凶兆
「……見つかったの?」
月明かり美しい夜。城壁に囲まれ、色鮮やかな花々が咲き誇る芸術作品のような庭園に少女が1人。
黒を基調とした修道士のような服に身を包み、腰まで伸びた紫の髪に澄んだ紫紺の左眼、そして赤い右眼をした少女。双眼は宝石のように美しく、人形のように整ったその可愛らしい顔は、もはや不気味ささえ感じられる。
「はい。この国辺境。アルシャト王国との国境付近の山奥の村にて存在を確認致しました」
虚空から無機質な声が響きわたる。
「そう。やっぱりそうなのね」
無表情な少女が月を見上げる。しかし次の瞬間少女の口元はまるで三日月のような笑みに変わった。
「ふふっ。うっふふふ。やっと、やぁっと見つけた。あぁ、8年。8年よ。彼を見つけ、見失い、そして再び見つけた。あぁ……なんて素晴らしいことなのかしら。
ようやく彼を、私だけのものにすることができる」
真っ赤な舌で舌舐めずりをする。
「楽しみだわ。私、決めていることがあるの。まずはね、連れてきた彼の目の前で、彼の知り合いと思われる人間の皮を1人ずつ剥いでいくの。脳天から足の爪先まで。そして爪を一枚ずつ、ゆっくり、ゆっくりと剥いでいく。もちろん歯も抜くわ。そして痛みに絶叫し、涙を浮かべる瞳をスプーンでくり抜くの。
あぁ大丈夫。血は全部抜いて彼に全て飲ませるわ。そうすればずっと一緒にいられるものね。私だって鬼じゃないわ。そのくらいはしてあげないと。
そして絶望で壊れた彼の心を、私が一から修復していくの。彼の身も心も、私だけのものにする。全てをやり直すのよ。
あはっ。あははははははははっ!」
少女の笑い声がこだまする。虚空の主からの返事はない。
「……準備を始めなさい。彼を迎える準備を」
「対象は青年1人でよろしいのでしょうか?」
「いいわ。彼の身辺調査は私自ら行うわ。あなた達は余計なことをしないで。もし彼の警戒心を煽って逃げられでもしたら、あなた達、楽に死ねるなんて思わないことね」
「承知致しました」
「それから。"隠者"の動向は掴めているの?」
「そちらは未だに消息不明です。ですが例の青年の周りにそれらしき者の姿はありません」
「……そう。でも注意なさい。あの老人は神出鬼没よ。どこで鳴りを潜めているかわからないのだから」
「はっ」
声がしなくなったのと同時に少女を中心に突風が吹く。
「8年、8年、8年。ここまでくるのに8年かかったわ。もう私も18歳になってしまったわ。本当なら私がずっと彼のそばにいなくちゃいけなかったのに、余計な邪魔が入った。
もう逃がさない。もう邪魔はさせない。彼を理解できるのは私だけ。彼を愛せるのは私だけ。彼を救えるのは私だけなのだから」
少女が庭園を後にする。残された花々はまるで意図したかのように風に揺られ、ざわついていた。