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第六章 しあわせでない取引

 木々の緑も芳しい、爽やかな風が吹く頃。昼食を取って午後もまた仕事を頑張ろうと机に向かうピングォの元に、一通の手紙が来た。

 差出人を見たところ、どうやらいつも世話をしている行からのようだ。一体何があったのだろう。資金繰りが上手く行かずに支援が欲しいのだろうかと思いながら手紙を広げる。

「……ああー……」

 手紙を途中まで読んだピングォは溜息交じりの声を上げ、頭に刺した簪に手をやる。手紙に書かれていたのは支援が欲しいという内容ではなく、もっと厄介なことだ。書かれている内容によると、行と紅毛人の間で行われる茶葉の取引でお互いの取引価格のすり合わせが上手くいかず、とんでもない揉め事になったとある。

 茶葉を新鮮なうちに高値で売りたい行と買弁、それに対して少しでも安価に大量に買いたい紅毛人。お互いの意見がなかなか噛み合うはずもなく、ただ価格が下がるまで延々と茶葉の買い付けを先延ばしされ、行に茶葉を運んでいく買弁はまだましにしても、直接紅毛人と取引をする行としてはたまったものではないだろう。そのたまったものではないという愚痴と泣き言が、手紙にびっしりと書き綴られていた。

 こんな内容ならまだ支援の無心の方が気が楽だった。そう思いながらピングォは手紙を畳んで机に突っ伏す。無心されるだけならお金を送ればそれで済むが、取引が上手くいかないと言われても、ピングォが直接行ってやりとりをするわけにはいかないし、実際に出向いたとしても甘く見られるだけだ。ピングォは自分がそういう見た目をしているという自覚がある。

「ああー……ああー……」

 普段のもっと気を張った状態でこの手紙が来たのならもう少し対策を考えることが出来たのかも知れないが、今は丁度紅毛人の船が西に向けて出発した頃で、少し仕事が少なくなっている時期だ。それが逆によくなかったようで、気が抜けているところにこんな手紙を寄越されてはもう気が抜けるままに声を上げるしかない。

 ぐったりしていると誰かが扉を叩く音がした。

「呻き声が聞こえますがどうなさいました?」

 扉の向こうから聞こえてきた声にはっとして顔を上げ、顔を叩いて取り繕って返事をする。

「ちょっと面倒な手紙が来ただけだよ。

ところで、なにか用かい?」

「お茶のご用意ができました」

「入りなさい」

 心持ち背筋を伸ばしたピングォがそう返すと、静かに扉を開けて、紫がかった茶色の急須と茶杯、黒砂糖の欠片を置いた小皿を乗せたお盆を持ってジーイーが部屋に入ってきた。

 今日は書類が積み上がっていない机の端に手紙を追いやり、目の前に茶器を並べさせる。目の前で急須から茶杯にお茶が注がれる。高山茶だろうか、清々しさの中に甘みのある香りがする。

 ふと、ピングォがお茶を淹れてそばに控えているジーイーに訊ねる。

「そういえば、あなたは紅毛人がわざわざ茶葉の品質を落として安く買っていくって話、知ってる?」

「紅毛人が? あー……」

 ジーイーはこの屋敷にピングォを訪ねてやってくる買弁や内地商人の相手をすることもあるので、もしかしたら話を聞いているかも知れないとピングォは思ったのだ。斜め上を見て両手をさすり、考える様子を見せていたジーイーが、手を叩いて口を開く。

「だいぶ前に買弁の方から聞きましたね。

ちゃんと上手に発酵させてから発酵を止めて持っていけばおいしいお茶のままなのに、それをすると価格が下がらないからと言ってなかばカビさせる感じでお茶を置いておいて、悪くなったんだから安くしろと言って安値で買っていくって」

「ええ……」

 先程の手紙には、それでも茶葉の価格が高いと紅毛人は言っているとあったけれども、そうなってしまうと紅毛人が何を求めているのかがわからない。美味しい物に高額を支払うのはわかる。けれども、おいしくないどころか下手をすれば害すらあるような物を安価でとはいえなぜ買っていくのか。これがわからない。

「えっ、その茶葉はどうするの?

カビたのをそのまま出荷したらカビだらけにならない?」

 ピングォの素直な疑問に、ジーイーは溜息をついて答える。

「カビた茶葉とカビてない低級の茶葉を混ぜ合わせて、まとめて燻して誤魔化してるそうなんですよね」

「それは、飲み物なの?」

「ちょっとわからないです」

 適切に処理さえすれば美味しく飲めるものを、その様に扱うだなんて紅毛人の求める物がピングォにはいよいよわからなくなってきた。もっとも、その様に粗悪な茶葉を作る生産者のこともわかるかと言われると難しいが。

「でも、それはそれとして」

 ジーイーがおかわりのお茶を茶杯に注ぎながら、両手で簪を弄り始めたピングォにこう付け足す。

「たまに、長期間船に乗せることを前提として、高額でも良いからそれ向けにおいしい茶葉を用意してくれって言う紅毛人もいるみたいなんですよね」

「そうなのね。なんだか安心した……」

 ほっとした様子でお茶を飲んでいると、ジーイーはさらに続ける。

「それで、その紅毛人の所属を確認すると、よく天文書を持ってくる所みたいなんです」

「あー、なんとなーくなんとなーく……」

 天文書を持ち込んでくる紅毛人は、比較的こちらからの要望を聞いてくれる一団だ。こちらの話を聞く余裕があるということは、まともに交渉をする気があるということに繋がるのだろう。そう思うとなんとなく腑に落ちた。

「みんなそういう客になれば良いのにー」

「そうなんですけどねぇ。

紅毛人は無駄金を払う金づるになりたいんですかね」

 ピングォとジーイーはしばらくそんな話をして。こんな事を続けたら誰もしあわせにならないのではないかと溜息をついた。

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