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第九章 咲き乱れる菊

 色とりどりの菊の花が咲くようになった頃。ピングォはこの日は仕事を休み、ゆったりと自室でくつろいでいた。

 外の日差しは厳しく暑いけれども、風の通る日陰に入ってしまえばそんなにつらいものでもない。部屋の窓を全て開け放って、長椅子に横たわってうたた寝をする。側ではジーイーが大きな団扇を持ち、ゆっくりと扇いで風を送っていた。

 ふと、ジーイーが手を止める。なにかと思ったピングォも瞼を開く。それから、ジーイーが視線を送る先を見ると、そこにある窓からコンが覗き込んでいた。

「ピングォ様、客人のようですが」

 こういった事には慣れているのか、溜息交じりにジーイーが言うと、ピングォは起き上がって長椅子に座り直す。

「ジーイーはお茶の用意をしてきなさい。

あと、コンは中に入って」

 ピングォの言葉にジーイーは一礼をしてから団扇を長椅子の側に置き、静かに部屋を出る。一方のコンは、窓からひらりと跳んで部屋の中へと入ってきた。その様子を見たピングォは、苦笑いをしながらコンに言う。

「今日は私が呼んだんだから、玄関から来れば良いのに」

「いやぁ、玄関から来たら絶対ジーイーと鉢合わせすると思ったんだよな。

結局したけど」

「なるほどね」

 コンとジーイーは、特に仲が悪いわけではないが良いわけでもないとふたりは言っているけれども、ピングォが見ている限りではジーイーはコンのことを少し不審に思っているようだし、コンもそのことを感じ取っているようだ。

 どうしたものかと思いながら、小さな卓を長椅子のところへと移動させ、予備の椅子をそこに付ける。

「そこに座って」

「どうもお言葉に甘えて」

 椅子にコンが座ったところで、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「入りなさい」

 その返事を聞いて入って来たのは、大きめの急須と、花が描かれた磁器の茶杯を乗せたお盆を持ったジーイーだ。彼は手早く卓の上に茶器を広げ、茶杯にお茶を注ぐと、一礼をしてすぐに去って行ってしまった。

「なーんだよあいつ。ゆっくりしていけば良いのに」

「私とあなただと、たまに他に聞かせられない話をするからね。それだと思ったんじゃない」

「なるほど」

 窓から入る爽やかな風を感じながら、熱いお茶を飲む。爽やかな若草色のお茶は渋味があって、暑さを払ってくれるようだ。

 数口お茶を飲んでから、コンがピングォに訊ねる。

「で、今回は何の用だい。また異国の本の翻訳か、それとも本当に他には聞かせられないことか」

 唇を嘗めてそういうコンに、ピングォはくすりと笑って返す。

「もうすぐ重陽だろう? その準備を頼もうと思ってさ」

「あ、もうそんな時期か」

 一瞬呆気にとられた顔をしてから、コンは笑顔を浮かべる。重陽の準備をコンに任せるのは今に始まったことではないのだけれども、コンはどうしてもその辺りの時期を見るのが苦手なようだった。

「頼みたいのは、菊華酒と花糕なんだけど」

 ピングォがそう言うと、コンが意地悪そうに笑う。

「それは良いけど、厨房から文句来ない?

部外者の俺がそんな用意任されて」

「甘味はコンの方が上手だって、厨房も認めてるよ」

「アッ、ハイ」

 厨房からも信頼を置かれていることを知ってか得意げなコンに、ピングォは立ち上がって声を掛ける。

「さて、菊華酒に使う菊を採りに行こうか」

 そう促されて、コンも茶杯に残っていたお茶を飲み干し立ち上がる。

「庭に植わってるんだよな? 籠借りていって良い?」

「あとで返してくれるなら構わないよ」

 話をしながら、ふたりは部屋を出る。途中厨房に寄って籠をひとつ借りてから、庭へと向かった。

 ピングォの屋敷は、内装も華やかだ。柱は朱で塗られ、有線七宝や掛け軸などの調度品も上品にまとめられていて、初めて来た人などは、思わず溜息をついてしまうほどだ。

 だけれども、この季節の屋敷の庭は、内装に勝るとも劣らなかった。

 広い庭に植えられた色とりどりの菊の花は、青く軋むような香りだけれども甘さもある。黄色い菊も、紫の菊も、赤い菊も、小振りだけれどもどれもうつくしく、庭を彩っていた。

 これからこの菊を摘むのだ。それはまるで甘い誘惑に乗って罪を犯すかのように、心を惹きつける行為に感じた。

 菊を摘みながら籠に入れていくコンに、そばで見ていたピングォが声を掛ける。

「あなたも黙ってれば花が似合うのに」

 それを聞いたコンは手を籠の中に入れ、菊の花を一輪取り出して髪に飾ってにやりと笑う。

「まあな」

 自分で言っておきながら、ピングォは迂闊なことを言ったと後悔をする。それほどまでに花で彩られたコンはうつくしいものの様に見えたのだ。

 慌てて視線をそらして別の話を出す。

「ところで、菊華酒につけ込む薬はまだあるかい?」

「ああ、ちょいちょい足りないのはあるけどこっちで調達出来るよ」

「そう? それじゃあ任せていい?」

「任せて大丈夫」

 そんな話をしている間にも菊の花を摘み終わり、またピングォの部屋へと戻る。菊華酒と花糕の報酬はどうするかという話をするためだ。

「さて、今年はどんな報酬が欲しい?

去年からあんまり値上げされても困るけど」

「ああ、それならいつも通り保存の利く食料がいいな。あとはまぁ、お金は添える程度で」

「わかった。そうしよう」

 話がまとまったところで、コンは籠を抱えて窓から出ていった。それを見たピングォは、帰りくらい玄関から出れば良いのになどと思ったのだった。

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