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第三十五章 女の悩み

 日差しも穏やかになり、木々が実りを迎える頃。この日ピングォはトオゥを自室に招いていた。トオゥを招いたのはほかでもない、紅毛人から発注のあった綿や絹の刺繍物を注文するためだ。

 紅毛人からの注文は、まず行が受けてそれに見合ったものを買弁が探してくると言う形でやりくりされるので、朝貢品を取り扱う都合上買弁とも親しいピングォの元に、紅毛人が欲しがっているものを都合してくれという依頼が来るのは珍しいことではない。

 ピングォがトオゥに訊ねる。

「紅毛人のために刺繍をするのは、嫌だったりしないかい?」

 紅毛人を良く思わないこの国の臣民は少なくない。だから、トオゥが紅毛人に売る刺繍を刺すのが嫌な可能性もあるのだ。もっとも、過去に二度ほどトオゥの刺繍物は紅毛人の手に渡っているけれども。

 トオゥの返答はこうだった。

「私は、紅毛人について詳しく知りません。もちろん、悪い噂は聞きますけれど。

でも、紅毛人は私の刺繍を高値で買っていきます。それに何の不満がありましょうか」

「物わかりの良い子で助かるよ」

 ピングォが感心したように言うと、トオゥは澄ました顔で返す。

「こちらも生活がありますから」

 全くもってその通りだ。紅毛人を嫌って商機を逃すのは、賢いやり方ではない。少なくともピングォはそう思っている。

 しばらくの間、ふたりでどの様な刺繍物を作るのか、納期はどれほどかという打ち合わせをする。うまく噛み合わない部分もあったけれども、そこもなんとか調節し、やっと一段落と言ったところで、ピングォが打ち合わせをしていた食台の上にある急須を持って呟く。

「空になってるね。新しいお茶を持ってこさせようか」

 その言葉にトオゥも頷く。ピングォは部屋の外に向かって声を上げ、新しいお茶とお菓子を持ってくるように伝える。それからまたしばらく待っていると、部屋の外から足音が聞こえてきて、扉を叩く音が聞こえた。

「入りなさい」

 返事を返すと、ウーズィが入ってきた。手には紫がかった茶色の急須と、もろこしが盛られた小皿をふたつ乗せたお盆を持っている。

「お待たせいたしました」

 そう言ってウーズィは、ピングォとトオゥの前に置かれた茶杯にお茶を注ぎ、もろこしの乗った小皿を置く。それから、空になった急須を持って、一礼をしてから部屋から出て行った。

 折角新しいお茶も来たのだしと、ピングォとトオゥはしばし雑談を楽しんだ。刺繍をするときはどんなことを考えているのかとか、貿易関連でたまに無理難題を言われるとか、そんなことだ。そんな話をしてふと、ピングォが伺うようにこう訊ねた。

「そういえばトオゥはまだ未婚みたいだけど、相手はいないのかい?」

 するとトオゥは深い溜息をついてこう答えた。

「お見合いの話しはたくさん来るんですよね。なんですけれども、今のところ全て断っています」

「おや、それはなんで?」

 きっと気に入る男がいないのだろうなとは思ったけれども、ピングォはそこを敢えて訊ねてみた。すると、トオゥは少しだけ目を伏せて、微かに頬を染めてこう返した。

「自分でも、わからないんです。わからないのに、断らなきゃいけないって、思って……」

 その様子を見て、ピングォは、トオゥには自覚が無いのか、それとも隠しているだけなのかはわからないけれども、見合いを申し込んでくる男達以外に、心に決めた人がいるのだろうと思う。きっとこれはこれ以上踏み込んではいけない話だ。

「そうなんだ。不思議なこともあるものね」

 そう言ってもろこしをひとつ口に含んで、お茶を飲む。もろこしの甘さとお茶の爽やかな渋味が混じり合って、なんとなくさっぱりした気持ちになった。

 少しの間お互い黙り込んで、今度はトオゥがピングォにこう訊ねてきた。

「ピングォ様はどうなのですか? 結婚のお相手とか。

もしかして、すでにご結婚なさっていて、私が旦那さまに会ったことが無いだけかも知れませんけれど」

 それを聞いて、ピングォは苦笑いをする。

「残念ながら、私もまだ未婚だよ。早く婿を取れとはあちこちから言われるけどさ、お見合いをしてもみんな恐れをなして逃げ出してしまうんだ」

 それを聞いて、トオゥが小さく吹き出す。予想通りだったのか、それとも、予想外だったのか。とにかくつい顔をほころばせてしまうような話だったことは確かだ。

「すいません、失礼しました」

 つい笑ってしまったことを詫びるトオゥに、ピングォは笑って返す。

「いいんだって。こんなの、笑い話にでもしないとやってられないよ」

「ふふっ、そうですね」

 お互いにいい年なのに結婚してないなんて、自分より周りが大変そうだと言う話をして笑い合う。伴侶がいないというのはたまに心細く感じることはあっても、これはこれで気楽なものだし、快適な状態ではあるのだ。

「でも」

 ふとピングォが言う。

「跡継ぎのこととか出されると、さすがに弱いんだよね……」

 悩むような素振りを見せると、トオゥもまた溜息をつく。

「私は跡継ぎのことはあまり言われないのですけれど、早く嫁に行って欲しいと、両親からは言われますね……」

「難しい問題だねぇ……」

 きっとこれは、ピングォもトオゥも、お見合いに来た適当な男で妥協すれば解決する話なのだろう。けれどもそんな解決法は、ふたりとも望んでいないのだ。

 女の身というのも、なかなかに面倒なものだなと思った。

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