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第三十三章 弟が来た月見酒

 昼間の日差しも厳しくなり、夜になって涼しくなるのが恋しくなる頃。この日の夕食後、ピングォは自宅の庭で空に浮かぶ満月を眺めながら涼んでいた。

 肌を撫でる夜風を感じながら見る月は、心なしかいつもよりも大きい気がする。もっとも、普段はこうやって夜空を見上げると言うことはしないので、実際に大きく見えるのか、自分が持っている印象よりも大きいだけなのか、その違いはわからないけれども。

 庭にある椅子に座りながら、食台に肘をついて思う。折角のゆったりした時間なのだから、お茶を用意させても良かったかも知れない。そう思って周りを見渡すと、灯りを持ったジーイーと一緒に籠を持ったウーズィがやって来た。

「ふたりともどうしたんだい?」

 呼ぼうかと思っていたので丁度良いと思いながらも、呼ぶ前に来たと言うことは何か用事があるのだろう。そう思って訊ねると、ジーイーが答える。

「ジュイズ様がこちらの月餅を持ってお戻りになりました」

「ジュイズが?」

 ピングォはジーイーが指し示したウーズィの持っている籠を受け取ってみてみると、中には確かに月餅が入っているのを確認した。月餅はそこそこの数入っている。それならばと、ピングォはジーイーに五人分の酒と杯の準備をするようにと、ウーズィにはジュイズとチュンファンを連れてくるようにと指示を出す。

「みんなで宴会ですか?」

 にこにこしながらそう訊ねてくるウーズィに、ピングォはにっと笑って返す。

「こんなに良い月が出てるんだ。これを肴にしないわけにはいかないだろう」

 それから、早く準備をしておいでと言ってふたりを見送る。心なしかジーイーとウーズィの足取りは軽いように見えた。

 またひとりでしばらく月を眺めていると、がやがやした話し声と足音が近づいてきた。そちらの方に目をやると、灯りを持ったウーズィを先頭に、何人かが付いてきているようだった。灯りは小さくて全員ははっきりとは見えないけれども、おそらく、足音の大きさと聞こえてくる声からしてチュンファンとジュイズもいるのだろう。ウーズィ達がピングォに近づくと、大きな声でピングォに声を掛ける者がいた。

「姐さん! 今日は飲みですか!」

「そうだよ。はやくこっちにおいで」

 ピングォの言葉に、ウーズィを追い越してピングォの元に来る大男。やはり彼はチュンファンだった。手には酒が入った大きな徳利を持っているけれども、これはジーイー一人に持たせると大変だと判断して手伝ったのだろう。

 チュンファンに続いて、ウーズィとジュイズ、それに酒の入った徳利と杯を持ったジーイーがピングォの元に来る。ジーイーが酒と杯を食台の上に乗せると、ピングォは全員に座って良いと椅子を勧める。それから、全員が椅子について各々杯に酒を注ぎはじめた。

「ところでジュイズ、近頃はどうなんだい?」

 ピングォが正面に座ったジュイズにそう訊ねると、ジュイズは得意げな顔をして答える。

「実はね姉さん。最近は俺の書いた詩歌が金持ち達によく売れるんだ」

「なるほどね。というか、売れないと生活できないだろう? 今まではどうしてたの?」

 今までは売れていなかったのかというピングォの疑問に、ジュイズは朗らかに笑って答える。

「今まではまぁ、厳しい感じだったけど、山に籠もって畑いじりをしながら生活する分にはまぁって感じだったなぁ」

「そうなんだ」

 ピングォは、ジュイズがこの家を出てからの生活のことをほとんど知らない。実の弟なのに、ほんとうに知らないことが多いのだ。

「いまのうちにお金をいくらか貯めたいけど、別に貯めなくても、山の生活をする分にはそんなに困らないんだよね」

 楽しそうにそう語るジュイズを見て、ピングォは少しだけ寂しくなる。ジュイズはもうすっかり隠遁生活に慣れてしまっていて、もう自分が住むこの家に帰ってくる気がないのではないかと思ってしまうのだ。

 しんみりしてしまったピングォの様子を感じ取ったのか、隣に座っているチュンファンがピングォの杯になみなみと酒を注いで言う。

「姐さん、久しぶりにジュイズ様が帰ってきたんだ。一緒に楽しみましょう」

 少しだけ頭を低くしてそう言うチュンファンに、ピングォは笑って返す。

「そうだね。月も綺麗に出てるし、ぱーっとやろう」

 そう言って、先程から静かなジーイーとウーズィの方を見ると、ジーイーはジュイズとウーズィの杯に酒を注ぎ、ウーズィはジュイズが持って来たという月餅を頬張っていた。

 その様を見て、ピングォは思わず吹き出す。

「ウーズィはまたそんな頬張って。ほんとうにくいしんぼうだね」

 そう言われたウーズィは口の中のものを飲み込んで、にこにこ笑いながら返してくる。

「だって、この月餅は美味しいですから」

 そんなに夢中になる月餅ならと、ピングォもジーイーもチュンファンも手を伸ばす。しっとりとした皮の中にどっしりとした餡が入っていて。確かにこれは美味しい。美味しいけれども、これだけで食べ続けるのはなかなかにつらい。ピングォは月餅を酒で流し込み、ジュイズに訊ねる。

「この月餅は買って来たやつ?」

「そうそう、買って来たやつ。街で美味しいって評判のお店のを買ったんだよ」

「評判のねぇ」

 そんなお店の月餅をこんなに買ってこられるだなんて、近頃ジュイズの書いた詩歌が金持ちに売れているというのは本当なのだろう。

 ふと、ジーイーが極小さい声で呟いた。

「ジュイズ様は……」

 ピングォに聞き取れたのはそれだけで、他の三人は聞こえていたかどうかもわからない。ジーイーは何を言いたかったのだろう。寂しそうな顔をしていたので気にはなったけれども、ジーイーが自分から言い出すまでは訊いてはいけないような気がした。

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