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天使いの図書館  作者: 里見零
序章
3/9

──と村人

 アルバと別れた後、レヴィはすぐに村に向かった。帰る道中アルバの言葉がひたすら頭の中で繰り返されていた。


『そこにあなたの意思はないのでは?』


 それに対して自分は他者の望がままに生きることこそが自分の意思だと言った。そのことに対して自分は嘘をついていない。それが自分にとって正しいと信じているからだ。


 しかし、もしも自分で自分の生き方を選択できたとしたら、自分はどんな生き方をするのだろうか。


(……今更だろ)


 そう。もうそんなことを考えても遅いのだ。自分はとうに引き返せないところまで来てしまっているのだから。

  

 そんなことを考えているといつのまにか村を囲む塀の前についていた。レヴィは塀によじ登りあたりを見渡し、周囲に人影はないことを確認して塀を降りた。


 何故こんな盗賊まがいのことをしているのかといえば、魔獣と関わっていることが村の人間に発覚すると自分は村の領主によって捕縛され、最悪処刑されてしまう可能性があるからだ。


(まぁ、うちの領主様だったらなんだかんだ説明すれば許してくれそうな気もするんだけど、問題は警備に知られることなんだよなぁ)

 

 レヴィの暮らす村はなんの変哲もないただの辺境の田舎であり、周囲は森に囲まれている。村が属している王国はここからかなり離れた場所にあり、王国に向かうだけでも1日はかかる。そのため村には王国騎士の駐屯地があり、村の警備にあたっているのだ。


 別に森に立ち入るのが悪いことではない。問題なのはまともに訓練も受けていなさそうな人間が、1人で魔獣巣食う森に立ち入り何の傷もなく生還することだ。


 自分が例外なだけで、本来人間にとって魔獣というは敵という事実に変わりはない。それは魔獣にとっても同様だ。自分のような人間が1人で森に入れば生きて帰ることの方がおかしいだろう。


 適当な嘘をつけばいいかと思うかもしれないが、そうはいかない。

 というのも、この村は森に囲まれているが故に、以前は魔獣が村の中に現れ、様々な事件が起きていたらしい。魔獣が現れる度に王国騎士達が撃退していたのだが、レヴィが村に来てしばらくした頃には自然と魔獣が村の中に現れるということはなくなっていた。そのため、この村に来たばかりの頃は自分と魔獣の間には何か関係があるのではと変に疑われていた。

 当時はまだ10歳の子供であったことからそれはあり得ないだろうということで見逃されたが、今こうして人目を避けて森に立ち入ってることが知られたら、彼ら疑いは確信に変わるだろう。


 それだけは避けねばならない。


「っと。バレないように……」


「おーい、レヴィ。また森に行ってたのか?」


 人の苦労を台無しにするような大きな声があたりに響き渡る。声の正体を睨むようにゆっくり後ろを振り向くと、一際背の高い青年に声をかけられた。身長はレヴィより頭二つ高いと言ったところだろうか、すらっとした体格、穏やかな顔立ちに藍色の瞳をした青みがかった灰色の髪をした青年。


「フェルト!静かにしろ! 警備の奴らに知られたらどうするんだ!」


 彼の名前はフェルト・ケルン。レヴィの隣の家に住んでいる同い年の青年だ。


「いやいや、今の君の声も大分大きかったと思うけど。それに彼らも別に君が森に行ったところで別に気にもしないと思うけど?」


「あのなぁ。俺は昔一度疑われたから、次がないんだ。だからこっそり出入りしてるのに。というかなんでお前は俺の努力を無駄にするんだ」


「んー。君があんなところに行かなければいい話だと思うけれど?」


「そうもいかない理由があるんだよ」


 そう。レヴィがわざわざそんな危険な場所に立ち入るには理由がある。この村の人間には誰1人として理解されないであろう理由が。


「そうかい。それについては詳しくは聞かないけどさ。まぁアリスにだけは心配かけないようにね」


「あぁ、わかって……」


 わかってると言いかけ言葉が詰まる。フェルト背後、少し離れたところにそれはいた。


 この田舎の村には似合わない派手なワンピースを身に纏い、小首を傾げニコッと笑みを浮かべ、いや薄く目を開きながら笑みを浮かべた少女。目鼻立ちの整った顔、薄いピンク色の唇に肩まで伸びた唐紅の美しい髪。身長はレヴィとほとんど変わらない。そして本人には言えないが驚異的な豊満な胸。間違いなく誰もが口を揃えて彼女を美少女と呼ぶのだろう。

 しかし、そんな美少女も今はこめかみに皺を寄せている。


「やっ……ば……」


「何が、やばいのかしら?」


 少女が一歩踏み出す。その足取りは軽いながらも今にも大地を砕きそうなオーラを纏っていた。


「あぁ、いたのかいアリス」


 アリス・エーデルフォンス。この村の領主の一人娘にして、目の前にいる猛獣の名だ。


「ええいたわよフェルト。貴方達が話している間、ずうっとね。それで? そこにいるのはどこの盗人かしら?」


 気がつかなかった。いや気づくべきだった。フェルトに説教をするまでもなく、ここを離れるべきだった。そのせいで村の警備を超える1番厄介なやつに出くわした。


「あ、あらぁ〜。これはこれはアリス様ではありませんかぁ〜。ご機嫌よう〜。今日もいいお天気ですねぇ〜。あらやだ!私ったら用事を思い出しちゃって。ごめんなさいねぇ〜、これにて私は失礼……」


「逃がさないわよ!」


 アリスの横を横切った瞬間、ものすごい勢いで後ろに引っ張られる。


「ぐわぁっ。ちょ、ちょっと……アリスさん! 入ってる! これ、入ってるから!」


 視界がぼやけ、意識が飛びそうになる程襟が首に食い込み呼吸が困難になる。


「あんたが逃げるのが悪いんでしょ」


 アリスが手を離すとそのまま勢いよく地面に顔を打った。鼻血は出なかったものの口の中が切れてしまい、口の中に生臭さが充満する。


「いってぇ……」


「あら、その程度で済んだのならよかったじゃない。鼻が折れてもおかしくないのに」


「そういう問題じゃねぇよ! 一体どう育ったらそんな怪力……」


 ずんっ! 大きな音を立ててレヴィの目の前の大地にひびが入る。


「何、かしら?」


 怒りのオーラを纏った少女のまるで獰猛な獣のようだった。


「さ、さーせん……」


「申し訳ございません、でしょ?」


「も! 申し訳ございません!!」


 昔からそうだ。彼女は怖い。容姿は完璧。可憐と優美を併せ持った正真正銘の美少女だ。この村ではなく、もしもこの国の王都に行けば忽ち多くの男性に声をかけられるだろう。そのくらいは自分にもわかる。


 でも彼女の本質はその凶暴性だ。フェルトや他の村の人間には一切手をあげない。まぁフェルトに関して言えばアリスの気に触るようなことをしないからだろうが、それにしても自分に対する態度はひどいにも程がある。


 フェルトが以前、


『アリスなりの愛情表現だよ』


などと真剣な顔つきで言った時には本気で耳を疑った。愛情表現? 自分はそれがどういうものなのかよくわからないが、そうではないことは間違いない。


 愛情の裏返しで暴力を振るのならばそれは天災に他にない。いい迷惑だし、正直アリスが自分に好意を寄せる理由もない。


 この村に来てから8年が経つ。今の今まで自分とアリスの間にそういう浮いた話は一度も出たことがない。今も昔も自分の前ではありえないほど凶暴になる。


 彼女の両親は控えめに言っても素晴らしい人格者だ。こんな得体の知れない人間を村に受け入れ、あまつさえ友好的に接してくれている。その事には本当に感謝している。だが娘の教育がなっていない。一体どれだけ甘やかせばあんな風に育つのだろうか。


「はぁ……」


 深いため息をつく。


「どうしたのよ」


「いいや。どんなに偉い人間でも欠点はあるもんだなって」


「何よそれ。それって私のこと?」


「あっははは。俺は今まで一度もお前を偉いなんて思ったことなんていたたたたたたたたたっ!」


 アリスに思い切り耳を引っ張られる。


「へぇ。私のことそんな風に思っていたんだぁ。ごめんなさいね。あんたを見てると無性にイライラするのよ」


「ぎ……ギブギブギブ! ギブアップ! とれる! マジで耳とれる!」


 涙を浮かべアリスに懇願する姿はなんとも情けないものだった。アリスもアリスで飽きたのか物を放るようにレヴィの耳から手を離した。


「痛ったぁ……。大体なんでお前がここにいるんだよ……」


「それは、村の隅で黒いものが蠢いていたら様子を見に来るでしょ」


「黒くて蠢くって。もっとマシな表現ないのかよ……」


「事実じゃない。この村に黒髪の人間なんてあんただけなんだもの」


 アリスにしろフェルトにしろ、この村の人間には黒髪の人間は存在しない。茶髪がほとんどだ。アリス、そしてフェルトは共に母親が村の外から来た人間だ。そのため彼女らと同じ髪をした人間は少なくともう1人いる事になる。


 対して自分はこの村にたった1人の黒髪。というかこの大陸で唯一なのではないだろうか。黒髪というのはこの村のある大陸を北とすると南東にある大陸固有の特徴だからだ。


 自分がこの村に来たのは深い理由がある。まぁこの村である必要はなかったのだが、それは縁というやつだ。


「まったく。それで、レヴィはまた森に行ってたの?」


「ん? あぁ、そうだけど?」


「そうだけどって、あんたそれがどれだけ危険なことかわかってるの? 今でこそ無事かもしれないけれど、いつ死んでもおかしくない状況なのよ?」


「んな、わかってるって。それに今になった話じゃないだろ? 俺は大丈夫だって」


「わかってないから言ってるのよ!」


 あぁ、またこれだ。アリスの癇癪。自分の気に入らないことがあればすぐに怒鳴る。長年の付き合いではあるがどうもこれには慣れない。というか別に彼女に何か危害を与えているわけではないのに、この態度は流石に納得がいかない。


「ったく。うるさいな。大丈夫なものは大丈夫なんだよ。大体俺がどうなろうとお前には関係ないだろ」


「っ! このっ!」


 怒りのあまり右手が上がったアリスを止めようと2人の間にフェルトが割り込む。


「ま、まぁまぁ。2人とも落ち着いて! アリスもほらレヴィは大丈夫なんだし、ね! ね!」


「っ! どきなさいフェルト! これはあいつと私の問題なのよ!」


「いや! アリスの言い分もあるだろうけれど、レヴィにもレヴィの言い分があるからさ」


 アリスに対して苦笑いを浮かべるフェルト。そして自分の方に振り返ると、


「レヴィもだぞ? 君ももっと言い方ってものを考えた方がいい」


 フェルトは口調は穏やかながらも、真剣な顔つきでレヴィを見つめていた。


「……はぁ。悪かった、悪かったよ! だからそんな顔するなって」


「わかればいいんだ」


 フェルトは非常に穏やかな青年だ。同い歳だとは思えないほど落ち着いている。自分のように野山を駆け回るなんてことはしないし、アリスのように血気盛んでもない。常に周りに気を遣い、その場その場で最も正しい選択をしようとする。


 そのフェルトにあんな顔をされてしまっては逆らう気もなくなってしまう。


「でもアリス。俺は本当に大丈夫だから。絶対お前が心配するような事にはならないし、ならないように気をつけている。だからこの8年間、俺が森で怪我なんて一度もしてこなかっただろ?」


「そうだけど……。でも万が一のことがあったらいけないじゃない」


 アリスは何故か急にもじもじとし始めた。その様子に妙な違和感を感じながらも、


「万が一なんてことも起こらないさ。……少なくとも俺があの森に行ける間は」


「え? それってどういう?」


「んや。大したことじゃないんだ。人間、年老いれば動くのも億劫になるだろ? そういうことさ」


 レヴィは立ち上がる。


「まぁ俺もお前に心配かけないよう気をつけるさ。

さて、こんなところで話をしてると余計怪しまれる。実は昨日パイを焼いたんだ。温めればそれなりに美味しいと思うけど、食べに来るか?」


「本当かい?! どういうわけか君の料理だけは信用ができる! 早く行こう! 今すぐ行こう!」


「……ちっとも嬉しくねぇ」


 レヴィは足早になるフェルトを追いかける。しかしアリスだけはその場に佇みレヴィの背を見つめていた。


「ん? どうしたアリス。昼飯を食い過ぎてお腹いっぱいなのかー?」


「っ! そんなわけないでしょ! 少し疲れて眠いだけよ!」


 アリスは追いつきざまレヴィの背中を思い切り叩く。


「痛った!」


「うるさいわね。早く行くわよ!」


「お前が1番遅れていたんだろ……」


 打って変わって先頭に立ち足早になるアリス。レヴィの家に着くまでアリスが後ろを振り向くことはなかった。


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