第七章 献上の茶葉
日差しが強くなりはじめたけれども吹く風は涼やかで爽やかな頃。各所で採れる新茶があちこちで取引されている。そんな沢山のお茶がピングォのところへと運び込まれ、試飲をするので忙しかった。
なぜ試飲をしているかというと、紅毛人に売る分を選ぼうというのではなく、皇帝に捧げるのに相応しいお茶を選ぶためだ。
採ってすぐに蒸され、揉まれた茶葉達は清々しい香りがする。どの産地のものも新茶は美味しいものだけれども、その中から皇帝に相応しい物となると、さらに舌の感覚を鋭敏にさせて選ばなくてはならない。ピングォも舌が肥えている方ではあるけれども、皇帝はそれ以上だ。決して期待外れな物を選ぶわけにはいかない。
口の中でお茶を転がして味わう。爽やかな香りと渋味が鼻を抜けていくもの、青い香りに甘い味が喉を通るもの、渋い香りと苦味に隠れて甘露のような味がある物、様々だ。
そして、ピングォが皇帝に捧げるのに相応しいと選んだのは、正山小種だ。この茶葉はこの国で最高級の物として有名で、その名声に違わない香りと味とのどごしを持っている。しかし、いつも正山小種だけでも飽きてしまうだろうと、毎年他の風味のお茶もいくつか選んで献上している。
難しい顔をしながらお茶を味見し、その度に色々なお茶を茶杯に注いで手伝いをしてるウーズィにピングォが訪ねる。
「今回持ってこられたお茶はこれで全部?」
「献上用の物の見本ですか? 普通の茶葉はこれで全てですが、これ以外に工芸茶もございます」
「へぇ、工芸茶」
ウーズィの言葉に、ピングォは茶杯を置いてしばし考える。工芸茶は珍しいと言えば珍しい物だ。もし美味しい物が有るのなら、あの見た目も相まって皇帝の歓心を得ることができるだろう。
「工芸茶はどれくらい用意出来る?」
ピングォの問いに、ウーズィは入荷された茶葉の管理表を見て答える。
「そうですね、数その物はそこまで多いわけではありませんが、各産地ごとに、陛下と貴妃のみなさまに行き渡る程度にはあるようです」
「なるほどね」
それだけ数があるのなら、候補として入れるのは悪くない。ピングォはウーズィに各産地ごとの工芸茶の見本を持ってくるように命じる。それから。とつけたして、こうも言った。
「あなたとジーイーにも味見して欲しいから、あの子も連れてきて」
「兄さんもですか? かしこまりました。少々お待ちください」
ウーズィがぺこりと頭を下げてから部屋を出る。その時に頭をぶつけていたけれども、あいかわらずそそっかしいなと、ピングォは思わず微笑ましくなった。
それからすこしのあいだ待って、扉を叩く音がした。
「入りなさい」
そう返事をすると、入ってきたのは湯気の出ているやかんと、把手の付いた籠と、幾分大きく白い磁器の茶杯をお盆に乗せて持ったジーイー。それに、籠の中に丸められた茶葉をいくつも入れて持っているウーズィだ。
「工芸茶をお持ちしました」
ウーズィが籠の中身をピングォに見せている間に、ジーイーは他の茶葉のからや、使い終わった茶器を机から少し離れた場所にある小さな台へと移していく。
机の上が片付いたら、ジーイーが茶杯を五つほど列べ、その中にウーズィが、曲げた親指ほどの大きさに丸められた茶葉を入れていき、お湯を注いだ。
お湯を注がれた茶葉をじっくりと見ていると、少しずつ、ぷくりぷくりと泡を出し始める。そうなりはじめた茶杯を、ウーズィがピングォの分、ジーイーの分、自分の分と振り分けていく。おそらく、並び順は産地ごとで、全員同じに並べているのだろう。
青く清々しい香りが漂う中、じっと茶杯の中を見ていると、水色は緑がかった黄色になり、丸まっていた茶葉がほころびはじめる。そして、なかから赤い花や白い花が姿を現した。
「やっぱり工芸茶はきれいだね」
「そうですね、貴妃の方はこう言った物がお好きなのではないかと思いますが」
ピングォの呟きにウーズィが茶杯の香りを聞きながら言う。
「それじゃあ、味見しましょうか」
その掛け声で三人とも少しずつ、ゆっくりと茶杯に口を付ける。華やかな見た目だけれども、味は意外と渋味の強い物が多い。けれどもその渋味は喉を通れば甘さに変わる、心地よい物だ。並べられた分全ての試飲をして、どれが良いかと言う話をする。ジーイーとウーズィのふたりは美味しい物に敏感なので、こういったときにピングォが助言を求めることは多い。どうにも味が横並びのように感じてしまっていたピングォに、ウーズィが選んだのは真ん中の茶杯だ。
「こちらの祁門のものが良いかと存じます。
水色は薄めですがそれが花の色を鮮やかに見せていますし、爽やかな渋味と甘い香りが調和の取れた、良い一品だと思います」
「なるほど」
ウーズィがそういうのなら、それで間違いはないだろう。ちらりとジーイーの方を見ると、ジーイーも同意するように頷いた。
それから、ジーイーが持っていた籠の蓋を開けてこう言った。
「ずっと味見をして緊張していたでしょう。ここで一息入れてはいかがですか」
そう言ってピングォが見せられた籠の中には、こんがりと焼かれたお菓子が入っていた。
「おや、気が利くね。それじゃあみんなで食べようか」
「ありがたく」
「いただきます」
籠の中からピングォがお菓子をとり、ウーズィも一つ取る。最後にジーイーが取ってから、ピングォが訊ねる。
「このお菓子はなんだい?」
「藤蘿餅です。そういう時期だからと、厨房が用意しておいてくれてました」
「なるほどね」
残りのお茶を飲みながら藤蘿餅を囓る。何層にも重なった、繊細な薄い皮と、ほのかに渋味があるけれども甘い藤の花の餡。それらは試飲で緊張していた心をほぐしてくれた。
ふと、ジーイーがそういえば。といってこんな話をだした。
「お茶といえば、洛神花はいかがですか?
酸っぱいですが、色が華やかですし、陛下だけでなく貴妃の方々もお気に召すかと思うのですが」
「ああ、なるほど。
でも、そっちの味見はあとでやろう。いまはちょっと、休みたいよ」
困ったように笑うピングォに、ジーイーもウーズィもそれはそうだと頷く。
味見をするのも、大変なのだ。