第二十七章 久しぶりの弟
身を切るような寒風が吹き、蝋梅の花が芳しい香りを漂わせる頃。この日ピングォは、蝋梅を摘みに来たコンと一緒に自宅の庭を散策していた。
「あなたねぇ、蝋梅は自宅近所で手に入らないのかい?」
籠にいくつもいくつも蝋梅の花を放り込んでいくコンにそう訊ねると、コンはがさりと籠を揺らして言った。
「まぁ、俺のうちの近くでも採れるけど、あんまり群生してないから、量集めるとなると大変なんだよ。それに」
「それに?」
他に何か理由があるのか。そう思っていると、コンがにやっと笑う。
「どうせピングォも食べるだろ? 蝋梅蜜」
その言葉を聞いて、いつか食べた蝋梅蜜の味を思い出す。清々しい香りと水飴の甘さ。なかなか味わえない美味だ。
「そうだね。私も食べるし、ウーズィも期待してるだろうしね」
「あいつもくいしんぼだからなー」
そんな話をしている間に、コンは必要な分だけ蝋梅を摘み終わったようだ。もう帰っても良いのだろうけれども、コンはもう少し、この庭を眺めていくと言う。ピングォもそれに付き合う事にした。
籠に摘んでもまだ沢山咲いている蝋梅が、甘く清々しい香りを放つ。これはこの季節だけのもので、春を待つ季節のものだと実感する。
ふと、どこからかピングォを呼ぶ声がする。なにかと思って見渡していると、ジーイーが誰かを連れて走ってきた。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
息を弾ませているジーイーにそう訊ねると、少し離れた所でジーイーの後を追ってきている男を指してこう言った。
「ジュイズ様が久しぶりにお戻りになりました」
「ジュイズが? あ、本当だ」
ジュイズというのは、ピングォの実の弟だ。文士になると言って家を飛び出し、普段はこの街の近くにある山の中で、詩歌を詠みながら自給自足の生活をしている。
そんな彼が、息を切らせ、肩より延ばした黄色い髪を揺らしながら駆け寄ってくる。
「姉さん久しぶり!」
「あなたも久しぶりだね。もう二年は顔を見せてないだろう」
こんなに長い期間ジュイズが顔を見せなかったのは珍しいので、ピングォとしては怒りたいような嬉しいような、複雑な気持ちだ。
姉弟で再会を喜んでいると、ジュイズがピングォの隣に目をやり、両手を挙げて声を上げる。
「コンも来てたのか! これは調度いいや、一緒に飲もう!
ね? 姉さんいいよね?」
ジュイズは帰ってきてだれか親しい相手を見つけるとすぐこうだ。ピングォは苦笑いをしながら答える。
「私は別に良いけど、コンはどうかな?」
ちらりとコンの方を見てそう言うと、コンは籠を持っていない方の腕でジュイズの肩を抱いて答える。
「お前に会うのは久しぶりだもんな。
ピングォも良いって言ってるし、飲もう飲もう!」
その様子を見て、ピングォは思わず微笑ましくなる。
「それじゃあジーイー、悪いけどお酒をもってきてくれないかい?
私たちはこの中にいるから」
「かしこまりました」
酒を持ってくるよう命じられたジーイーがその場を離れると、ピングォはコンとジュイズを連れて庭の中に設置されている食台と椅子の方へと行き、腰掛けた。庭で酒を飲むと言えば、おおむねこの場所である事が多いから、ああ言っておけばジーイーにはピングォ達がどこにいるのかすぐにわかるだろう。
酒が運ばれてくるまでの間、ピングォはジュイズに色々と訪ねる。なんで帰ってこなかったのかだとか、どうしていたのだとか、そんなことだ。一方のコンは、そういったことを訊ねない。興味が無いのか、訊ねるのはやめた方が良いと思っているのか、どちらなのかはわからないけれども。
そうしている内に、声が聞こえてきた。声の方を向くと、酒が入っているだろう徳利を両脇に抱えているウーズィと、杯の入った籠を左手に持ち、右腕に徳利を抱えたジーイーがやって来た。
「お待たせしました」
ジーイーがそう言って、杯をピングォとジュイズ、コンに渡していく。それから徳利を食台の上に置くと、ウーズィも同様にして徳利ふたつを食台の上に置いた。
「ああ、ありがとう」
ピングォがそうふたりをねぎらうと、ジュイズも軽く礼を言った後、早速徳利を握ってピングォとコンの杯に酒を注いでいく。その次に自分の杯に酒を注いでいるのだけれど、溢れるのではないかというほどたっぷりと注ぎ込んでいる。全員の杯に酒が注がれたところで、乾杯をする。ジュイズが気遣ったのだろうか、ピングォの杯に入っている酒の量は控えめだったので、すぐに飲み干せた。
そこから先は大変だった。ジュイズもコンも後から後から酒を飲む。ジーイーとウーズィに厨房との間を何往復かして貰って、いくつも徳利を用意したり、空の徳利を下げさせたりすることになった。
ジュイズは本当に斗酒学士だなとピングォは思う。家を飛び出す前にも何度か酒の飲み過ぎでやらかしているし、それは今も変わらないのかと思うと、溜息も出ようというものだ。
しかし、ジュイズはその事に気づく様子もなく、次から次へと酒を飲む。既に顔は真っ赤だった。
ふと、ピングォが訊ねる。
「そういえば、ずっと帰ってこなかったのに、今回帰ってくる気になったのはなんでなの?」
その疑問に、ジュイズは困った顔をして答える。
「実は、皇帝陛下から書くように頼まれていた物語が書き上がったから、献上しに行かなきゃいけないんだよ」
「なるほど?」
それなのにこんなに飲むのかとピングォは呆れたけれども、今晩は家に泊まって明日皇帝の元へ行くとジュイズは言っている。本来ならば家よりも先に皇帝の元へ参じるのが筋なのだけれど、身嗜みを整えたりだとか、そう言うことが必要だというジュイズなりの考えだろう。
皇帝の命とは言え、ジュイズが久しぶりに家に来てくれたのは嬉しい。ピングォはもちろん、仲の良いコンと会うのも久しぶりなはずだ。
こういう日がいつまで続くかはわからないから。今いっとき、交友を深めるのも悪くはないだろうと思った。




