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第三章 喪の絨毯

「うわぁ……」

 それを見てピングォは思わずそう呟いた。

 それを運んできたのは、広州からやって来た買弁だ。いつも色々な輸入品を買ってくれているピングォならなんとかしてくれると思ったのだろう、彼はピングォですら顔をしかめるそれを持って来た。

 ピングォの前に広げられているのは、紅毛人がこの国に持ち込んだ絨毯だ。普通なら絨毯はそれなりにこの国の富豪に人気のある物なのだけれども、今回持ち込まれた、この緑と青で染められた絨毯は他に買い手が付くはずもなかった。

「なんでこんな縁起の悪い色で染めてあるんだい!」

「いやはや、それは紅毛人のやる事ですから……」

 ピングォの一喝に、買弁はしどろもどろになる。それはそうだろう、緑と青は喪の色だ。そんな物を買わされた行と、売り手がいるだろうと頼られた買弁も困り果てているのだ。

 困り果てた買弁がピングォを頼りたい気持ちはわかる。売れないと生活が出来ないと言うのももちろんだけれども、縁起の悪いこの絨毯を手元に置いておきたくはないだろう。

 ピングォは広げている絨毯を見て溜息をつく。

「わかった。それは私が買い取りましょう」

「本当ですか!」

「ただし、今回だけだからね。こういうのはそもそも買わないように、行の方に言うように」

「わ、わかりました!」

 絨毯の価格を確認し、買弁に代金を渡す。正直なところ、こうやって紅毛人に無理矢理商品を買わされて困っている行は一ヶ所や二ヶ所ではないし、買弁になれば人数はもっと多い。紅毛人の振る舞いは横暴と言っても言いすぎではないことが多いのだ。

 買弁が去ったあと、絨毯を見つめてこれをどうするべきかどうか考える。喪の色の絨毯を普段使いするわけにはいかないし、今まさに喪に服すという家でもなければ欲しがる客はいないだろう。

 かと言って、いずれ自分の両親が亡くなるとして、その時の葬儀用に取っておくのもそれこそ縁起が悪い。まるで両親の死を待っているかのようではないか。

「……どうすんのこれ」

 縁起の悪いものだけれども、それなりに値段が張る物なので、簡単に打ち棄てたり燃やしたりするのはそれはそれで癪だ。最低でも一回は使ってからでないと捨てる気にはならない。

 今まで買弁からいろいろな物を買ってきたけれども、こんな事ははじめてだ。紅毛人がこの国に持ち込む絨毯や羊毛の布は、もっと明るい色が多かったはずなのに。

 思わず頭を抱えていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。いつもより音が強めなので、なにか差し迫った用事があるのかも知れないと、ピングォは硬めの口調で返事をする。

「入りなさい」

 扉を開けて入ってきたのはジーイーと。それよりも頭半分大きく、緑色に黄色い光が浮かぶ髪を短くまとめている男だ。

「おや、今回はウーズィも一緒かい? 兄弟揃ってどうしたの」

 ピングォがそう訊ねると、一瞬部屋の中に広げられた絨毯を見たウーズィが半歩引いてジーイーの後ろに隠れる。その様子を見て、ただならぬことがあったのだなとピングォは察する。

 ジーイーが肘でウーズィを小突いてから頭を下げてこう言った。

「実は、僕達の本当の両親が亡くなったと連絡が来まして」

「あなたたちの?」

 ジーイーの言葉にピングォは驚く。このふたりの両親から便りが来たという話を聞く事自体、今まで無かったことで、ジーイーの後ろで縮こまっているウーズィも、ピングォにこの報告をすることに戸惑っているだけでなく、両親の報せを受けてどうすればいいのかわからないでいるのだろう。普段は落ち着いているジーイーも、心なしか声が震えている。

 長らく顔を見ていなかったとはいえ肉親はやはり肉親だ。ピングォはふたりに訊ねる。

「両親の葬儀に行きたいの?」

 すると、ジーイーは決めかねるという顔をしたけれども、ウーズィが控えめな声で答える。

「できれば、行きたいです」

 それを聞いたジーイーが、ウーズィの方に向き直ってわしわしと頭を撫でる。きっとウーズィと気持ちは一緒だけれども、どこかまだ迷いがあるのだろう。

 ふたりの様子を見て、ピングォはこう返す。

「わかった。しばらくふたりに休みを出しましょう」

 ジーイーがピングォの方に振り替える。心なしか目が潤んでいた。

「実はね、さっき買弁からその絨毯を買わされてね。

喪の色だなんて縁起が悪いと思ってたけど、あなた達がそういう事情なら丁度良い。その絨毯を持っていきなさい」

 ピングォの言葉にジーイーもウーズィも驚いたような顔をして礼をする。それから、お礼の言葉を言い、絨毯を丸めて持って部屋から出て行った。

 ふたりを見送って、ピングォは安心した気持ちになる。誰かが死ぬことはめでたいことではないけれども、どうするべきか悩んでいた絨毯の使い道が見つかったのは本当に良かった。

 しかし、それはそれとしてこういう輸入品ばかりでは困る。紅毛人達には、もっとこの国に役立つ物を持って来てもらわないと。

 紅毛人は、この国から奪うようにお茶や陶磁器、絹や綿を買って行くばかりだ。この国なくして紅毛人達の国は成り立たないのではないかと言うほどに。

 皇帝はこの実情を知っているのだろうか。知った上で、朝貢品と銀が入ってくるから良しとしているのだろうか。

 それはピングォの知るところではないのだった。

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