結局、王太子認定争奪戦を勝ち抜いたのは誰でしょう?
適当な西欧イメージ設定で書いていますので、そのおつもりで読んで頂けると助かります。
敬語丁寧語に誤りがあったらすみません。
「審査結果の発表をします。
…………………………そして一位はメリッツ=マンスフィールド嬢、ウォルス王子殿下のペアです。お二人にはそれぞれ100ポイントずつ加算されます!」
ダンス競技会の司会者が競技の成績を発表した瞬間、ウォルス王子は飛び上がり、その後やったぜ!と、王子らしくないガッツポーズをした。そしてダンスペアの相手のメリッツではなく、別の令嬢を呼び寄せて彼女の細い腰に手を回して一緒に壇上に上がってこう叫んだ。
「今年最後の競技会において優秀したぞ! 三人の中で唯一私のポイント総合点が一万点を越えた。これで俺が王太子に決定だ」
ダンス競技会の会場である王立学園内のホールには拍手の嵐が沸き起こった。しかし、次に続いたウォルス王子の言葉に、ホール内のボルテージは一気に下がった。
「私はめでたいこの場で、未来の王太子妃を紹介しよう。
それはここに居るドルトン子爵令嬢のリリナだ」
……なんで婚約者がいるのに、突然別の令嬢と結婚宣言をするんだ?……
その場にいる大概の生徒達は思った。ウォルス王子には婚約者がいるからだ。そう。ダンスのペアの相手であるマンスフィールド伯爵家のメリッツ嬢。
王立学園に十二歳で入学して以来、側近候補のアンダーソン公爵家令息のリオシーズと共に、ずっとウォルス王子の側に居て補佐してきた健気なご令嬢だ。
……この一年に渡る王太子認定争奪戦を勝ち抜けたのも、メリッツ嬢のおかげだろう。リリナ嬢なんて、殿下の側でただ阿呆面して笑っていただけだろう。確かに、王子にとっちゃ癒やしにはなったかもしれないが、そんなもんで勝てた訳じゃないだろう!……
案の定、側近候補のリオシーズが顔を真っ赤にして、頭に湯気を出して怒っている。普段は冷静沈着、鉄仮面なのに!
そしてこの婚約破棄劇場はこれで終わらなかった。
第二王子サミュエルまで壇上に上がってこう叫んだのだ。
「負けた。ずっと接戦だったのに最後のダンスで負けた。でもこれはパートナーの出来が違うんだから仕方ない。敗因は婚約者のせいだ。よって、カサブランカ=マルサス。お前との婚約をこの場で破棄する! 隣国から婿入りの話があって、そちらの話を進める事にする。ウォルスの家臣になるなんて絶対に嫌だからな!」
「「「えっ???」」」
ホール内が再びシーンとなった。
……酷い。タイミングがずれたのも、バランスを崩したのも自分の方じゃないか。練習を怠けていた癖にカサブランカ嬢一人のせいにするなんて!……
「ウォルス殿下、サミュエル殿下、こんなところで何を言っているんですか! 公共の場の私的使用は減点です! しかも、陛下がお決めになった婚約を勝手に解消するだなんて、単なる減点じゃすみませんよ。
その上、マンスフィールド伯爵家、マルサス辺境伯家への侮辱行為で慰謝料ものだ!」
リオシーズが苛つく時に見せる癖である、黒縁眼鏡を片手で掴んでカシャカシャさせながら叫んだ。
「えーっ、そうなの? じゃあ今のは無しってことで……」
「今更何言っているんですか! もう遅いです。第一、メリッツ嬢やカサブランカ嬢の気持ちを考えないのですか!」
すると、第二王子の側近候補のロビン=シェーラも呆れて物も言えないという顔でこう呟いた。
「サミュエル殿下、何故貴方までそんな阿呆な真似をしたんですか? 何もしなければウォルス殿下が自滅して下さって、逆転出来たかもしれないのに」
「えっ?」
二人の王子の間の抜けた顔を見て、生徒や教師達は皆思った。この国本当に大丈夫なのかと。そしてそう思った者は他にもいた。ホールの陰からそっと覗いていた王族達だった。
……………………………………………………
この国の王位継承は実力主義。年齢も男女の差も、生みの母親の地位も関係がない。
ただし、王位継承者はそれを望む王子王女の年齢の最年長の者が最高学年の年に決定される。故にやはり年上の者が優位だが、それは当然だろう。年下の者が上に立とうとするのなら、それだけ優秀でなければ国を治める事は出来ないのだから。
現国王には正妃と二人の側妃との間に六人の子供がいる。王子が四人と王女が二人。
第一子の王女は早々に離脱宣言をしていたので、今回の王位継承争いに名乗りを上げたのは第一から第三までの王子が三人。
第四王子と第二王女はまだ幼く、王立学園に入学さえしていなかったので、挑戦する資格がなかった。
有力視されていたのはやはり上の二人。兄弟といっても三か月しか違わないのだから普通に同級生なのだ。
それに比べて第三王子は二歳下なので、いくら兄達より優秀とはいえ、ポイントを稼ぐのは難しいと周りから思われていた。そして結果はその通りだった。
学園の生徒や教師、そして城内の者達のほとんどがこう思っていた。ああ、第三王子殿下がもっと早くに生まれていたら良かったのにと。
それでも唯一救いだったのは、第一と第二王子の婚約者と側近候補者達が非常に優秀だった事だ。どちらが王太子になっても、周りが優秀ならばなんとかなるかも…と。
リオシーズ=アンダーソン公爵家令息は、学園一の優等生で生徒会長だ。その上王子達の従兄弟でもある。黒髪に濃紺色の瞳をした眉目秀麗、黒縁眼鏡が似合うと評判のクールガイ。
何故そんな彼が第一王子の側近候補になったのかと言えば、三人の王子の中で一番出来が悪そうだったので、正妃である彼の母親が半ば無理矢理にごり押ししたのである。彼女は名門侯爵家出身で、三人の妃殿下の中で一番力があったのだ。
そして第一王子の婚約者のメリッツ=マンスフィールド伯爵家令嬢も同様である。幼い頃から才女と評判だった上に、ブルネットの髪に新緑色の瞳を持つ美少女だった。しかも宰相の娘である。
第二王子の側近候補のロビン=シェーラは伯爵家の次男で、こちらは少々地味だが銀縁眼鏡の似合う金髪碧眼、目鼻立ちの整ったナイスガイで、やはり成績上位者だ。
そして先ほど人前で蔑まれたカサブランカ=マルサスは辺境伯の令嬢。こちらもメリッツ同様成績優秀で、音楽や絵画などの芸術にも優れた、鮮やかな赤い髪に茶色の瞳をした美少女だ。
今年の最終学年の(王子二人を除く)生徒達は、稀に見る当たり年と言われている。その中でも特にこの四人は、才子佳人だという高い評価を得ていて、将来はこの国を支えていくのだろうと思われていた。
しかし、どう考えてもこの状況では、彼らがこのまま王子達を支えていくのは無理だろうと、皆は絶望的な気持ちになった。
案の定、今まで黙っていたメリッツ嬢がカサブランカ嬢の背中を擦りながら、壇上の上に立っているウォルス王子に大きな澄んだ声でこう尋ねた。
「ウォルス様、先程お隣にいるリリナ様を将来の王太子妃にするとおっしゃいましたが、それは私との婚約を解消するという意味ですか?」
「えっ? まあ、そ、そうだな。でも心配するな。お前を捨てるわけじゃない。側妃に迎えてやるから」
……えーっ! 最低! クズ!……
周辺がざわついた。しかしメリッツは毅然とした態度で言った。
「私の事は心配して頂かなくても結構です。婚約破棄を確かに承りました。そしてもちろん、側室の件はお断りします。もうこれ以上殿下のお世話をするのはうんざりですから」
「なっ!」
「さぁ、行きましょう、ランカ!」
メリッツはカサブランカを促して、サロンから退出して行った。そしてその後をリオシーズやロビン、残りの側近候補達が追って行った。
……これからどうなるの?……
残された生徒達がざわついている中、その後始末をしたのは、第一王女のメラニアと第三王子のシャルドナンだった。ウォルスとサミュエル兄弟王子は状況の判断が出来ずに、ただポカンとしているだけだった。
…………………………………………………………
メリッツ達はサロンを出ると、皆生徒会室へと向かった。第一王子と第二王子のブレイン八人は全員生徒会の役員だった。
この一年、あらゆる学園の競技会で王太子認定争奪戦を繰り広げてきたライバル同士だったが、彼ら自身が敵対していたわけではない。
むしろ同病相哀れむという関係だった。それはそうだろう。あんな馬鹿王子達の面倒見を幼い頃からずっとさせられてきたのだから。
彼らはこの学園の入学前に受けたテストで、上位の成績を取ってしまった不幸な仲間達だった。もし、そのテストが王子達の婚約者や側近を選ぶ為のものだと知っていたら、絶対に手を抜いていたのに……。
彼らは皆家柄もよく、父親も皆国の重要なポストに就いていたので、幼少の頃からすでに交流があった。故にあの馬鹿王子達の事はよく知っていて、絶対に関わりたくないと思っていたのだ。それなのに……。
昨年の時点では、王太子認定決定戦がこうも苛烈になるとは誰も思ってはいなかった。何故なら本命だと思われていた第一王女メラニアが、兄弟の中ではずば抜けて優秀だったからだ。いくらあの愚かな兄弟達でも、姉(同級生だが)に勝てると思ってはいなかっただろうから。
ところが、一年前、メラニアは王位継承権を放棄すると宣言したのだ。隣国の王太子からプロポーズされたからだ。半ばあきらめていた初恋の相手からの申し込みを彼女が断るわけがなかった。友人でもある彼らはそれを祝福しながらも、胸中は複雑だった。特にメリッツとカサブランカは。
彼女達にも想い焦がれる相手がいたからである。王子達との婚約を無理矢理に結ばれる以前から。
彼女達が誰にも秘密にしていた想いを互いに打ち明けたのは、例の王子達三人による王太子認定争奪戦が始まった頃だった。
お妃教育の帰りに二人が宮殿の長い廊下を歩いていた時、カサブランカが声を出さずに涙を流したのだ。メリッツはそれに気付いて、さっとハンカチで彼女の顔を拭い、耳元でこう囁いた。
「これから我が家にいらして。二人で大事なお話をしましょう」
カサブランカは驚いたようにメリッツを見た。
カサブランカはメリッツの部屋で蜂蜜入りのホットミルクを飲みながら、ポツリポツリと自分の想いを語った。
辺境伯の娘である彼女には辺境騎士団長の息子という想い人がいた。二つ年上の幼馴染みで、大人になったら結婚しようと約束していて、お互いの親同士もそれを認めていて、いずれ婚約する事になっていた。それなのに、王立学園の入学と共に王家から第二王子との婚約を申し込まれ、それを断れなかったのだ。
「彼にも色々結婚話が持ち込まれていて、そろそろ断れなくなってきたって。もう二十歳だものね。当たり前よね。
私、もう無理。好きな人のための努力ならいくらでも出来るけれど、あんな人のために尽くして、その上こんな厳しいお妃教育までさせられるなんて、もう耐えられない。私達ではなくてあの人達の方がもっと学ぶべきなんじゃないの?」
それはカサブランカが初めて洩らした弱音だった。彼女は控え目で静かな少女だったが、辺境伯の娘としてしっかりと教育をされていたので、芯のしっかりとした令嬢で、これまで人前では弱音を吐かなかったのだ。
ただ、メリッツだけは自分と同じ立場だという思いがあったのか、共感してもらえると無意識のまま口にしたのだろう。
傍目から見れば王太子妃を争う最大のライバルだろうが、彼女達がどちらも王子達とは結婚したくないと思っているのは明白だったので。
しかしメリッツは彼女に共感していなかった。というより、カサブランカとの付き合いが長くなるにつれて、彼女に対して次第に申し訳なさが募っていた。何故ならメリッツは彼女とは事情が多少異なっていたからである。
六年前、両親と共に王宮に呼ばれたメリッツは、そこで第一王子ウォルスとの婚約話を打診されたが、彼女はそれを拒否したのだ。両陛下の前で。両親は大慌てだったが、メリッツは頑固に首を横に振り続けた。
まだ十二歳だったこの少女が何故それほどまでに強気で拒否したのかと言えば、彼女は出かける直前に、乳母のリラという女性にこう言われたからである。
「尽くす価値のない者にいくら尽くしても無駄です。価値がない相手だと判断したら、絶対に拒否しないと一生不幸になりますよ」
多分リラは何故メリッツが王宮に呼ばれたのかを察していたのだろう。そしてリラはメリッツが王宮の催しに招待された時はいつも付き添ってくれていたので、王子達の事もよく把握していたのだ。
「君は宰相という君の父親の立場を考えられないほど愚かなのかね?」
国王陛下の言葉にメリッツは頷いた。自分は愚か者ですから王子様には相応しくないと。それに娘が結婚を拒否したら罷免になるような無能な宰相ならば、国の為にさっさとすり替えた方がいいと。
激しい怒りを表した父親に代わって母親から頬を叩かれても、メリッツは平然としていた。そしてこう言い放ったのだ。
「ウォルス殿下と結婚するくらいなら死んだ方がましです。牢に入れるなり修道院へ送るなり、市井に放り出すなり好きにして下さい」
と。十二歳の子供にここまで言われた大人達は呆然となった。
「それ程までに息子が嫌いなのかね?」
国王は恐る恐るこう尋ねた。
「反対にお尋ねします。どこに好きになる要素があるのですか? 乱暴で下品で、我儘で、怠け者。確かに見目は良いかもしれませんが、私の好みじゃありません」
「「「・・・・・・・・」」」
「君は類稀な少女だ。やはり息子を頼めるのは君しかいない。息子をどうにかまっとうな王子にしてくれ」
「お断りします。それは王家の責任でしょう。まだ十二歳の私にそんな事を頼むなんておかしいです」
「わかっておる。しかし、学園内の事はどうしても親では目が行き届かない。せめて学生時代だけでいいので、形だけでいいから婚約者になって欲しい」
「卒業したら婚約を解消して下さるという事でしょうか?」
「もちろんだ」
「でも、十八になって解消されても、私には次のお相手を見つけられません。私に独り身で暮らせというのですか? それとも年の離れた方の後妻にでもなれと? 冗談じゃありません。何故私がそんな目にあわないといけないのでしょうか。なんの得もないのに、ウォルス様の面倒なんてみられません」
…………本当に十二歳なのか?…………
「もちろん君に意中の人が出来れば、おおっぴらには出来ないが、君が縁を結べるように王家から話をつけよう」
「それを書面で確約して頂けるのですか? そもそも二重婚約なんて出来るんですか?」
…………本当に十二歳?…………
「書面にする。そしてウォルスとの婚約は表面上の事で仮とする」
結局王家は十二歳の少女に負けてしまった。しかし心の中ではこう思っていた。
「確かに今は息子を嫌っているかもしれないが、成長して息子がもっと頼りがいのある立派な王族となれば、彼女も正式な婚約を望むに違いない」
と。しかし結局、二人の間には恋愛感情どころか親愛の情さえ生まれなかったが。
形だけの婚約を受け入れた後、メリッツは王族のある人物から声をかけられた。それは気丈に振る舞いながらも、言葉に出来ない不安に怯えていた彼女に、一縷の希望を与えてくれるものだった。
そう。その望みがあったからこそ、メリッツは前向きに努力を重ねられたのである。
しかし、カサブランカにはそんな希望は持てなかったのだ。彼女は第二王子と正式な婚約をしてしまっていたのだから。
「ランカ、やっぱり貴女にも好きな人がいたのね。もっと早く知っていたら二人で恋の話が出来たのに残念だったわ」
「えっ? メリッツにもいるの?」
「私にもいるわよ、好きな人くらい。そんなに意外だった?」
メリッツはクスクスと笑った。そう思われていても仕方ないと自分でも思った。ひたすらウォルスの好みの反対の女性を演じ続けていたのだから。可愛げのない、愛想のない、冷めた女性を。
「誰? 私の知っている人?」
「ごめん、まだ秘密! その人に迷惑をかけると困るから。でも、アイツと縁が切れたらランカには一番に教えるわ」
「約束よ」
「ええ。ランカ、辛いだろうけど、卒業まで後一年よ。もう少しだけ二人で頑張りましょう。アレと婚約破棄出来るように私も出来るだけ協力するから」
「メリッツ、段々辛辣になってるわよ。アイツにアレ……」
「だって名前も言いたくないんだもの」
「私もそうだけど。じゃあこれから陰ではそう呼びましょう。誰の事だかわからなければ不敬罪にもならないし」
二人はそう言って無理して笑いながら、手を握り合い、後一年頑張ろうと誓ったのだった。
そしてその翌日、メリッツは辺境騎士団にいるというカサブランカの想い人に手紙を書いた。
彼女が今とてと辛い状況に置かれていること。それでも必死に頑張っていること。幼馴染みをただひたすら思っていること。
そして最後にこう綴った。
私は絶対に親友を不幸にはしたくない。だから信じてはもらえないかもしれないけれど、なんとか手立てを考えます。ですから後一年だけ、彼女を待っていて欲しいと。
そして半月後に返信があった。
……貴女のような友人を持てて彼女は幸せです。一年だけ待ちます。ですがそれ以上はもう待てません。お互いに新しい道を模索すべきだと思います。その際はどうか彼女を支えてもらえませんか……と。
そして、今日、カサブランカはサミュエル王子から婚約を破棄をされた。多分彼はすぐに後悔してよりを戻そうとしてくるだろう。今までも自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起こしては、まるで伝家の宝刀を抜くかのように偉そうにそう言っていたのだから。
しかしそんなにしょっちゅう抜いていたら意味がない。しかも、カサブランカから自分は好かれていると勘違いしているのだから呆れて物が言えない。
今回ばかりは今までのように撤回が出来ない事を間もなく悟るだろう。あんな衆人環視の中で婚約者を誹謗中傷したのだから。
……………………………………………………
「くだらない対決がようやく終わったな」
生徒会室でリオシーズがため息混じりに呟いた。
「全くだよ。俺達の貴重な時間を返して欲しいよね」
ロビンもぼやいた。
「こんな非生産的な事やらされて本当に腹が立つ」
「私達のせいでこの一年大変な思いをさせてしまって、皆さん本当にごめんなさい」
メリッツとカサブランカが立ち上がって頭を下げた。すると二人は慌てて弁解した。君達のせいじゃないと。それに自分達もポイントを稼げたのは事実だからと。
このポイント制度は当然王太子認定争奪戦のためだけに活用されるわけではない。生徒それぞれの家の家督を決める際にも有効だし、就職や縁談にも使われるのだ。
生徒会役員の多くが国の役人希望だが、恐らくは全員叶うだろう。
それにリオシーズは内心ホッとしていたのだ。メリッツが婚約破棄された事に。彼女はリオシーズの幼馴染みであり、初恋の人であり、今でも想い人なのだから。
「でもとにかく良かったわ。二人が婚約破棄されて。まさかこんなに予想通り上手くいくとは思わなかったけど」
「確かに。だけど王子達にはあきれるよね。この六年間散々彼女達には世話になっていたのにさ。恋愛感情がなくても、普通は友情くらいは育つもんだと思うが。結局彼らは僕達のことも友人だとは思っていないんだろうな」
「だろうな。側近どころかただの侍従か召使いだって考えているんじゃないのかな。将来あの二人のどちらかが即位したら、俺役人辞めると思うわ」
この生徒会役員の言葉に皆が頷いたが、メリッツは心の中でこう思った。
「大丈夫。この優秀な仲間達が辞めるような事には絶対にならないと思うわ」
と。
そしてその翌日、彼女が予想する通りになったのだ。
生徒会役員八人全員が王宮に呼ばれた。そして王太子認定争奪戦の結末というか最終結果を、国内に公報する前に彼らに知らされたのだった。
「学園の行事、つまり半ば公の場で一方的に婚約破棄するなど、王族としてあるまじき行為をした第一王子ウォルスと第二王子サミュエルを廃嫡し、再教育をしたのち臣下に降下させる事を決定した。
ウォルスとリリナ嬢との婚約は様子見とし、サミュエルへの隣国の婿入りの話はご遠慮させて頂いた。
この六年の間、二人を支えてくれた生徒会役員の方々には誠に申し訳なく思う」
「我々の力不足で、こちらこそ申し訳なく思っております」
「いや、君達は十二分に働いてくれた。これは本人達の資質の問題だ。出来れば引き続き新たに選ばれた王太子の側近として、君達には是非とも活躍して欲しいと思っている」
国王陛下の言葉に生徒会役員達は互いに顔を見合わせた。
「それでは第三王子のシャルドナン殿下が王太子にお決まりになったのですか?」
リオシーズが尋ねると、陛下と宰相が頭を横に振ったので、その場にいた者は皆頭を捻った。今回の王太子認定争奪戦に参戦したのは、王子三人だけだった筈なのだが……
「実はこの度の王太子認定争奪戦にはもう一人エントリーしていた者がいたんだ。というか、本人の知らぬ間に王の意向で勝手にエントリーされていたらしいのだが」
宰相もこの事実は知らされていなかったのだろう。こうぞんざいな言い方をすると、陛下の方に顔を向けて睨みつけた。
「「「えっ?」」」
「実は陛下には六人のお子様以外にも、もう一人お隠しになられていたお子様がいらっしゃったのです」
「「「えーっ!!!」」」
「しかもそれを公表しなかった理由は、侍女に手をつけられてお生まれになったお子様という理由ではなく、同じ年の子供が四人もいたら、さすがに恥ずかしいという、馬鹿馬鹿しい理由だったそうです。三人も四人も恥ずかしさに変わりはないと思うのですがね」
「「「・・・・・・・・・」」」
陛下の下半身事情など知りたくはなかった。そんな丸秘情報を聞いてしまって、自分達は無事なんだろうかと生徒達は思った。
「出来れば王妃様が産んだ第一第王子殿下、もしくは第二側妃様が産んだ第二王子殿下がもっとしっかりなさっていれば、何の問題もなかったのてますが…」
「あの二人は多くの人の助力助言を得ながら、それに感謝する事もなく、王子の立場に慢心して努力を怠った。そんな者達が人の上に立つ事はあり得ない。
そして、第三王子は上二人より優秀だ。故にシャルドナンを押す声が上がったのも事実だ。しかし、本来の第三王子であるべき息子がずば抜けて優秀で人望も厚い事から、やはり国の事を考えればその者を王太子とする事が最良だ、という考えに至った」
……ずば抜けて優秀?……
……人望がある?……
……まさか!……
「余の本来の四番目の子は、我が弟アンダーソン公爵の次男リオシーズだ。弟の三番目の子が亡くなったばかりだったので、リオシーズをその子の代わりに実子として引き取ってくれたのだ」
「・・・・・・・」
「すまん、リオシーズ。愚かで情けない父を許してくれ。そして虫のいい話だが、この国のため、王太子になってくれ、頼む!」
陛下は深々と、今までは自慢の甥だと語っていた実の息子に頭を下げたのだった。
そして生徒会のメンバーは、この真実を墓場まで持って行く羽目になり、深いため息をついたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王立学園の卒業式の終了後、第一と第二王子の廃嫡、そしてアンダーソン公爵の次男リオシーズが王太子に決定した事が発表された。
一瞬意表を突かれて驚いた生徒達だったが、公子であるリオシーズには元々王位継承権がある事は知られていたので、これもありかとすぐに納得した。そして、最適任者が王太子に選ばた事に大きな拍手が沸き起こった。
しかしその拍手の音に、
「ウォルス殿下が廃嫡? そしてリオシーズ様が王太子殿下? なんで、なんでよぉ〜」
と喚いたドルトン子爵令嬢のリリナの声はかき消されてしまったのだった。
……………………………………………………
卒業式の後のダンスパーティー会場で、メリッツとカサブランカがホールの隅で二人でコソコソと話し合っていた。
「ゴードン様は今日はお見えになれないの? 今、紛争はないと思うけれど、やはり騎士団にいるとそうそうお休みがとれないのかしら?」
「それは父の鶴の一声でどうにでもなったのだけれど、お天気ばかりはどうしようもなかったわ。間に合ってくるれるといいのだけれど。一曲でいいから一緒にダンスを踊りたいわ」
「一昨日まで春特有の長雨が降り続いていたものね。悪路を辺境の地からいらっしゃるのは大変よね」
昨日ようやく雨は上がったのだが、王都の道でさえまだぬかるんでいて、今日学園に来るだけでも馬車で進むのが大変だったのである。
「それでリオシーズ様の方はどうしたの?」
「いらっしゃるとは思うけど、とにかく今お忙しいから」
メリッツは両眉を下げて、やれやれという顔をして苦笑いをした。
「それはそうでしょうね。いきなりの展開だったものね。
でも、メリッツとリオシーズ様が本当の婚約者同士だったなんて想像もつかなかったわ。ただ単に駄目なアイツを支え合う同志!って感じだったのによく隠してこられたわね」
心底感心したという顔でカサブランカは言った。
「約束通りに貴女に一番最初に教えたのだから、その話はもうそろそろ許してもらえない? 結婚の約束をしたといっても、子供同士が勝手にしただけの話なのよ。ランカ達だってそうでしょう?
それにリオシーズ様には、私とアイツが仮の婚約者同士だって知らせていなかったんだから」
「でも、リオシーズ様には婚約者がいなかったじゃない。おかしいとは思っていたのよ。リオシーズ様、学園一もてていたし、婿入り希望者が殺到していたじゃない。それなのに誰にもなびかないから。それはお互いにいずれこうなるってわかっていたからじゃないの?」
カサブランカがそう思うのは当然だが、本当にそうではなかった。もし、リオシーズときちんと約束が出来ていれば、メリッツはこんなに辛い思いをする事はなかったのだから。
しかし、真面目なリオシーズが真実を知っていたら、きっともっと苦しんだ筈だ。彼は誠実な人間だ。想い合う好きな女性に素知らぬ振りをする事も、従兄弟(実は兄弟だったが…)を裏切る真似も出来なかっただろう。
正妃様は仮婚約の仮が取れる事を本気で望んでいて、そのジワジワと押してくる圧力に、メリッツがどんなに怯えて恐れおののいていたかを知っていたのは、たった二人だ。
しかし正妃様の願いは結局息子には届かず、ウォルスにとってメリッツはいつまで経っても、ただの口うるさい家庭教師兼侍女でしかなかった。
王太子認定争奪戦が始まってからは彼女の重要度が上がったとは言え、それは婚約者や恋人としてではなく、彼にとっては単なる冒険者のパーティーメンバーのようなものだった。しかも彼はそのメンバーであるメリッツに感謝も尊敬の念も抱かなかった。
せめて友人、もしくは幼馴染みとしての情さえ示してくれていたら、メリッツはウォルスと穏便に婚約解消が出来るように話を進められたかもしれない。しかし、結局彼は自滅した。全生徒の前で彼女を晒し者にしたのだ。
六年間彼女を支えたものは、メリッツが精一杯抵抗して仮婚約に持ち込んだ後、アンダーソン公爵がかけてくれた言葉だった。
「君が学園を卒業するまで、リオシーズは誰とも婚約させたりしないよ」
こう囁かれた一言のおかげで、どうにか心を保てたのである。
そして、あとはメリッツに寄り添い励ましてくれていた乳母リラの存在だった。
「リオシーズ様が本当は陛下のお子様だと、貴女はいつ知ったの?」
「一年前よ。メラニア様にお聞きしたの」
「メラニア様?」
「ええ、メラニア様も去年偶然その秘密をお知りになったんですって。
なんでも水面下ではメラニア様を女王にして、従兄弟であるリオシーズ様を王配にしようという声が上がっていたらしいの」
「まあ、それって許されない事よね。でも二人の関係性を知らなかったら、妥当というかナイスアイデアよね。あの二人が国王になるより、遥かにいい事だもの」
「ええ。実際メラニア様も相手がリオシーズ様なら女王になるのも吝かではないと思ったらしいの。国の事を考えれば自分の恋は諦めるしかないって」
「というと、ただ恋に盲目になって無責任に王位継承権を棄てたわけではなかったのね?」
「ええ、そうみたい。
第一第二王子には任せられないとは思ってはいらしたみたい。でも、陛下が一人だけ大反対されていたのを不審に思って、陛下に強引に訳を聞き出したそうよ。そうしたら、二人は姉弟だから結婚させられないって言われたんですって。それでさすがに王女様も切れられたそうよ」
「同じ年の姉弟が四人。しかも侍女に無理矢理手をつけて、それを公表もせずに弟に無理矢理押し付けただなんて知ったら、それは怒るわよね」
「そう。でもその後冷静になってからこう考えたんですって。それなら優秀なリオシーズ様を王位に就ければいいじゃないかって。そう思い至った結果王位継承権を放棄されたらしいわ。自分がリタイアしたらどうせあの二人では無理だと皆が思うだろうから、いずれリオシーズ様へ継承権が行くだろうって」
「まあ。でも何故メラニア様はそれをメリッツにお話したの? 極秘の中の極秘話でしょ、それ」
「メラニア様はリオシーズ様の事を知って、叔父であるアンダーソン公爵様にご相談したんですって。その時私とリオシーズ様の事を聞いたみたい」
「まあ!」
メリッツはあの頃、カサブランカと同様に身も心もすっかり疲れ切っていた。毎日毎日自分の勉強にウォルスの世話、その上全く無駄なお妃教育までさせられて、何もかも嫌になっていた。
そんな時メリッツは、同級生で友人でもあったメラニア王女に王室のこの秘密を聞かされたのである。しかもメリッツとリオシーズが互いに思い合っていることも知った王女にこう言われたのだ。
「この国の為を思うなら、リオシーズ様に国王になって頂くしかないわ。そして貴女にはリオシーズ様を支えてもらいたいの。だって貴女なら優秀だし、お妃教育も受けているのだから、今までの貴女の努力を無駄にしなくて済むでしょ。そもそもあなたがた二人は真の婚約者同士なんだし、当然の成り行きでしょ。この国の憂いが減れば、私も安心して隣国へ嫁げるわ」
その話を聞いてから、メリッツはリオシーズが王太子になる場合を念頭に入れて精進を続けてきた。
しかしだからと言って、彼女は決してアイツとアレを蹴落としたり、罠に嵌めようとしていたわけではない。彼らが王太子として相応しくなるように努力さえしてくれたら、別にそれはそれで良かったのだから。
メリッツの望みは、ただ卒業した後でリオシーズの役に立てる人間になりたかっただけなので……。
ダンスパーティーが始まって、曲が三つほど終わった頃、会場がざわついた。ホールに眉目秀麗な美丈夫が二人登場したからである。
一人は騎士だとはっきりわかる背が高くてがっしりした見事な体躯をした青年で、茶髪を短く切り揃え、茶色の切れ長の瞳をしていた。
そしてもう一人は先の人物よりは少し背が低く細身だが、まるで絵画に描かれそうな整った顔をした、上品な佇まいの黒髪で濃紺の瞳の美青年。
二人は並んだまま真っ直ぐに、ホールの隅に立っていた二人の美しい令嬢の元へ向かった。すると彼女達は眩いばかりの笑顔を見せて、揃って素晴らしいカーテシーをした。
「遅くなってすみませんでした」
「いいえ、遠い所を態々(わざわざ)いらして下さってありがとうございます。ご無事にお着きになられて良かったわ」
辺境騎士団の騎士ゴードンは、カサブランカの手を取ってホールの中央に向かったが、その途中で後ろを振り返ってメリッツに言った。
「メリッツ嬢、いつぞやは手紙をありがとうごさいました。貴女のおかげで今日の日を迎えられました。貴女の友情は決して忘れません」
「何? どういう事?」
「後で教えるよ。さあ、踊ろう。君とこうして人前で踊れるなんて夢のようだよ」
親友の幸せな様子を微笑みながら見つめていたメリッツも、リオシーズに促されてホールの中央へと進むと、彼とダンスを踊り始めた。
さぼってばかりいたウォルスの代理をしてくれていたリオシーズとは息がピッタリと合っていたので、周りの注目を浴びた。
「誰? メリッツ嬢のお相手は。凄く素敵な方ね。卒業生じゃないわよね」
「うふっ。眼鏡外しただけで、みんな貴方の事がわからないわ。やったわ」
メリッツは得意気に笑った。リオシーズは苦笑いをした。
「メリッツは僕の素顔を隠したかったから、僕に伊達メガネをかけさせたの?」
「そうよ。だって、貴方って優秀過ぎて学園一の人気者だったのよ。その上素顔を見せたら、他の女性に奪われてしまうじゃないの! だから貴方にはできるだけ黒子に徹してもらいたかったのよ」
独占欲丸出しのメリッツの告白に、いつもクールで無表情なリオシーズが頬をパッと赤らめた。そして嬉しそうに恋人の顔を見つめた。
そんなリオシーズを見た周りの女性達がまたざわついた。
「でも、もういいのかい? 僕が表舞台に出ても」
「ええ、もちろん。だって私、これからは貴方が好きだと公言出来るんですもの。全力で貴方をガードするわ。貴方には絶対に虫一匹寄せ付けない!」
メリッツは太陽のように笑って、自信たっぷりにそう言ったのだった。
メリッツがリオシーズに尋ねた。
「パーティーが終わったらどうするの? また王城へ行くの?」
「いや、さすがに今日はもう行かないよ」
「そう、では私を屋敷まで送って下さる?」
「もちろん、喜んで。お茶を呼ばれてもいいかな」
「ええ。今日は貴方のお母様が、貴方の好物を準備して待っていますもの。お誘いしないとがっかりされるわ。もちろんお顔には出されないと思うけど」
「君、あの人をお母様と呼んでいるのかい?」
「ええ、屋敷の中ではね。あの人なんて失礼よ。貴方を産んで下さった方じゃない。それにリラ様が助言してくれていなかったら、私は本当にアイツの婚約者になっているところだったのよ。感謝して!」
「もちろん感謝しているんだが、まだ照れくさくて。まさか、君の乳母だった彼女が僕の生みの母親だったなんて・・・確かに僕にも優しく接してはくれていたけれど」
「私も知った時は驚いたわ。でもよく見れば顔がそっくりよね。何故気が付かなかったのかしら…伊達メガネのせいかしら?」
メリッツは自分の乳母そっくりの、婚約者のその美しい濃紺色の瞳を見つめながら、再び優しく微笑んだのだった。
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✲メリッツの乳母であるリラ視点の短編
【とある侍女の人生最良の日】
もすぐに投稿しますので、こちらも読んで頂けると嬉しいです。
陛下は情けない駄目父の振りをしていますが、実はそんな事もない事がわかる、王宮の裏事情も描いています。
読んで下さってありがとうございます。