第三十章 仲良しのお茶会
緑も鮮やかで爽やかな風が吹くようになった頃。丁度今月は紅毛人達の船が出航していった頃合いで、ピングォの仕事も一段落付いたところだった。
今年は先月の景徳鎮のことだけでなく、駆け込みでいろいろと都合しなくてはいけないことが多く、ピングォはすっかり疲れてしまっていた。
いつまでも疲れているわけにはいかないので、今日は思い切って休養に充て、体力の回復に努める事にしている。長椅子に横になり、うとうととする。少しの間だけ目を閉じで眠気に目を委ね、それが少し引いたところで目を開ける。それを見計らったかのように、扉を叩く音がした。
「入りなさい」
少しぼんやりした声でそう返すと、入ってきたのは、紫がかった茶色の急須と茶杯を乗せたお盆を持ったウーズィだった。
「いつもお疲れ様です。今日はゆっくり休んでくださいね」
「ああ、ありがとう」
横たえていた体を起き上がらせ、ピングォはウーズィが淹れたお茶を飲む。ほっと一息ついていると、今度は窓を叩く音が聞こえた。もしやと思って窓の方を見ると、いつものように逆さまになって部屋の中を覗き込んでいるコンがいた。ウーズィに窓を開けさせてから、ピングォはコンに声を掛ける。
「入りなさい。今日は何の用?」
すると、コンはひらりと部屋の中に入り、持っている蓋付きの籠をピングォに見せた。
「今日は玫瑰餅を作って来たんだ。良い薔薇が採れたからさ」
「へぇ、それは良いね」
今回コンが持ってきている籠は、少し大きめだ。その中に玫瑰餅が入っていると言うことは、そこそこの数があるのだろう。
コンから籠を渡されて中身を見たピングォは、心なしかそわそわしているウーズィに声を掛ける。
「お茶の用意をしてきてくれるかい? コンとあなたとジーイーの分」
それを聞いたウーズィの表情がぱっと明るくなる。
「わかりました。兄さんも連れてくるんですよね?」
お菓子の予感に期待を膨らませている様子のウーズィに、ピングォはその通りだ。と返す。偶にこうやって休んでいるときくらい、兄弟分のウーズィやジーイー、それと客人のコンと一緒にお茶を飲むくらい許されるだろうとピングォは思ったのだ。もっとも、この面々でお茶や酒を飲むというのは今に始まったことでは無いけれど。と、心の中で苦笑いをしはしたけれども。
ウーズィがお茶の用意をしにいっている間に、コンに部屋の隅に置かれている倚子をみっつ、食台に付ける様に指示を出す。みっつ並んだ椅子の左端のものにコンは腰掛けた。
「それにしても、あなたもまめにお菓子持ってくるね」
籠の中の玫瑰餅を見てピングォがそう言うと、コンは楽しそうに笑って答える。
「人間の食べ物を作るのは楽しいからな。
それに」
「それに?」
「兄ちゃんが人間の食べ物が好きなんだよ。
だから、こういうの作ってると、なんとなく、兄ちゃんが早く帰ってくるんじゃないかなって気がするんだ」
「なるほどね」
コンの兄は、数年前に海を隔てた東にある、日出ずる国に探し物をしに行ってしまったのだという。人間でも大変な旅路だけれども人間でないコンの兄は、無事に探し物を見つけて帰ってくることが出来るのだろうか。人間に比べて、その旅路が容易なものであることを、なぜか願わずにはいられないのだ。きっとそれは、コンに気づけば親愛の情を抱いていて、その兄も無事でいて欲しいという気持ちからなのだと思う。
なんとなくしんみりとしていると、扉を叩く音が聞こえた。ウーズィがジーイーを連れてきたのだろう。
「入りなさい」
返事を返して、入ってきたのはやはり、茶器を持ったあの兄弟だった。ジーイーが全員分の茶杯にお茶を注ぎ、お茶を飲みながらみんなで玫瑰餅を囓る。軽い歯触りの皮に花の香りが芳しい赤くて甘い餡は疲れをほぐしてくれるようだ。
おいしいお菓子に、ウーズィも上機嫌な様子。それを見てか、ジーイーが珍しくこう呟く。
「コンがうちの厨房にいてくれたら良いのに」
それを聞き逃さなかったコンが、にやっと笑う。
「おう、バケモノが厨房にいて良いのか?」
するとジーイーは顔を赤くして顔を背ける。
「ま、まぁ、バケモノでも、コンの作るお菓子やごはんはおいしいし……」
ふたりの様子を見て、ピングォは思わず微笑ましくなる。少しずつ打ち解けている気がするのだ。
一方のウーズィは、玫瑰餅を食べるのに一生懸命だ。この子はいつもこうやって、食べる事に一生懸命だけれども、食が細いよりは安心だとピングォは思っている。
四人でお茶を楽しんでいると、扉を叩く音が聞こえた。今度は誰が来たのだろうと思いながら返事をする。
「入りなさい」
その声に、そっと扉を開けて隙間から覗き込んでいるのは、意外なことにチュンファンだった。心なしかいつも威風堂々としているたてがみのような髪が寝ているように見えて、ああ、仲間に入れてもらえなくて寂しかったのだなとピングォは察する。
「ほら、入っておいで」
手招きをして優しくそう言うと、チュンファンは少し身を縮こまらせてピングォのところにやって来た。
「姐さん……」
「ごめんごめん。あなただけ仲間はずれにして」
しゅんとしているチュンファンを自分の隣に座らせ、ピングォはわしわしとチュンファンの頭を撫でる。それから、玫瑰餅をチュンファンにも勧めた。玫瑰餅の効果か撫でられているからか、チュンファンの表情が明るくなる。
いつもは厳ついのに、案外甘えん坊なんだなと、ピングォは思わず笑みを零した。




