第三十一章 縄張り争い
日差しが強くなりはじめ、乾いた風が吹く頃。先月紅毛人の船が出航したのでピングォがいつもより少ない書類を前にのんびりしていると、誰かが扉を叩く音がした。
「入りなさい」
ピングォが返事をすると、頭を入り口にぶつけてから入ってきたのは慌てた様子のウーズィだった。ウーズィがこんな様子を見せるのは珍しいのでピングォは驚き、何があったのかを訊ねる。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
するとウーズィは、余程緊迫しているのかいつもより強い口調でこう言った。
「実は、この街の下町でいざこざが起こってるみたいなんです」
「いざこざ?」
それを聞いてピングォはきょとんとする。下々のことは下々に任せて解決させるのがいいと思っているからだ。けれどもウーズィはこう続けた。
「もうそのいざこざは数日にわたっていて、暴動と呼べる状態にまでなってしまっています。このまま放っておけば、ピングォ様にもいずれ危害が加えられるのではないかと思いまして」
「なるほど」
暴動となると話は別だ。暴徒となった者達は、どこに何をするかわからない。そう、日頃鬱憤が溜まっている金持ちの家や官僚の家を襲いかねないし、ピングォの屋敷もその対象に入るだろう。ウーズィの話を聞いていると、暴動を抑えるために国はまだ動いていないようだ。できれば国が動くのを待ちたいけれども、悠長に待っているわけにはいかない。襲われる前に解決しなくてはいけないのだ。
ピングォが髪を纏めている簪を手でいじりながら悩んでいると、ウーズィが溜息交じりにこう続けた。
「実は、チュンファンがここ数日、暴動を抑えようと出ていって傷を作っているんです」
「なんだって?」
それを聞いてピングォはまた驚く。チュンファンにそう言う命令を出した覚えはない。勝手にそう言う行動を取っているだけなのだ。
チュンファンには後で勝手なことをしないようきつく言わないとと思いながら、それでも自分の配下が手を出されたのを見過ごすわけにはいかない。ピングォはウーズィにチュンファンを呼んでくるよう命じる。急ぎの用だというのを察したのか、ウーズィは一礼をして部屋を出て駆けだしていった。
それから少し待って、大きな足音が聞こえた後に、扉を叩く大きめの音が聞こえた。チュンファンが来たのだろう。
「入りなさい」
扉の外にそう返事を返すと、身をかがめて入ってきたのはやはりチュンファンだった。ウーズィが言っていた傷というのは一見わからないけれど、よく見てみると服から出ている手の甲や頬の当たりに細かい傷がある。
「ウーズィから話を聞いたよ」
気迫を込めたピングォの言葉に、チュンファンは身を縮める。
「最近街で暴れてるやつらとやり合ってるんだって? そう言うことを私の許可なしにやられたら困る」
するとチュンファンは、じっとピングォの方を見て、縋るようにこう言う。
「だって姐さん、あいつらを放って置いたらうちのシマのやつらがどんな目に遭うか……放っておけないんです」
チュンファンはいまでも、舎弟にとっていい頭であり兄貴分なのだろう。それはピングォもわかってる。だからチュンファンにこう返した。
「あなたの立場もわかるよ。だけど私の許可がないとこの屋敷の私兵は使えないだろう?
今から私兵をつれて行って良いって言う許可を出すから、それで不届き者どもを静めてきな」
「姐さん……!」
表情を明るくするチュンファンに、ピングォはにっと笑って言葉を続ける。
「うちの配下を傷つけられて、黙ってるわけにもいかないんでね。
これは命令だ。街で暴れてる暴徒を制圧しなさい」
「はい!」
大声で返事をしたチュンファンは、早速部屋から出て駆け出していく。おそらく私兵達に声を掛けに言ったのだろう。
これで下町がまた落ち着けば良いのだけれどと、ピングォは思ったのだった。
チュンファンに下町の暴徒を制圧するよう命じて数日後。チュンファンはしっかりとその命令を遂行した。チュンファンは自分の縄張りを守れたと喜んでいたし、ピングォもウーズィが懸念していた自分の身の安全を守れて安心だ。そしてそれ以上に、暴徒達の話は宮廷にもいっていたようで、宮廷や皇帝の手を患わせずに不安の芽を潰し、不穏分子を引き渡したとして、ピングォは報酬をもらっていたのだ。それなりに大きい額の報酬だったので、ピングォはチュンファンの出した成果に満足も満足だった。
ピングォは騒ぎが一段落したお祝いにと、チュンファンとその部下を呼び出して庭で酒宴を開いた。今回はジーイーとウーズィは酒宴には加わらず、酒やつまみを持ってくる給仕として付きそうだけだ。そう、今回の主役は、チュンファンとその部下なのだから。
「ほら、チュンファン飲みな!」
「姐さん、ありがとうございます!」
今回は荒くれ者が集まっているからか騒がしい宴会だけれども、チュンファンだけでなくその部下もやったことが報われたという達成感があるように見えた。
酒を飲んで、つまみを食べて、宴もたけなわとなった所でピングォがチュンファンに言う。
「ところであなた、縄張りが心配なのはわかるけど、私に何も言わずに飛び出すんじゃないよ」
「あの、その、申し訳無いです」
すこししゅんとしてしまったチュンファンの頭をわしわしと撫でてピングォは宥めるように言う。
「縄張りが荒らされたら早めに私に言うんだよ。とりあえず、私兵を使って良いかどうか考えるから」
「姐さん……ありがとうございます!」
こうして、荒くれ者達の酒宴は日が暮れるまで続いたけれど、功績を挙げたときはこういうことがたまにはあっても良いだろうと、ピングォは思うのだった。




