第四十八章 決意の日
寒風吹きすさび、人の温もりが恋しくなる頃。この日ピングォは人生の大事な節目を迎えていた。先日、両親が見つけてきたお見合いの話を大騒ぎで蹴って、自分で相手を見つけてくるのに一ヶ月猶予をもらった。その一ヶ月が経った今日、その相手を紹介しなくてはならないのだ。
応接間で、両親とピングォが向かい合って座る。側では前回のお見合いの時にそばに控えていたジーイーが、あの時と同じようにお茶の用意をして立っている。
父親が厳しい視線を向けてピングォに訊ねる。
「さて、約束通り相手を見つけてきたんだろうね」
「もちろんです」
「口先三寸で、お父さん達を騙そうなんて考えてないだろうね」
疑心暗鬼になっている父親に、ピングォはちらりと応接間の扉の方を見て返す。
「そんな事はありません。証拠に、今日はその相手の方に来ていただいています」
それを聞いて、両親の顔がぱっと明るくなる。いよいよ身を固める決心をしたのだと安心したのだろう。
「そうなのねピングォ。どんな方なの? 早くお会いしたいわ」
わくわくした顔でそう言う母親に、ピングォはにこりと笑顔を向けてから、ジーイーに言う。
「ジーイー、あの方を連れてきてくれるかい?」
「かしこまりました」
ジーイーは茶器を持ったまま応接間の扉に近づき、開く。
「お入り下さい」
そう言って、扉の前で待っていたピングォの相手を招き入れた。その姿を見て、両親は驚きを隠せない。そう、入ってきたのはしっかりと正装をしたチュンファンだったのだ。
「彼が、私が選んだ人です」
にこにことそういうピングォに、父親は深い溜息をついてこう言った。
「仕事のことがわかる相手と言っていたから、どれだけ立派な身分の人かと思ったら、チュンファンなのか……」
「なにかご不満でも?」
「確かに、チュンファンは好漢だというのはお父さんにもわかるよ。わかるけど、チュンファンはお前の仕事のことなどわからないだろう」
すると、母親も心配したような顔つきで言う。
「お母さんもびっくりしたわ。でもねぇピングォ、もしかして、お母さん達が急かしたから、苦し紛れでチュンファンを連れてきたんじゃないのかい?」
そう言う両親に、ピングォはにこにことしながら返す。
「苦し紛れなんてとんでもない。チュンファンには以前から仕事の話を聞かせていますし、私も好ましく思っていますよ」
ピングォはチュンファンに手招きをして、自分の隣の椅子に座らせる。大きな体のチュンファンと比べると、ピングォの体の小ささが際立った。
「姐さんからは、以前より仕事の指導を受けております」
そう言って表情を引き締めているチュンファンに、父親がピングォのやっている仕事についての質問を幾つかする。チュンファンはその全てに、的確な答えを返せていた。
その様子を見てピングォはほっとする。チュンファンに前から仕事の話を聞かせていたのは事実だし、ものによっては……主に善堂に関してのことなど……手を借りていることもあった。しかしそれだけでは両親を説得するのに根拠が弱い。なので、ここ一ヶ月の間にこっそりと仕事を叩き込んだのだ。
いきなりそんな話を持ってこられてチュンファンは迷惑だろうかと思ったけれども、チュンファンは嬉しそうに、ピングォの伴侶になれるならと、受け入れてくれたのだ。その時にピングォは思ったのだ。なかば妥協する形でチュンファンに声を掛けたけれども、ここまで自分を想ってくれている相手なら、このひと以外にいないのではいか。このひとと人生を過ごせることはしあわせなことではないのか。そう感じた。
「お父さん、お母さん、どうでしょう?」
チュンファンにすっかり感心した様子の両親にピングォが訊ねる。父親は満足そうにこう言った。
「いやはや、まさかチュンファンがお前の仕事についてここまでわかっているなんて。きっとずっと、お前と一緒になることを覚悟していたんだね」
「それでは、私の相手はチュンファンと言うことで異論は無いですね?」
その問いに、両親は黙って頷いた。それから、自分たちは席を外すから、しばらくふたりでゆっくり話すと良い。と言って応接間から出て行った。
扉の閉まる音がする。それをちらりと見たジーイーが言う。
「行ったようですね」
出す隙を見つけられずにいたのだろう、持ったままだった茶器を食台の上に置き、茶杯ふたつにお茶を注いでピングォとチュンファンの前に差し出した。緊張していたのか、チュンファンが早速茶杯の手を伸ばして煽る。
「はぁ、無事に切り抜けられましたね、姐さん」
「本当に。何とかなって良かったよ」
緊張が解けた様子のふたりを見てか、ジーイーがくすりと笑う。ピングォも苦笑いを浮かべた。
ふと、チュンファンがピングォの手を取ってじっと見つけてきた。
「でも、まさか姐さんが本当に俺を選んでくれるとは思わなかった」
その言葉に、ピングォは恥ずかしそうに目を逸らし、顔を真っ赤にして答える。
「まぁ、妥協点というかね」
素直でないことを言ってはいるけれども、隣で腕を広げたチュンファンを見て、ピングォはそのままもたれかかる。暖かくて、妙に安らかだった。
しばらくそうしていると、横から声が掛かった。
「僕、まだいるんですけど」
困ったような声でそう言うジーイーに、チュンファンが笑いながら返す。
「祝ってくれるやつは多い方が良いだろ?」
「まぁね」
外はもう肌寒いこの季節。人の温もりは心地よいと思ったピングォだった。




