第四十九章 婚礼の準備
ピングォが両親に、結婚相手としてチュンファンを紹介してからしばらく。ようやく娘が結婚する気になったと言うのが余程嬉しかったのか、ピングォの家では年明けも待たずに婚礼の準備が進められていた。もっとも、年明けを待たずにとは言っても、これから婚礼の衣装を作るので、実際に式を挙げられるのは年明け後しばらくしてからだろう。それでも、あの日以来この屋敷は喜びで包まれていた。
両親が連れてきた男とのお見合いが破談になったとき、ピングォは半ば苦し紛れにチュンファンを選んだと言っても間違いではなかった。けれども、今となってはチュンファンとの婚礼が待ち遠しく、繋がりができるのがとても嬉しかった。
「ピングォ様、それでは婚礼衣装を作るための採寸をしましょうか」
今回の婚礼衣装を作るのは、いつも刺繍物を頼んでいるトオゥだ。今日はトオゥを呼び出して、衣装を作るための採寸をして貰うことになっていた。
部屋の中でトオゥとふたりきりになって、採寸を始めようとしたその時、部屋の扉を誰かが叩いた。
「何の用だい?」
ピングォがそう扉の向こうに訊くと、こう返ってきた。
「姉さん、姉さんが結婚するって聞いて来たんだけど、今入って大丈夫?」
どうやらジュイズがお祝いでも言いに来たようだった。ピングォは困ったように笑ってトオゥに訊く。
「トオゥ、採寸するのに服を脱がないと駄目かい?」
「そうですね、なるべく正確に測りたいので」
それを確認したピングォは、外にいるジュイズに言う。
「悪いね、ちょっと採寸中は遠慮してもらえないかい?
いつもの部屋にチュンファンやジーイーとウーズィがいるはずだから、そっちにいっててくれる?」
「わかった、待ってるよ」
短いやりとりをして、ピングォは服を脱いで下着姿になる。さすがにこの時期は薄着だと肌寒い。そう思いながら、トオゥにされるがままになり採寸を進めていく。ときどきくしゃみをしながら巻き尺を当てられて、少し経った頃にトオゥがにこりと笑って言った。
「採寸は以上です。服を着て、旦那さまのところへいきましょうか」
それを聞いてピングォははにかむ。
「旦那さまだなんてそんな、まだそう呼ぶには早いよ」
「うふふ、遅かれ早かれですよ」
脱いでいた服を手早く着て、身嗜みを整えて、ピングォはトオゥと一緒に部屋を出た。少しの間廊下を歩いて、向かった先は使用人用の休憩室だ。ジーイーやウーズィはもちろん、元々使用人だったチュンファンも、この部屋には慣れているからと、素直にここで待っていてくれた。
休憩所の扉を開けると、中には先程声を掛けてきたジュイズと、採寸が終わるのを持っていたチュンファンとジーイーとウーズィがいた。採寸が終わったのかと嬉しそうな顔でみんなピングォの方を見たけれど、ジュイズだけはトオゥを見てすこしだけ苦笑いをした。ジュイズはだいぶ前にトオゥに振られているので、その時のことを思い出して少し気まずいのだろう。
「姐さん、どんな婚礼衣装にするんですか?」
いかにも楽しみと言った顔で訊いてくるチュンファンに、ピングォは椅子に座りながら答える。
「とりあえず、採寸はすませたけど、どんな感じにするかはこれからトオゥと詰めるよ」
「すてきな衣装にしましょうね」
そう言ってトオゥも微笑む。すると、トオゥが斜め上を見てなにかを思い出したようにピングォに言う。
「ピングォ様申し訳ありません、今日はもう一件採寸に行かないといけないところがあるのです。どんな衣装にするかのお話は後日伺いますので、本日はこれで失礼します」
「ああ、お疲れ様。次に会うときまでに、こっちも色々考えておくよ」
短いやりとりの後、トオゥは一礼をしてその部屋から出て行った。
「姉さんの衣装、絶対すてきなのが良いよね!」
名残惜しそうにトオゥを見送ったジュイズがそう言うと、チュンファンやウーズィも次々と口を開いて、こんな衣装が良さそうだとか、見るのが楽しみだとか、そんな話をしはじめる。はじめジーイーはそれをじっと聴いていたけれども、次第にぽつりぽつりと口を挟みはじめた。
そんな風にわいわいと話してどれくらい経っただろうか。ふと、窓を叩く音がした。その音に気づいて窓の方を皆で見ると、そこには蓋付きの籠を持って逆さまになっているコンがいた。
「まーた窓から来て。ほら、入りな」
ピングォがそう声を掛けると、ジーイーがすぐさまに窓を開け、コンがひらりと部屋の中へと入ってきた。
「ようピングォ、ついに結婚するんだって?」
「ああ、そうだよ」
「今日はお祝いを持ってきたんだ。まぁ、いつも通りと言えばいつも通りのものだけどさ」
そう言ってコンは、籠の蓋を開けてみせる。中にはコンの手作りとおぼしき月餅が入っている。それを早速食べようとピングォが声を掛け、コンも椅子に腰掛けて、皆で一緒に月餅を食べ始めた。
ふと、ピングォが言う。
「でも、チュンファンと結婚って言っても、何だか実感が無いね」
「そうなんですか?」
不思議そうな顔をするウーズィに、ピングォが苦笑いをしながら返す。
「だって、今までだって家族みたいなものだったからね」
すると、チュンファンがピングォの手を取ってじっと見つめてきた。
「これからは、家族は家族でも夫婦ですよ、姐さん」
その言葉に、ピングォは真っ赤になる。
「それじゃあまず、その姐さんってのをやめられるようにならないとね」
「そうですね、姐さん。
おっと!」
ふたりのやりとりにみんなで笑って、それは確実に幸せな時間で、これからもしあわせの中で暮らすのだろうという予感をピングォは感じたのだった。




