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第四十章 人間の性

 風も温みはじめ、春の足音が聞こえてきた頃。そろそろ今年出航する紅毛人達の買い付けが大詰めになってきているようで、ピングォの元に買弁がやって来ていた。

「ピングォ様、去年発注した陶器は届いておりますかね?」

「ああ、その分は届いてるよ。持ってこさせよう」

 今回買弁がピングォの所に来た目的は、紅毛人が欲しがっているというこの国の陶磁器、特に華やかな模様が描かれた景徳鎮というものの買い付けだ。去年の出航の時には窯元の方への発注が間に合わず、ピングォの屋敷の蔵で眠っていた二級品を売ることで事なきを得たけれども、今回はしっかりと、期間に余裕を持って窯元に発注したので、良い物を十分な数で用意出来ているはずだ。

 ピングォは声を上げてジーイーとウーズィを呼び、蔵の中にしまってある景徳鎮を持ってくるように指示を出す。ふたりだけで運べる量ではないので、他の使用人の手も借りていくつもの箱がピングォの部屋に運び込まれた。

「これが去年の発注分だよ」

 運ばれてきた箱を見ている買弁に言い、確認するように促す。買弁は紙に包まれた陶磁器を箱の中から出して、ひとつひとつ確認している。

「はい、これは良い物です。ですけれど、ひとつ問題がありまして」

「問題?」

 もしかして去年出荷した二級品の景徳鎮にケチが付いたのだろうか。ピングォがそう思っていると、買弁は予想外のことを言った。

「紅毛人がね、とても欲張るんですよ。もっと寄越せって。

去年の時点ではわかっていませんでしたけれども、紅毛人が欲しがっている数に足りないのです」

「何だって?」

 紅毛人は一体何を考えているのだろう。陶磁器を作るのは、一朝一夕ではできない。しかも数が必要になるとすれば、それこそ数ヶ月や一年かかることも当たり前なのだ。

「そうは言っても、今年受注分の景徳鎮を渡せるのは来年だよ?

それは紅毛人に言ってあるのかい?」

「はい、はい。行を通じて言ってあります。

ですけれども、去年発注分に数をのせて持ってこいと言われまして」

 そんな無理難題を言われても困る。ピングォは困り果ててしまったけれど、とにかくいま売れる陶磁器はここにある分だけだ。

「とりあえず、今ある分を持っていって、これを売るんだ。それしかやりようはない」

 ピングォは買弁にそう言って、陶磁器の取引をした。

 満足そうな買弁としばらくお茶を飲みながら雑談をしているのだけれども、どうにも買弁は紅毛人に困らされることが多いようだった。

「なんと言いますかねぇ、紅毛人の気に入るものを売ると、紅毛人はもっとそれを欲しがる。いたちごっこなんですよ」

 それを聞いて、ピングォも溜息をつく。

「この国のものが売れて銀が沢山入ってくるのはいいけど、それは困りものだね。

この国のものを全て吸い尽くそうとしているようにも、私には見えるね」

 銀が他の国から入ってくるのは歓迎すべきことだけれども、本当にそれは手放しで喜んでいいことなのか、ピングォは少し疑問だった。この国のお茶や陶器、綿布や絹を執拗に求める紅毛人の気持ちは理解の範囲を超えているし、このまま求められ続ければ、いずれなにか悪いことが、そう、とてつもなく悪いことが起こる予感さえするのだ。この国を揺るがすような……

「まあ、私どもとしては売れれば売れるだけ良いと言いますか、売れる物は売ってしまいたいという気持ちですけれどもね」

 買弁がそう言って茶杯に口を付けたところで、用意されていたお茶が全て無くなった。もう頃合いかと、買弁が立ち上がって、ありがとうございましたと言って、陶磁器の入った箱を抱えて部屋を出る。もちろん、ひとりでは持ちきれないのでピングォは使用人に手伝うように指示を出す。買弁は荷台を持ってやって来ているようだったので、そこまで運ばせるのだ。

 箱の運び出しが終わって一息ついていると、妙に喉が渇いた。ついおしゃべりをしすぎてしまったようだ。ピングォはウーズィを呼び出して、お茶の用意をするように指示を出す。きっとそれを誰かが予想していたのだろう、ウーズィはすぐに紫がかった茶色の急須と茶杯の乗ったお盆を持って部屋へとやって来た。

 食台の上に置かれた茶杯に、ウーズィがお茶を注ぐ。それを手に取ってピングォはそっと喉を潤した。

「お疲れ様です」

 そう言ってねぎらってくれるウーズィに、ピングォはにこりと笑顔を向ける。それから、すぐに真面目な顔になってウーズィに訊ねた。

「そういえば、あなたは紅毛人がこの国のものに執着するのを、どう思う?」

 突然で意外な問いだったのだろう。ウーズィは瞬きをしてからこう答えた。

「そのことについては、私はよくわかりません」

「……そう」

「ただ、馴染みのないうつくしい物に惹かれたり、憧れたりするのはわかる気がします」

 どこを見ているのだろう、ウーズィは遠くを見るような眼をして、なかば独り言のように言葉を続ける。

「私も、景教徒の皆さんが歌ってる異国の言葉の歌に、ひどく惹かれると思うことがあるのです。

この国にとっては異質で、もしかしたら排斥するべき物かも知れないのに、あの歌はとてもきれいで、私は……」

 そこで言葉が切れた。ピングォは、ウーズィがここまでなにかに心惹かれている物があると聞いたのは、これが初めてだ。普段はなにものにも当たり障りなく接するウーズィが、こんなに熱を持っているなんて、意外だった。

 けれどもそう、ウーズィだって人間だ。人間はきっと、未知のうつくしい物に惹かれる物なのだろうとピングォは思った。

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