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第二十五話 景教徒の歌

 年末も近づき、慌ただしい雰囲気が街を包む頃。この日ピングォは部屋で夕飯の後のお茶をゆっくりと楽しんでいた。

 茶杯が空になると、そばに控えているジーイーがそっとお茶を注ぐ。けれども、様子を見てみると、なにやらぼんやりとしている。一体何があったのだろうか。もしかして体の調子が悪いのだろうかと、ピングォは心配する。ジーイーはうっかりすることはあっても、こうやってぼんやりとしていることは少ないから尚更だ。

 宙を見ているジーイーにピングォが訊ねる。

「ぼんやりしてるけど、なにかあったの?」

 するとジーイーははっとして、頭を下げてから言葉を返す。

「申し訳ありません。つい、考え事をしてしまいまして」

「考え事?」

 一体何を考えていたのかを聞くと、ジーイーはこう答えた。

 昨日の夜、用事があって街に出たら、景教徒ととおぼしきひとたちが、いつも集っている建物の周りで蝋燭を持って歌を歌っていた。その旋律は明らかにこの国のものではなく、そして歌っている言葉も聞き慣れないものだった。その時の言葉がどこの国のものなのか、一体何を歌っているのか、それが気になったのだという。

 そう語るジーイーの表情には、心なしか憧れが見られた。ジーイーも、タオヅの様に西の国のものに心を奪われたのか、それともただ単純に、知らない言葉がわかるようになりたいというただそれだけのことなのか、ピングォにはわからない。

 ジーイーはぽつりと、あんなにきれいな蝋燭の灯は見たことがないと呟く。それを聞いてピングォは、お茶で口を湿らせてからまた訊ねる。

「あなたも、景教徒の中に混じりたかったのかい?」

 すると、ジーイーは戸惑った様子ですこしまごついてから言葉を返してきた。

「わからないです。でも、景教徒の人達は、僕達の知らないなにか尊いものを持っているんだなって思ったんです」

「なるほどね」

 景教徒が持っている尊いものというのが何なのか、ピングォにはわからないし想像も付かない。けれども、わかる必要はないのだろう。彼らの生活を揺るがしたり、壊したりしない限りは。こちらはこちらで皇帝という尊いものを掲げて生活をしているけれども、景教徒はそれを否定したりはしない。そこはお互い様なのだ。

 ふと、ピングォは思う。ジーイーが聞いた景教徒の歌。それをもしコンが聞いたら、一体何を歌っているのかわかったのだろうか。もしわかったとして、それを聞いたジーイーはどうするのだろう。景教徒が大切にする尊いものを理解するのだろうか。

「あ、お茶がなくなりましたね。新しく淹れて参ります」

「ああ、おねがい」

 気がつけばお茶を飲み干していた。こう寒い日の夜は、温かいお茶が恋しくてついすぐに飲んでしまう。

 紫色がかった茶色の急須を持ってジーイーが部屋から出て行く。それから戻ってくるまでの間、ピングォはぼんやりと考え事をしていた。

 西の国に憧れるひとを時折見るけれども、それは西の国のものに間接的にとは言え触れたことのあるひとだけだ。では自分はどうなのだろう。西の国のものに沢山触れて、西の国に渡す物を沢山工面して、こう言った仕事をしていない一般の人よりは西の国に親しんでいるはずだ。けれども、憧れがあるかと言われるとそれは難しい。自ら西の国に行く気はないし、西の国のものに魅力を感じると言うことも少ないのだ。悩まされることは、ままあるけれど。

 そんなことを考えていたら、扉を叩く音がした。

「入りなさい」

 お茶を淹れたジーイーが来たのだろうなと思って返事をすると、入ってきたのは先程の急須を持ったジーイーと、なぜかその後ろに付いてきているウーズィだった。よく見るとウーズィは手に胡弓を持っている。

「お待たせしました」

 そう言ってジーイーが机の上にある茶杯にお茶を注ぐ。それを見てから、ピングォはウーズィに目をやって訊ねる。

「ところで、ウーズィは胡弓なんて持って来てどうしたんだい?」

 すると、ウーズィはにこにこしながらこう答えた。

「実は、景教徒の方に異国の曲を教わったので、ピングォ様に聴いていただきたくて」

 それを聞いて、ピングォは少し驚いた顔をしてから少し考える。それは、ジーイーが聞いた物と同じものなのかと。考えたけれども、それはさておいても好奇心が勝った。

「異国の曲? なるほど、聴いてみようか」

 ピングォがそう返すと、ジーイーはその場に座り込んで胡弓を抱え込むように構える。左手の指で長い首に張られた弦を押さえ、右手で持った弓で弦を擦る。音色そのものは聞き慣れたものだったけれども、奏でられる旋律は、ピングォが初めて聴くものだった。

 これが景教徒達の歌う歌なのかと、ピングォは思う。そして、この曲を良い物とするのか、取るに足らないものとするのか、その判断は難しい。聞き慣れない旋律を撥ね除けてしまいたい気持ちと、もっと聴きたいという気持ち、両方が心の中にあるのだ。だけれども確実に言えるのは、この様に見事に演奏してみせるウーズィの胡弓の腕は確かだと言うことだ。

 演奏が終わり、立ち上がったウーズィに、ピングォはにっと笑って言う。

「あなたもこんな事ができるなんて、一度は皇帝陛下に演奏を捧げないといけないかもねぇ」

 それを聞いたウーズィは縮こまって恐縮している。

 西の音楽を受け入れられるか否か、それはピングォの中ではまだわからなかったけれども、ウーズィの演奏が素晴らしいものだということだけはよくわかったのだった。

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