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第五章 私兵の手柄

 屋敷の窓から見える庭に花が咲き乱れる頃。ピングォは相変わらず書類と向き合っていた。

 そろそろ紅毛人達の貿易船が西へと帰る頃だ。それに合わせて、皇帝から聞いた朝貢品の要望をまとめて書類にまとめ、行に送らなくてはならないのだ。

 毎年この要望書はこの国の言葉で書いていて特に訳してはいないけれども、今までそれで何とかなってきたし、何とかなるだろう。

 紅毛人達の船が出たら、港である広州から彼らがいなくなるかといったらそう言うわけではない。どうやら一度来ると二年ほど滞在しているらしく、帰る時期をずらして、常に広州に留まる紅毛人がいるようにしているようだ。確かに、そうした方が情報の伝達がやりやすいだろうというのはわかる。

 ピングォとしても、いつでも広州に紅毛人がいてくれるのは助かる。なぜならなにか要望が有ったとき、いつでも彼らに伝えることが可能だからだ。

 もっとも、出航の時期と入港の時期は大体決まっているので、品物の発注などなるべく早めに向こうの国に伝えて欲しい事柄がある時は、出航前にその旨を紅毛人に言わないといけないのだけれど。

 発注書に付ける手紙をしたため一息ついていると、なにやら部屋の外が騒がしい。一体何事だろうと思っていると、誰かが部屋の扉を強く叩いた。

 何かあったな。そう察したピングォはいつもより強い口調で返事をする。

「入りなさい」

 素早い身振りで扉を開けて入ってきたのは、扉よりも背の高い、がっしりとした体躯の大男だ。たてがみのような茶色い髪を心なしか膨らませ、ピングォの前に立つ。

「チュンファン、なにかあったの?」

 ピングォがそう訊ねると、チュンファンと呼ばれた大男が一礼して返す。

「姐さん、蔵の周りをうろついてた怪しいやつを捕まえました。

どうしましょうかね」

「怪しいやつねぇ」

 これを聞いて一瞬ピングォはコンの顔を思い浮かべたが、コンはチュンファンとも顔見知りだから怪しいやつなどという報告は来ないだろう。

 しかしなんにせよ、不審者は放っておくことはできない。ピングォは倚子から立ち上がってチュンファンに言う。

「その怪しいやつは捕まえてあるんだよね?

私も様子を見てみよう」

「はっ! かしこまりました」

 部屋から出てチュンファンの後を付いて行く。

 チュンファンは、元々はこの街の一角を取り仕切っていたごろつきどもの頭だった。そんなチュンファンの腕っ節と、仲間の面倒をしっかり見る義理堅さを買って、ピングォが私兵として雇い入れたのだ。はじめは反発もあったけれど、なんだかんだでおおらかでひとのいいチュンファンは、気がつけばこの屋敷の中ですっかり受け入れられ、今では私兵の頭をしている。

 そんなチュンファンが捕まえてきた怪しいやつとはどんなやつなのか。屋敷の地下に備えられた地下牢で、ピングォはそいつと対面する。

 牢に繋がれているのは、猛々しい雰囲気のひとりの男。反抗的な視線をチュンファンとピングォに送ってきている。

「チュンファン、こいつはあなたの知った顔かい?」

 ピングォが男をにらみ返しながらチュンファンに訊ねると、彼は鼻を鳴らしてから答える。

「いやぁ、俺のシマでは見ない顔ですね。

うちを荒らしに来た他のシマのやつでしょう」

「なるほどね」

 今でも時々、自分の縄張りを見に行っているチュンファンがこう言っているのだ、ここは彼の意見を参考にした方が良さそうだ。

「困ったねぇ。うちも蔵や家を荒らされるととても迷惑なんだ。

誰に言われて忍び込んだんだい?

それとも、自発的に来たのかい?」

 ピングォが牢の中の男にそう問いかけると、男はにやりと嗤って口を開く。

「へぇ! この家の主がどんなのかと思ったら、こんな年増のちっこい女なのか。

こんなのにへいこらするなんて、この家の私兵も大したことないな」

 それを聞いてチュンファンが顔を真っ赤にして怒鳴る。

「盗人がなにを言う! 姐さんを悪く言うのは許さんぞ!

俺達に掴まった分際でよくそんな口がきけるな!」

 地下牢中に響き渡るその声で、ピングォの耳も痛くなる。けれども、これくらい威圧できる人材のほうが私兵としては都合が良い。

 チュンファンが苛立ち覚めやらぬといった様子で、しかし丁寧にピングォに訊ねる。

「姐さん、こいつがどこのごろつきか聞き出しますか」

「ああ、よろしく頼むよ。聞き出すのにあまり手荒になりすぎないように注意して」

「聞き出した後はどうします?」

「それは、あなたとあなたのシマの子達に任せる」

 手荒にするなとは言ったけれども、実際の所、ピングォはこの指示を私刑にしろとチュンファンが受け取るのをわかっているし、チュンファンもピングォがそのつもりだというのはわかっている。

 蔵で盗みを働こうとした哀れで愚かな男は、それを察してか縮こまってしまった。


 部屋に戻ったピングォは、先程書いた行宛ての手紙と書類をまとめながら溜息をつく。あの盗人の前では気丈に振る舞ったけれども、蔵が狙われたと聞いたときは肝が冷えたものだったのだ。

 この時期は朝貢品が蔵の中には入っていない。最悪盗まれたとしても他の輸入品だ。何が盗まれても損害にはなるけれども、朝貢品を盗まれたら最悪ピングォの首が飛ぶ。

 また蔵を狙った盗人が出てはかなわないので、後ほどチュンファンと相談して私兵を見立ててもらおうとピングォは思った。

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