第四十六章 月下酒
日差しははまだ強いけれども、夜になれば涼しい風が吹くようになった頃。この日の仕事と夕食を終えたピングォは、月がよく見えるいつもの庭の食台で、こぢんまりとした酒宴を開いていた。顔ぶれはもういつも通りと言って良いだろう。ピングォの他にジーイーとウーズィとチュンファン、合わせてこの四人だ。少し前にコンが作って持って来た菊華酒と、厨房が作った花糕を用意して、みんなで月を眺めていた。
「これでコンもいれば、もっと賑やかなんでしょうけどね!」
酒を飲んですっかり陽気になったチュンファンがそう言うと、ジーイーがあからさまな溜息をついて口を開く。
「月見をするのに、そんなに賑やかでどうするの。折角こんなに清浄な月が出てるんだから、静かに眺めたって良いじゃないか」
もう既に十分に賑やかだとピングォが思っていると、今度はウーズィがこんなことを言った。
「そうなると、ジュイズ様もいてくださったら楽しいですよね」
それからすぐに、花糕を手に取って口に頬張る。ジュイズはウーズィにも良く懐いているから、ウーズィとしては一緒に楽しみたいのだろう。そう、先月暑い陽の下でやったお茶会の時にはジュイズもいたしコンもいた。きっとそのふたりまで含めて、『みんな』と呼べるのだろうなと、ピングォはなんとなく感じた。
足りないふたりの話をしながら酒を飲んでいると、どこからともなく声が掛かった。
「おう、賑やかじゃん。俺も混ぜてくれよ」
四人一斉に声が聞こえた方を向く。視線の先にはどこからやって来たのか、籠を持ったコンが立っていた。
それを見てピングォが声を掛ける。
「丁度あなたの話をしてたんだよ。一緒に飲もう」
「やった。それじゃあありがたく」
コンも食台の側の椅子に腰掛けてから、持っていた籠を食台に乗せて、全員に中身を見せた。
「月餅焼いてきたからみんなで食べよう」
すると、ウーズィが慌てて口の中のものを飲み込もうとして喉を詰まらせたようだ。ジーイーが慌てて酔い覚まし用の水をたまたま空だったウーズィの杯に注いで飲ませる。
「……そんなに月餅食べたい?」
ウーズィが喉を詰まらせた理由をなんとなく察したのか、コンがそう訊ねる。すると、一息ついたウーズィがこくりと頷いた。
「そんなに慌てなくても。月餅は逃げないよ」
くすくすと笑いながらピングォがそう言うと、ウーズィは早速月餅を手に取ってこう返した。
「だって、みんなで食べるなら減っていくじゃないですか」
「均等に分けようね?」
食いしん坊なウーズィの言い分にジーイーが釘を刺す。その様子を見てからピングォがチュンファンの方を見ると、チュンファンもそろりそろりと月餅を手に取っていた。
チュンファンも多めに食べるつもりだったのかと、ピングォは呆れるよりも、なんとなく微笑ましくなる。
そんな四人を見てかコンがこう言った。
「みんな家族みたいだな」
コンの言葉に、ウーズィが機嫌の良さそうな声で返す。
「もちろん、私はみんな家族だと思っています」
すると今度はチュンファンがウーズィに訊く。
「俺のことも家族なのか?」
その問いに、ウーズィは少し考える素振りを見せて、月餅をかじる。
「チュンファンさんの扱いは難しいです」
「だよな」
納得した様なチュンファンをそれもそうだという目で見てから、ジーイーがコンに声を掛ける。
「そういえば、コンには家族はいないの?」
これはジーイーからすれば、ずっと疑問だったことなのだろう。コンが人ならざるものだというのは知っていたけれども、そういったものにも家族がいるのか、それは聞かないとわからないのだ。
ピングォはその答えを知っているけれども、これはコンが答えるべきだろうと黙っている。すぐに答えはコンの口から出て来た。
「俺の家族ってなると兄ちゃんがひとりいるけど」
「けど?」
何か含みがあるように聞こえたのか、ジーイーが続きを促す。
「いま日出ずる国に行ってて、もう何年も帰ってきてないんだ」
それを聞いて、皆急にしんみりとしてしまう。何年も弟に会えない気持ちはピングォにはよくわかるし、ジーイーとウーズィも想像に難くないだろう。チュンファンも弟を喪ってまだそんなに経っていないと言っても良いのだろうし、舎弟達は家族同然だと言っていたから、ことさらにコンの寂しさというのがわかってしまうのだろう。
チュンファンが伺うように、コンに訊ねる。
「コンの兄貴は、何をしに日出ずる国に?」
コンは少し遠くを見るような目をする。
「氷のような翡翠を取りに行ってるんだ」
それを聞いて驚いたのはジーイーだ。氷のような翡翠というものの希少価値がわかっているのだろう。
「なんで、そんな物を取りに?」
コンがちらりとピングォを見てから、ジーイーの疑問にまた答える。
「嫁さんをもらうのに出された条件なんだってさ」
「それは……」
事実上断られたのではないか。ピングォはそう思ったし、コンもそう思っているだろう。けれども肝心のコンの兄は、きっとそうは思っていないのだ。
いくら人ならざるものでも、海を越えた異国に行くのには困難が伴う。無事に帰ってこれるのかの確証は無いのだ。
「兄ちゃん、早く帰ってこないかな……」
寂しそうな顔をするコンに、ジーイーが黙って杯を渡す。その中にはなみなみと菊華酒が注がれている。
「とりあえず、待つ以外のことはできないんだから、今はこれでも飲みな」
差し出された杯を手に持って、コンが口を付ける。
「これ、俺が作ったやつじゃん」
「そうだよ?」
「なんだよ、それならもっと早く酒宴に呼んでくれよー」
コンが杯を煽ると、しんみりしていた空気が少し和らいだ気がした。
「折角の酒宴だ。賑やかにやろうじゃないの」
ピングォがそう言うと、全員がまた杯に菊華酒をなみなみと注ぎ、改めて乾杯をした。
月の下での酒宴は、いつまでも続くように感じた。




