん中にいきなり赤鳥居の神社が出現した様な違和感がある。
はてさて、これでジックリと建造物の出来を確認するのも悪くは無いが、先ずは拠点の発見が急務だ。
メニューから色々と確認してみたが、オヴェリシリーズ同様ルナヴィではその場で好きな時にプレイヤーがパラメータを操作はできなかった。
代々のオヴェリシリーズではプレイヤーの拠点となる場所にレベルアップやパラメータ上昇を手伝ってくれる存在がいた。
恐らくこの仕様はルナヴィでも引き継がれているはず。早くこの虚無準拠へっぽこパラメータをどうにかしたい。
希望的な観測を元に青鹿は動き出す。
まあ、説明不足が多い事に定評があるプロミスも、序盤は流石に過度に混乱させようとはしない。まるで道標の様に、何かを教会の中へ引きずってきた跡が外に真っ直ぐ伸びていた。
これ見よがしな痕だ。余程テンパったり察しの悪い人間でなければ、少し考えればやたら目立つこの汚れが何らかのヒントを兼ねている可能性に気づけるだろう。
柵もその方向だけには大きく開いており、順路である事をアピールしている様に見える。
ただ、やはり教会が気になる。
このまま本当に何も無いのか。恐らく似た様なことを考えている人はいるはずで、ゲーム内のスレッドあたりで問い掛ければ、何かしらの要素が発見されているのなら既に報告が上がっている確率は高い。
オンライン系のゲームだと情報を秘匿する事も考えられるが、少なくともルナヴィに関しては自分の取り分が減る様なパターンはないので、ちやほやされたい奴が絶対に声をデカくして報告する。
しかしそれに頼るのもなんとなく癪だ。
結局青鹿はスレには頼らず、一先ず教会の周囲を調べてみた。
教会の周囲には、内部より格段に少ないが、やはり廃材などが転がっている。木の棒、何らかの部品、ガラス片、一見してただのゴミである。今は猫の手も借りたいほど装備が貧相なので使えそうな物を拾っておくが、怪しい物は見当たらない。
左から回り込み、後ろを隈なく捜索。地面を舐めるように、完全に突っ伏して、側から見れば非常に怪しい、言葉を選ばなければそれはまるで半端に潰されてなお這いずるゴキブリの様な、薄気味悪い動きで怪しい部分を探す。
隠しスイッチ、レバー、幻影、魔法的な封印の痕跡、抜け穴、隠し扉…………オヴェリシリーズで今まで仕掛けられた事のある隠し要素の隠蔽方法を思い出し、思いつく限りを試す、が、ダメ。
何も見つけられず。
「(マジで何もないのか?)」
この様な探索も含めてオヴェリシリーズの醍醐味ではあるが、これ以上の時間のロスは避けたい。
あのファンサに定評のあるプロミス社が恒例無視?そんなバカな。
それとも新シリーズという事で何か別の物を仕込んだか?
まさか屋根の上から?これ見よがしにばら撒かれた廃材を使えと?
確かに青鹿の憑戦装に仕込まれた仕掛けを使えば何とかなりそうな雰囲気がある。と言っても今はその初期武器も無いのだが。
何だか製作陣の手のひらで転がされてる様な気がして気に入らない。なんとか憑戦装なしでも屋根に登ってやろうなどと考え青鹿は廃材を集め始める。
精神性的には先生の言った決まりの粗を突いてなんとか悪戯を画策するクソガキそのものである。
シンと静まり切った空間。その中でガシャガシャと廃材を引き摺る音だけがやけに大きく響く。故に、気づかなかった。
ふと気づいた変な物音に振り返ったその時、泡立つ唾液でテラテラと光る大きな牙が青鹿の首筋に強烈なハグをしようとしていた。




