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第四章 松花餅の時期

 日差しも温もりをたたえるようになり、春の兆しが近づいてきた頃。昼食後の仕事の合間にひと休みしているピングォが、なにやらそわそわした様子で何度も窓を見ていた。

「今日はどこから来るかな」

 そう呟いてじっと窓を見ていると、部屋の扉を叩く音がした。

 その音を聞いて、ピングォは扉の方に向き直る。

「入りなさい」

 そう返事をすると、扉を開けたのはジーイーだった。お茶の用意をしてきたのかと思ったけれども、手元には茶器を持っていない。ということは、おそらく客人が来たのだろう。

 そして予想通り、ジーイーの後ろから籠と書類を持ったコンがひょこっと覗き込んできた。

「今日は玄関から来たのね」

「今日はそういう気分だった」

 ピングォとコンがそんなやりとりをしている間に、ジーイーはピングォの机の脇に、客人用の椅子を付けている。

「こちらへ」

 ジーイーが椅子を手で指してコンに言うと、コンは椅子に座ってからジーイーに籠を渡す。

「これからお茶持ってくるんだろ? これの用意もよろしく。

お前らの分もあるからそれはよけといて」

「あ、それはどうも」

 受け取った籠の蓋を開けて、ジーイーが中身を確認している。いくつはいっているかは数えていないようなので、どんなものかを見ているのだろう。それから、蓋を閉めてぺこりとお辞儀をしてから部屋を出て行った。

 少しの間ジーイーが出ていった扉を見つめてから、ピングォがコンに訊ねる。

「今日は何を持ってきたの?」

 コンは一瞬、手元の書類を見たけれども、そちらのことではないと察してかこう答えた。

「今日は松花餅。そういう時期だろ」

「そう言えばそうだねぇ。これは楽しみだ」

 松花餅はピングォの屋敷の厨房でも作っているのだが、ここ近年はコンもこうやって作ってきてくれている。とは言っても、屋敷に住む使用人全員に行き渡るほどの数をコンひとりで作ることはできないし、持ってくることもできないので、ピングォとその他特に親しいとコンが思っている数人の分だけになるけれども。

 松花餅を楽しみにしつつ、ピングォはコンの持っている書類に目をやる。今日コンが玄関から入ってきたのは、そういう気分だったと言うだけでなく、この書類を持って来たからと言うのはあるだろう。

 早めに確認したいと思ったところで、また扉を叩く音がした。

「お茶の用意ができました」

 向こう側から聞こえてきたのはジーイーの声だ。ピングォが入るように声を掛けると、ジーイーはゆっくりと扉を開けて入ってきた。手にはいつもより大きめの急須と、ふたつの茶杯、それに松花餅がふたつ置かれた皿が乗っている。

 茶器が机の上に置かれ、茶杯にお茶が注がれたところでピングォはジーイーに言う。

「あなた達も休憩していいよ。ウーズィとお茶でも飲みなさい。

折角松花餅もあるし」

「わかりました。それではありがたく」

 また一礼して去って行くジーイーを見送ってから、今度はコンに話し掛ける。

「さて、その書類はこの前頼んだ西の本の訳だろう? 見せて貰っていい?」

「いいも何も、見てもらわないと困るんだけどな」

 そうやりとりをして、ピングォはコンから書類を二種類受け取る。片方は先日コンに翻訳を頼んだ天文書の原本で、もう片方はコンが書いた文字がびっしりと並ぶ紙だ。

 原本の方は机の隅に置き、訳文の方に目を通していく。ピングォは天文のことに明るいわけではないけれども、こう言った訳文を何度も見ているうちにうすらぼんやりと用語などは頭に入ってきているような気がしていた。

 一旦訳文も机の上に置き、松花餅を囓ってお茶を口に含む。甘く香ばしい松花餅の味と清々しいお茶の香りが喉を通っていった。

「松花餅、どう?」

 食べるところをじっと見ていたコンが訊いてくる。それにピングォは上機嫌に答える。

「今年も上出来だね」

「やったぜ」

 ピングォの回答に、コンはにっと笑って得意げになっている。

 しばらくの間ふたりでお茶とお菓子を楽しんで、お茶がなくなったところでピングォはまた天文書の訳文に目をやった。

「それにしても、天文書のあたまに付いてる『神に約束された』って文言はなんなんだろうね」

 それを聞いて、コンも不思議そうな顔をする。

「それがわかんないんだよな。

全部の天文書に付いてるわけでもないし」

「ほんとに不思議だね」

 コンに訳してもらっている西洋の本の数は今までにいくつもある。その本のどれもに、内容とは関係の無さそうな短い前置きとも言えるような文が付いている。それがなんなのかわからず不思議だった。

「もしかしたら、紅毛人達の書の作法なのかも知れないな」

「なるほどね。作法なら仕方ない」

 変わった作法だと思いながら、ピングォは訳文に目を通していく。その様子を見ていたコンが訊ねてくる。

「また、この星の話を後宮に聞かせに行くのか?」

「ああ、そうだよ」

 何がきっかけだっただろうか、後宮の貴妃が天文書に興味を持ち、それ以来、西の天文書が入る度にコンに訳してもらっては読み聞かせている。はじめは天文学者に渡すためだったのに、今では貴妃のために訳しているのだ。

 はじめて訳文を持っていったときに、西の物などいらないと撥ね除けた天文学者は今どうしているだろうか。ピングォには関係の無い話だけれども、少しだけ気になった。

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