0:親父靴下の糠漬け@腐女子
口内炎が痛い
大きなモニター越しに見えるのは砂塵が舞い踊る赤朽葉色の砂漠。
そのモニターを取り囲むように大量のボタンとライト、パネル。
ロータリースイッチと幾つものトリガーが付いた独特な形状の操縦桿が操縦席の前に迫り出している。
「うっしゃ!ここで勝負決めるか!」
足元のペダルの内の一つを思い切り踏み込む。レバーのボタンを操作し操縦桿を思い切り引っ張る。
【fire】
無機質なアナウンスと共に機体の温度を示すモニターが一気に赤くなり、モニター越しの視界が急に上へと向かっていく。
すかさず空いてる左足で踏みつけるように手前のソナーボタンを押す。
「へーい!みっけー!!」
『げっ!?コツ掴むの早っ!?』
例えソナーを妨害する砂塵が吹き遊び起伏の多い砂漠でも、上空からの直接的な探査とソナーの合わせ技を行えば小山の影に潜伏している敵機体を見つける事は難しくない。
「吹き飛べ〜星の〜彼方まで〜」
呑気に歌っているが、指はそれぞれ独立した生き物の様に動き、左足も忙しなく動いている。
【Lock-on . Fire】
アナウンスと共に自機から発射されるミサイル。高い弧を描いて放たれた破壊兵器は小山を避けて大慌てで動こうとする敵機体目掛けて飛んでいく。
『ぎゃー!?思い切り良すぎだって!変に手加減するんじゃなかった!』
「右〜左〜星は瞬き〜」
敵の嘆きをさっくり無視しつつ、鼻歌混じりで複雑な操作を続行。
【Hovering mord】
【Estimation………Scope set】
敵機体はSBG-03型。
特徴的な三角形のキャタピラタイプの脚部はあらゆる悪路でもスムーズな移動を可能とし、分厚い装甲と様々な武器は凡ゆる環境でも活路を切り開く。
河馬と蟹をモデルにした機体の安定感は抜群だが、全体的に遅いのが難点と言える戦車型の機体だ。
そんな丈夫な機体といえど、攻撃特化型の機体の切り札とも言えるミサイル大盤振舞いからは逃げるしかない。
捕捉された以上、敵機体も反撃に移るしかない。もともと敵機体はカウンターが得意なタイプだ。デカい図体を砂に埋める様に隠して潜伏していたのもその為である。
対して此方の機体は最大攻撃力を持つミサイルを使い切った。このまま逃げ回ってもジリ貧。相手としてもそれは理解しているので、勝負を仕掛けたい。
そう相手に思わせるのが、本当の狙い。
「ビンゴ」
小さな砂山の左側に向けて構えた大型狙撃銃。全長が小さなビル一つ分位あるソレから放たれる弾丸は凶悪だ。
その銃口は砂山の左から慌てて出てくると同時に此方に右手に構えた大型ランチャーを放とうとする敵機体に自動で照準を合わせ、トリガーを引いた次の瞬間には敵機体の土手っ腹を撃ち抜いた。
『なんで!?うっそメインモニターとパルス死んだ!?』
「うーん、丈夫だなぁ〜」
移動要塞といっても差し支えないSBG-03型機体といえどその一撃には耐えられない。しかし、逆を返すと守備特化でなければ先程の一撃でほとんど勝負アリの威力でもあった。
種明かしをすればどうということでもない。
均等に振らせた様に見せて小山の右側に多めにミサイルを降らせれば、咄嗟に逃げようとした時にミサイルが少なめの左側から逃げたくなる。
そう読んでその先に狙撃銃の照準を合わせただけだ。
相手が速射できるガトリングではなく、ランチャーを選択したのも此方の有利を誘った。
『お返しだ!』
ドドドドドドドド!!という小規模な爆発音と共に敵機体からミサイルの雨が降る。
此方の放ったミサイルほど威力は無いが量が圧倒的だ。
まさに弾幕。その巨体に積まれた大量のミサイルのほぼ全てをぶっ放したと見て間違いない。
敵機体としては自分の視界を確保しているソナーとメインカメラが死んでいる状態。サブカメラに切り替えれば動くことはできるが、強めの度が入ったサングラスをかけさせられた様な視界では即座に反撃に移るのも難しい。
故に、ここで時間稼ぎの一手として大量ミサイルブッパは正解の一手だ——————相手がそれを誘っていたのでなければ。
「それを待ってたんだ!」
一発でオーバーヒートしたロマン武器すぎる狙撃銃を投げ捨て事前に用意していたフレア弾を全弾掃射。攻撃力はほぼ無いが圧倒的な弾速を誇るソレはミサイルの雨に突き刺さり空が白く震える。
砂が暴れ狂い視界が赤朽葉色に染まる。これではソナーもままならない。
予想以上の連鎖爆発に視界が揺れるが覚悟はしていた。ペダルを最奥まで押し込みロータリースイッチを全開に。
「エクストラオーダー!【メテオ】!」
【Accept!I pray for Master's victory!】
機体が赤く染まり、装甲が吹き飛ぶと同時に背中の部分のロケットエンジンが狂った様に唸り声を上げ機体は暴風域の中を一つの星となって突き進む。
「そこだあ゛ぁぁぁぁ!!」
腕を変形しブレードを展開。完全に此方を見失いまごついていた敵機体の影を捉える。
その時、最高のカウンターが炸裂した。
敵機体が撃ち尽くしてと思っていたはずのミサイルが放たれたのだ。
此方はフレア(目眩し)を撃ち尽くした。尚且つ対象に向けて向かっている。脳がミサイルの発射を認識した時には既に回避不可能な状態。
相手も馬鹿正直に騒いでいたわけではない。追い込まれていたのは確かだが、此方の操縦者が最後には自分の手で直接来るだろうという読みでジッと最高のタイミングを見計らっていたのだ。
しかし、体の反応はそれ以上に速かった。脳がソレをミサイルと認識するよりも速く、指は閃光弾を放つボタンを押し操縦桿を更に深く押し込んだ。
強烈な閃光はミサイルの照準を僅かに狂わせ、地面へ突っ込む様に軌道を下げた機体はギリギリでミサイルを避ける。
その代償は大きく機体は不恰好に墜落し大ダメージを受けるが、まだ機体は死んでない。
このフィールドが硬い大地だったら無事では無かっただろう。
砂漠の大地は衝撃を吸収し、首の皮一枚繋がった。
滅茶苦茶に揺れるメインモニターの視界。それでも操縦桿を強く握りしめブレードを中心に構える。
そして機体が転がる勢いそのままそのブレードは敵機体の切り札であるランチャーを貫き更に機体中心まで突き刺さる。
装填されていた弾丸は暴発。度重なるダメージで双方を機体が同時に吹っ飛んだ。
【Result——————Draw】
◆
「よっしゃー!勝ったー!」
「ぐあああぁぁぁ!ちくしょー!なんであれ反応できんだよーーー!!」
拡張パーツをつけたゴツいヘッドギアを脱ぎ捨て勝利の咆哮をする男と、ヘッドギアをつけたままベッドからずり落ち四つん這いで吼える男。
「おい!サークルの備品だぞソレ!ぶっ壊したらマジ罰金だからな!!」
「すみませーん!」
サークル長に割と本気目で怒鳴られるが、勝利の美酒に酔いに酔った男は軽く流し、悔し涙を流しながらヘッドギアを外した男の周りを煽り立てる様にスキップして回る。
「セイガ氏マジで反応速度おかしいって〜」
「最後のアレ?うん、ぶっちゃけ死んだと思った。でも体が勝手に動いてくれて助かったわ。もう気合だねアレは。音ゲーと一緒よ。わかるだろう、南城?」
「出た気合音ゲー理論。そんな簡単に出来てたまるかよー」
敗北し地面にののじを書く男、南城一は、勝った嬉しさを隠そうともしない男、青鹿月都を恨めしそうに見るが、青鹿はフフンと得意げに笑い飛ばすだけだった。
鬼畜難度ゲームと言えばこの会社、変態(賢者)達が集うと言われる『ProminenceSystemProject』社開発の超高難度ロボットVRアクションゲーム『SteelKnight』シリーズの最新作『SteelKnight 4Ex』。
ファンもアンチも“やるべき事と出来ることが多過ぎる”という意見で一致するこのロボットゲームのシリーズは、ロボットVRアクションゲームの中でも知る人ぞ知る名作だ。
とりあえずやりたいと思ったことは大体出来るし、ロマン武器からネタ武器までありと凡ゆる武器が揃い自由にカスタマイズ出来る。
反面、操作性はかなり高難度となっており、『製作陣は人間に腕と足が合わせて4本しか無いことを知らないのか』という妄言が飛び出る仕上がりになっている。
但し一度操作に慣れてしまえばその自由度の高さに病みつきになり、他のロボットアクションでは満足できなくなる。
対人戦も充実しており、巨大なロボットが殴り合う様は正に圧巻。プレイするだけでなく見ていても楽しいゲームだ。
そんなゲームの対戦モードを利用して青鹿と南城はとある賭けをしていた。
「無理だーーー!俺に『Overelics tale』シリーズは無理だよーー!」
「だいじょーぶだって!SKシリーズで遊べてる時点でなんとかなる!」
「あははは、南城負けたんか!やったら、男の約束守らなきゃあかんやろ?知らんけど。プロミスの例の新作なんやろ?頑張りや〜!」
言いくるめられて勝負したもののやはり納得いかず地面に手をついて慟哭する南城。その傍にしゃがみ込みサークルの副長がケラケラ笑いながら南城の肩をバシバシ叩く。
プロミス。Promise、約束、では無い。
鬼畜ゲー、死に覚えゲー、人間お断りゲー。
様々な呼ばれ方をする超高難度タイトルを幾つも世に放ってきた『ProminenceSystemProject』。
俗にプロミスと呼称されるこの企業は会社の顔とも言える看板タイトルを幾つか持っている。青鹿と南城が遊んでいたSKシリーズもその一つだ。
それと双璧を成すと言われている看板タイトルがダークファンタジーアクションの金字塔『Overelics tale』シリーズである。
VRゲームが一般的になってから、企業は表現をよりマイルドにし、プレイヤーを死亡させる事を避ける様になった。
理由は簡単。パソコンや画面越しに見ていた時と違ってVRは視界のインパクトが違い過ぎる。
人によってはトラウマになりかねない程に、痛みを伴わ無いとしても実際に自分に向けて剣が振るわれたら怖い物は怖い。血飛沫が舞えば体が竦み、身体を貫かれれば身体が竦む。
故に、昔のゲームと比べて今のゲームはどんどん緩くなっている。
あの血が沸るような、背筋が凍るような、緊張で手汗が止まらず口はカラカラに乾き、開ききった目が疲労限界を超えて血走る。
そんなゲームは今はもう絶滅の危機にある。
そう嘆いた者達の脳髄にプロミスがブッ刺してきたのがプロミス初のタイトルにしてVR鬼畜ゲー最高峰タイトル『Overelics tale』だ。
過激な表現、悪辣な罠、迫り来る強敵、難敵、鬼畜の塊、難解な隠し要素とイカれたNPC共。
『そこら辺にいるモブが通常ゲームのちょっとしたボスクラスに強いんだけどマジでテスト走行したんか?』
初プレイ後速攻で掲示板で書き込んだ者のこの言葉が『Overelics tale』を端的に表現していた。
それだけだったら難易度調整ミスのクソゲーで終わっただろうが、その難易度は難しくとも理不尽では無かった。
皆でアイデアを出し合い、独特のキャラ操作に慣れ、力をつけ、1人、また1人とモブと渡り合い、あまつさえ本当にイカレ難度のボスを倒し始める者が現れ始める。
ゲーマーとは負けず嫌いな生き物だ。
皆ができない無理ゲーなら口を揃えて『はー2度とやらんはこんなクソゲー』と唾棄するのだが、クリアできる者が一定数現れるとそれをクリアできない自分に不甲斐なさを感じ始める。悔しさを感じる。
皆がクリア出来ない物をクリアして愉悦に浸りたくなる。
故に死ぬ気でクリアする。
その人数が一定数増えると、難易度調整ミスのクソゲーは玄人向け超高難度ゲーと評価に移り変わる。
実際難易度こそ酷いものだったが、ストーリーから世界観の作り込み、敵のデザインからBGMまで素晴らしい所は多々あった(問題はそんな事に気を取られていると死ぬ事だが)。
そんな鬼畜ゲーもシリーズを重ね、一部界隈では「オヴェリ卒」や「オヴェリ育ち」なんて言葉まであるほど。
Overelics taleシリーズを走ってきた者達が他のVRMMOで猛威を振るい、『アイツらヤベェ』という畏怖と半分茶化しの籠もったオヴェリ育ち、オヴェリ卒という呼称。
その言葉がブランド化され、より多くの者がその称号を求めた。
そんな『Overelics tale』シリーズも一昨年6作目にてシリーズ終了を発表。多くのファンに嘆かれつつも過去最高の凶悪ボスを以ってしてその幕を閉じたが、Overelics taleロスに嘆く者達を前に長く沈黙を保っていたプロミスが半年前に急に新たなタイトルを発表した。
その名も————————
「『Lunatic Visions』なんておかしいって!あのヤバいタイトルの後継タイトル名にあのプロミスがルナティックなんて単語を入れてる時点でもう見えてる地獄なんだって!」
「いいじゃん、一緒に堕ちようぜ?」
「いやだー!!あんな人間やめた連中にはなりたくねー!」
正式タイトル『Lunatic Visions〜Pray for your Sanity〜』
プロミスが公式に認める『Overelics tale』シリーズの後継シリーズであり、『Overelics tale』の世界観を引き継いだ世界観と明言している。
VRといえばMMO、VRといえばRPG。
そんな風潮が未だなお残るゲーム業界に於いて、ストーリー重視のプロミスは基本的ソロ、オンラインも可というスタイルのゲームを良しとしている。
Overelics taleシリーズを継ぐ『Lunatic Visions』はこのシステムを踏襲しつつ、個々人の裁量で更に他プレイヤーとの交流ができる要素を増やしているとの事。
対人勢はこの発表から既にOverelics tale6の対人部屋にずっと篭っている状態だ。
「ナンちゃんは数少ない『プロミス愛好グループ』やろう?せやからウチも応援してるんよ、な?」
「うぐぐぐ ……その言い方はずるいっす副長………」
プロミス愛好グループとは、早京大学の『早京総合ゲームサークル』内のグループの一つである。
かなり自由な校風で人気の早京大学は大量のサークルがあったが、これでは収集がつかないという事で一度再編された。
その時ゲーム関係のサークルを全部集めた闇鍋が『早京総合ゲームサークル』である。
所属人数は全サークル中トップではあるが、その内情は複数のグループの集まり。
22世紀王道のVRゲームから携帯ゲーム、21世紀の所謂ニアレトロからゲーム最初期のレトロゲーム。
ゲームセンターのゲームやボードゲーム、はたまたゲームの制作方面まで。
様々なゲームを取り扱っているが故にサークル内でも派閥があり、更にその中でも企業ごとに派閥があったりする。
人数が多いという事はそれだけ大学の情報のやり取りや過去問などの共有ができるという事で一時無秩序に増えてしまう問題が起きたが、その対策として様々なノルマを設けて異分子を2年前にかなり排除した。
それでも『早京総合ゲームサークル』の所属人数は多い。
その中でもプロミス社製のゲームが好きという物好きが集まったグループが『プロミス愛好グループ』だ。
他のグループが平均20人ずつ程度いるのに、このグループの人数はたったの7人。3年生2人、2年生1人、1年生4人である。
「んじゃ、プロミスチーム、ちゃんとルナヴィのレビュー記事書くんやで〜。今期は人数も多いし超期待してるかんね。ミクちゃんも頑張ってやぁ」
「はい、頑張ります」
『早京総合ゲームサークル』はいたずらに人が増えないように幾つかノルマを設けているが、その一つが記事の作成だ。特に一年生は強制である。
自分のグループで1つ、そのグループに関わる記事を出して提出する必要があるのだ。
因みに複数のグループの掛け持ちは許可されていて、その場合はどちらかに参加すればOKだ。斯く言う青鹿もTRPG愛好グループとの掛け持ちをしている。
記事の内容は大体新商品の紹介かレビュー。
青鹿と南城がバトルをしたのはこの記事の内容に関してだ。
どんな記事を書くか決める段階で、『Overelics tale』シリーズ信者の青鹿は夏休み直前にちょうど発売される『Lunatic Visions』の記事にする事を主張。
プロミスチーム1年生の紅一点である星川海久もやんわりと『Lunatic Visions』賛成派に。
もう1人の一年生はもう一つ所属しているグループの方で記事を書くとの事で無投票。
それに対して猛反対したのが南城だ。SKシリーズ信者の南城としては夏休み明けに発売されるSKシリーズの6作目に合わせてSKシリーズについて記事を書く事を主張する。
それにより色々と(主に青鹿と南城が)揉めた結果、サークル長とサークル副長が中間に入り、ゲームサークルとしてゲームで雌雄を決する事になった。
その結果が冒頭のゲームという事である。
ゲームはSKシリーズの最新作SteelKnight5。
しかし熟練者である南城は幾つかハンデを設けた上で『引き分けの場合は青鹿の勝ちとする』という制限下での決闘となったが、南城は絶対に勝ちに行くつもりでガチガチ装甲のSBG-03で挑んだのだ。
対する青鹿はプロミス愛好グループといえどその愛のほぼ全てが『Overelics tale』シリーズに集約されておりSKシリーズに関しては殆ど触ったことがなかった。下馬評では南城が有利だった。
その上でキッチリ青鹿は南城に引き分けによる判定勝ちをもぎ取った。
「せやけど、ミクちゃんみたいな女の子が凶悪とか規制ギリギリ言われとるオヴェリシリーズなんてやって大丈夫なんか?ヤバいんやろ、アレ?」
「あははは、大丈夫ですよ先輩。私もプロミス社のゲームは好きですから」
「そう?でも、うーん、あんま差別っぽい言い方したくないんやけど、イメージに合わへんなぁ。無理せんでも怒らへんからね?」
「そんなヤバく無いですよ。『Overelics tale』シリーズはたるみ切った現代の若者の必修科目とすべき神ゲーっすよ、マジで。副長もどうですか?就職決まったらお祝いにルナヴィの世界へ行きませんか?ガチで最高っすよ」
「ほら、これが一般的なイメージのオヴェリシリーズ信者やし。こんなか弱い乙女を容赦無く地獄へ引き込もうとするんやないの、バカ」
目をギラつかせながら勧誘を仕掛けてくる青鹿にげんなりとする副長。それを見て思わず星川も苦笑する。
口でこそか弱いとはいうが、副長の見た目は華やかでとてもエネルギッシュだ。
明るく聡明で人懐っこくてコミュ力も高く、実質的にサークルをまとめている女傑とも言える。ゲーマーというにはライトで様々なゲームを分け隔て無く楽しく遊ぶ事を信条としており、色んなグループに跨って所属している超人でもある。
そんな副長と言えどもプロミス社製はちょっと勘弁したいところ。これがプロミス社製のゲームに対する一般的なライトゲーマーの見方である。
副長が言うように、(半分人間やめてたり変な信仰に目覚めたり変態と賢者を高速反復横跳びしてる)プロミス社狂い達のイメージからすると、星川海久はあまりに素朴で純朴そうだった。
華やかでこれぞJDの勝ち組みたいな副長が横にいると地味にすら見えるだろう。
もちろん、よく見れば顔立ちはそれなりに整っており、髪も肌も気を使ってケアしている事が見る人が見ればわかる仕上がりになっている。
ただ、その人畜無害を体現した様な穏やかな気性と、スタイルが分かりにくく色味の薄い服を好んで着ている事がその地味さを引き立てている。
青鹿からすると磨けば超光りそうなのにかなり勿体ない気がするのだが、お節介になりそうなので余計なことは言わない。
ただ、やはり口にこそしないがオヴェリ信者の青鹿でもオヴェリと星川のイメージが一致しなかった。
『大学内の情報は欲しいけどあまり人と関わりたく無いからプロミス愛好グループを選んだ』
青鹿も最初はそれを疑ったのだが、実際にオヴェリシリーズ系統の話を仕掛けてみるとエアプでは出てこないコメントが星川からたまに出る。
どうやらオヴェリシリーズをしっかりプレイした事がある。
それは分かったのだが、どこまで突っ込んで話していいのか分からず青鹿も当たり障りない会話に落ち着きやすい。
本当はようやくリアルで見つけたオヴェリ好き同士でもう少し色々と話してみたいのだが、期待が大きくなりすぎてる気がして自制しているのだ。
まだブツブツとゴネている南城を無視して大学を後にする青鹿。
大学の正式な夏休みが始まるまで数日あるが、青鹿の取っている講座自体は既に全てが終わっている。
今の青鹿の頭の中といえば1週間後に発売の『Lunatic Visions』でいっぱいだ。
前期が終わった解放感と『Lunatic Visions』の発売までのワクワク感からスキップする様にバス停に向かいバスを待つ。
すると、陽炎を抜けて先程別れた人物がやってきた。
「あれ?星川さんじゃん。家こっちだっけ?」
青鹿の記憶だと星川は実家住みで青鹿の乗るバスとは違うバスに乗っていたはず。そう思い問いかけると、星川はコクリと頷く。
「こっちだったと言うか、こっちになった、かな。本当は大学生になったら1人暮らし始めるはずだったんだけど、親が心配しちゃって。とりあえず前期終わって大学生活に慣れて、夏休み中に1人暮らしを練習して行こうって感じになったの。だから今日からようやく1人暮らし始めるんだよね」
「あー……なるほどね。でもそれは確かに過保護だわ。星川さんしっかり者っぽいし、俺とか南城とかなんかよりちゃんと1人暮らしできる感じするけどね」
青鹿が真面目な顔で同意すると、星川はクスッと微笑む。
「そうかな?」
「俺なんてもうゲームざんまい予定よ。ルナヴィが俺を待っている!」
「ふふふ、そっかー。確かに一人暮らしだと何も言われないしね、私も気を付けなきゃ」
青鹿は夏休み中ゲームをする為に今から既に色々と用意している始末だ。それ程に青鹿はOverelics taleシリーズが好きなのである。
「副長の話じゃないけどさ、星川さんマジで無理しなくてもいいからね?結局俺の主張が通ったけどさ、よく考えてみれば星川さんの意見とか殆どの聞いてなかった気がするし」
今更と言えば今更過ぎる話を思い出した様にして気まずそうな顔をする青鹿。そんな青鹿に対して星川は首を横に振る。
「本当に大丈夫だから。それに私は青鹿くんと南城くんの意見が割れた時、ルナヴィに投票してたし」
「そう言えばそっか」
「何故か信じてもらえないんだけど、私もオヴェリシリーズは好きだからね?」
ほんの少し不満気に主張する星川。それでもその雰囲気はたおやかで、血錆で荒れ果てたOverelics taleの雰囲気とは似ても似つかない。
なんなら不満気な表情など普段は見られないのでなんだか可愛く見えるほどである。
そこでようやくバスが来て、2人はバスに揺られながらお互い探り探りでオヴェリ関連の話題でそこそこ盛り上がる。
『好き』という感情はシンプルにして難解な表現だ。
『とても好き』と『比較的好き』。同じ様で全く違うニュアンスでありながら、日本人はこれを『好き』と纏めて表現する。
相手に気を遣っている場合だと尚更だ。
星川のオヴェリシリーズが『好き』という言葉の尺度を青鹿は計りかねている一方、星川もまた青鹿の好きの方向を計りかねていた。
好きには種類だけでなく方向もある。
例えばオヴェリシリーズで言えば、戦闘が好きなのか、それとも難解なストーリーが好きなのか、崩れ去る文明を見事に描いた遺跡とポストアポカリプスを重ねた秀逸なデザインが好きなのか、それとも製作陣のこだわりを感じるBGMが好きなのか。
折角比較的近い嗜好を持つ相手と仲良くなれてもここを読み違えると萎えたりする人もいるので星川はかなり慎重になる。
側から見ればさっさと本音で話せばいいものをお互いに気遣いと警戒で遠回りしているのだ。
早京大学は大きな学校なので学生向けのマンションも充実している。同じバスに乗っているだけあって聞けば住んでいる場所もかなり近い。
結局20分近く2人はバスに揺られつつ雑談をして過ごす。
今までも同じサークル故に話す事は少なく無かったが、サシで20分近く話すなんて事はなく、最後の方にはかなり打ち解けてきていた。
「じゃあ、星川さんも夏休みはルナヴィ三昧?」
「そうかも。一人暮らしに慣れていく期間でもあるし、あまり無理はできないから、結局はそうなりそうかな」
「だったら、ルナヴィ内で星川さんに会うかもしれないのか。そん時はよろしくね。勿論、星川さんだからって変に手加減しないけど。あっ、因みにキャラネはオヴェリから継続する予定なんだけどさ、星川さんはキャラネの予定ある?」
キャラネ、キャラクターネーム。自分の化身の名前であり、第二の名前とも言える物。拘る人はとことん拘るし適当な人は本当に適当だ。
ここら辺の裁量はかなり性格がでる。
VRだとより『名前』という性質が強くなるので、ゲームでは一貫して同じキャラネを愛用する人も少なく無い。
青鹿としては定番中の定番の話題、地雷などほぼない安パイを切ったはずなのだが、この質問に対する星川の反応はやたら鈍かった。
「そ、そうだね。会うかもね、うん。えっと、あ、キャラネはまだ考えている途中というか、うん…………」
軽く目は泳ぎ足が微かに動く。
青鹿は鈍くないのでこの話題が何故か星川にとっては地雷に近い話題だった事を悟る。
「次は――――――」
そこで次の停車場の到着アナウンス。星川は飛び跳ねる様に立ち上がり急いで立ち去ろうとする。
しかし不自然にビタッと止まるとぎこちない動きで振り向き「またね」と挨拶をするとツカツカと立ち去る。
律儀と言えば律儀だが挙動不審もここに極まりだ。
「(もしかして、星川さん実はキャラネがヤバいタイプなのか…………?)」
アニメキャラの名前や自分の好きな人物の名前を付け加えた名前、はたまた下ネタ系まで。
キャラネは十人十色だが、リアルの知り合いに見せたら悶絶者必至の代物はチラホラと垣間見る事ができる。
かく言う青鹿も従姉妹のSNSのアカウントを偶然発見し、そのアカウント名が『親父靴下の糠漬け@腐女子』という意味不明な名前だった時はあまりの衝撃に言葉が出なかったほどだ。
その従姉妹が元より変人奇人ならまだしも、青鹿の認識では親戚関係ではかなりまともな人だと思っていただけにインパクトが大きかった。
「(もし……その類だったら…………そうでないといいけど…………)」
炎天下の中、バス停近くのマンションへ早歩きで移動する星川に小さく手を振りながら、青鹿は色々と邪推してしまうのだった。
初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。持病の発作で新シリーズ投稿です。
誤字脱字申し訳ございません。
感想乞食ですので感想くださると非常に嬉しいです。
感想、評価、レビューの程よろしくお願い致します。
因みに私の拙作である『神ゲーしようと思ったらクソピーキー性能のチート詰め合わせの初期特典に当選したので悪役に徹することにする』とは世界観を共有しており、拙作から30年程進んだ時代を想定しています。