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第三十六章 双子の弟

 吹く風も冷たくなり、陽の出ている時間も短くなった頃。昼間の仕事も一段落して、お茶の時間を楽しんでいるピングォの元に、慌てた様子のチュンファンがやって来た。

「姐さん、姐さん!」

 いつもの朗らかで人懐っこい雰囲気ではなく、鬼気迫った表情でやって来たチュンファンを見て、これはどこかで一大事があったなとピングォは察する。

「何があったんだい」

 厳しい声でそう訊ねると、チュンファンはしゅんとした声でこう言った。

「姐さん、数日だけ、いや、一日だけでも良いんです、俺に休みをくれませんか?」

「休み?」

 チュンファンが自分から休みが欲しいと言ってくるのはほんとうに珍しい。珍しいと言うよりも、今までそんなことはなかったと言ってもいいほどだ。

 余程重大な用事があるのだなと思ったピングォは、チュンファンに休みの理由を訊ねる。すると、チュンファンは鼻を啜りながらこう言った。

「家にいる双子の弟が重い病にかかって伏せってるって言う知らせが来たんです。

それで、すごく心配になって、このまま弟にあわないままに死んじまったら、俺、絶対後悔すると思って……」

「ああ、そうなのか。なるほどね」

 今にも泣き出しそうなチュンファンに、ピングォは優しく声を掛ける。

「それなら、一日と言わず数日、休みを出そう。さすがに仕事のことがあるからいつまでもとは言えないけどね」

「姐さん、ありがとうござやす……」

 チュンファンはたしか、貧しい家の出とはいえこの都に実家があるはずだ。数日休みを出してもいざという時はすぐに呼び出せるだろうという考えがピングォにはあった。しかし、それはそれとして、血の繋がっていない舎弟達のことも大事にするチュンファンが、実の弟のことを心配するのは想像に難くない。できれば弟の容態が良くなるまでは側にいさせてやりたいという気持ちはあるにはある。そのあたり、難しい話なのだ。

 休みをもらえるとなったチュンファンが部屋を出ようとするのを引き留め、ピングォは声を上げてジーイーを呼び出した。

「どうしたんですか、姐さん」

「あなたの弟さんに持っていったら良さそうなものを持ってこさせるよ」

「姐さん、そこまで……」

 そうしている間にも扉を叩く音が聞こえる。ピングォが入るように言うと、ジーイーが一礼をして入ってきた。中にチュンファンがいることに少し驚いたようだけれども、すぐに澄ました顔に戻ってこう訊ねてきた。

「ピングォ様、何かご用ですか?」

 それに対して、ピングォはこう指示する。

「厨房から棗の実をいくつか持っておいで」

「それは、なぜですか?」

「チュンファンの弟が病にかかったようでね。体を温めさせるのに棗が良いと思ったのさ」

 それを聞いたジーイーは何度か頷いてからなにかを考える素振りを見せる。ピングォとしては早くチュンファンを送り出したいので速やかにジーイーに動いて欲しいのだけれども、無駄に時間を使わせるためにジーイーが考え事をしているわけではないと言うのはわかる。もどかしく思いながらも、ジーイーが口を開くのを待った。

 少しの間を置いて、ジーイーが口を開く。

「それでしたら、棗だけでなく、生姜も持たせた方が良いでしょう。生姜も体を温めますし、気付けにもなります」

「なるほど、それは良い案だ。

それじゃあそのふたつを持って来ておくれ」

「かしこまりました」

 一礼をして部屋を出て行くジーイーを見て、やはりジーイーは頼りになると感心していると、チュンファンがぼろぼろと泣き出して、ピングォの机にすがりついてきた。

「姐さん、姐さん、本当にありがとうございます。俺と俺の弟のためにこんなに……」

「いいんだよ。兄弟が大切な気持ちは私もよくわかる。放ってはおけないさ」

「姐さん……」

 ぐすぐすと泣いているチュンファンの頭をわしわしと撫で落ち着かせる。しばらくそうしていたら、チュンファンが立ち上がって涙を拭い、表情を引き締めて一礼をした。

「ありがとうございます姐さん。このご恩には必ず報います」

 急にかしこまったチュンファンに、ピングォは微笑んで返す。

「そうしてくれると嬉しいけどね。でも、あなたは普段から私のために尽くしてくれているんだから、今回は私からのそのお返しだと思っておくれ」

「はい、ありがたく!」

 そんなやりとりをしていると、また扉を叩く音が聞こえた。入るようにピングォがまた返事をすると、入ってきたのは紙に包まれたなにかをお盆に乗せて持っているジーイーだった。

「お待たせいたしました。棗と生姜です」

 もうそれをだれに渡すべきかわかっているジーイーは、お盆をチュンファンの方へ向けている。

「ありがとう。それじゃあ、チュンファンはそれを持って弟のところに急ぎな」

「はい、それではしばらくの間、空けさせていただきます」

 ピングォの言葉に、チュンファンはジーイーが持ったお盆の上の紙包みを持って部屋を飛び出す。その様子を見て、ジーイーは少し目を伏せてからこう呟いた。

「僕は、あいつが乱暴で騒がしいだけのやつだと思っていました」

「そうなのかい?」

 きっとこれはチュンファンには聞かせたくないけれども、他の誰かには聞かせたい呟きなのだろう。ピングォは相づちを打ちながら話を聞く。

「あいつに弟がいて、そんなに大切にしてるなんて思ってもいなかった。弟が病にかかったときの気持ちなんて、あいつにはわからないと思ってたんです。でも違った」

「そうだね」

「あいつも僕と同じように、兄弟が大事なんですね」

 そう言って目を伏せたままのジーイーをよく見ると、微かに頬が赤くなっている。きっと今まで勝手な思い込みをしていた自分を恥じているのだろう。

 もしこれで誤解が解けたのなら、ジーイーとチュンファンはもう少しだけ仲良くなれるのではないかと、ピングォは思った。

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