第四十七章 お見合いの席で
日差しも和らぎ、吹く風も涼しくなった頃。この日ピングォは憂鬱な気持ちでいた。いつもより幾分めかし込んで、両親と共に応接間の椅子に座る。両親は機嫌良さそうな様子だけれどもピングォはうまく気持ちの整理を付けられないでいた。
今日は、両親が取り決めたお見合いの日だ。一体どんな人が来るのか、ピングォはよく知らない。ただ、良い家柄の男が来ると言うことだけが報されていた。
「今日来る人は、家柄も良くて明るい人だから、きっとピングォも気に入るわよ」
母親はそう言う。けれども、ピングォが相手に求めているのは家柄でも人柄でもない。ピングォの今の仕事を続けさせてくれる人か否か、仕事をさせたときに有能か否かなのだ。
応接間で待つことしばらく。誰かが応接間の扉を叩いた。
「どうぞ、お入り下さい」
父親がそう声を掛けると、入ってきたのはジーイーに連れられた見知らぬ男だった。彼が今回ピングォとのお見合い相手だろう。
見た目は、淡い紫色の髪をきちんと整え、すらりとした体躯で爽やかな笑みを浮かべる青年だ。もしかしたら、年の頃はピングォよりも下かも知れない。そんな彼に、母親はどうぞおいで下さいましたと声を掛け、ピングォ達と食台を挟んで向かい側の椅子に座るよう勧めている。
彼がどっしりと椅子に座ると、彼の自己紹介が始まった。彼曰く、この都の官吏の家の次男坊で、身元はしっかりしているという。街で評判の良いピングォなら、自分の両親も納得するだろうし、自分も可愛らしい見た目のピングォのことは気に入っていると、そう話した。
ピングォはその話を聞いて、所々で自分が下に見られていると感じたけれども、男の方が上に出てしまうのは仕方がないだろう。男と女の立場なんて、そんなものなのだ。
ふと、ピングォが彼に訊ねる。
「ところで、私はこの街の官吏として朝貢品の管理や、行や買弁の貿易の補助をしていますが、あなたはこの仕事についてどの程度知っていますか?」
すると彼は、特に何も考えていなさそうな笑顔で答える。
「それについては、ピングォさんに追々教えて貰って、なんならご両親の手を借りても良いかなと」
それを聞いて、ピングォは即座に、この男はないな。と思った。見合いの話が出てからそれなりに時間はあったはずだ。ピングォの仕事について全く調べずに、教えて貰えば良いと言うところまでは良いとしても、両親に手伝ってもらうのを前提としているだなんて、何も考えていないにも程がある。
「まぁ、お仕事については、追々覚えていけば良いでしょう」
「そうよ。なんなら、ピングォにお手伝いして貰えば良いし」
両親はそう言う。ピングォはもちろんそのことにも不満だ。なぜ、こんな頼りない男に仕事を譲り、自分が手伝いに徹しなければいけないのか。納得がいかず思わずピングォはきつい口調でこう言った。
「私の仕事を甘く見られては困ります。
子供でもあるまいし、あなたのように甘ったれた根性で務まる仕事ではありません。
あなたに仕事を譲って私が手伝いに回るくらいなら、このままずっと私が仕事をやっていた方が何倍もましですよ」
ピングォのその言葉に機嫌を損ねたのだろう、彼が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「なんだ、女のくせにそんな偉そうな口を利いて! お前みたいな生意気な女、こっちから願い下げだ!」
これ以外にも、散々ピングォを罵倒する言葉を吐いてから、彼は応接間から出て行く。
応接間に残された両親とピングォの間の空気も最悪になっていた。父親が押し殺したような声でピングォに言う。
「折角見つけてきた相手をお前は何だ。
そんなわがままを言うなら、自分で結婚相手を探せるんだろうな」
そもそも結婚する気自体が薄いのだけれども、こうなったらもう身を固めないと引っ込みが付かないのをピングォはわかっていた。だから、父親と母親にこう言い放った。
「もちろんです。もうある程度目星は付けていて、あとは相手に承諾してもらえるかどうか、それだけです」
それを聞いて、父親は鼻で笑って返す。
「そんな相手がいるんだったら、もっと早く連れてきて欲しかった物だけどな。
まぁ、交渉次第とのことのようだし、その交渉をするのに一ヶ月猶予をやろう。
一ヶ月経ったら、ちゃんとその相手とやらを私たちの前に連れてくるんだ。苦し紛れの言い逃れだとか、そんなのは許さないからな」
続けて母親も言う。
「そうよピングォ。お父さんの言うとおり、一ヶ月後に相手の方を連れてこられなかったら、次こそは私たちが選んだ人と結婚してもらうからね」
ピングォは、いよいよ追い詰められてきたな。と思う。
ふと、側で控えていたジーイーが、雰囲気を和らげるためか三人に、食台の上に乗っていた急須から、空になった茶杯におかわりが注がれた。それを見て、母親がジーイーに言う。
「ねぇ、ジーイー。あなたも早くピングォが結婚しないと、心配でしょう?」
ジーイーは少し頭を下げてから答える。
「それは、僕も心配しております。
けれども、ピングォ様が自分で見つけた相手がいるというのが本当であれば、その方にお任せするのが良いでしょう。
先程ピングォ様が断る理由として言っていた、仕事のこともわかっている相手になるでしょうし」
それを聞いて、父親も少し落ち着いたようだ。
「ジーイーは、ピングォが選ぶ相手というのに心当たりは有るのかい?」
父親にそう訊ねられたジーイーはしれっと答える。
「いえ、存じません。ですが、ピングォ様の言うことを信じましょう」
ジーイーはピングォの考えに察しが付いているはずだ。けれども、ここで迂闊にそれを言えばまた面倒になる事がわかっているのだろう。ピングォはそれに感謝しながら、後でジーイーに言付けを頼もうと思ったのだった。




