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第二十四章 西の国の刺繍

 すっかり冷え込むようになり、温かいお茶が恋しくなった頃。この日ピングォは先日買弁から依頼された、確保しておきたい輸出品の一覧を見てぼんやりとしていた。

 ピングォが確保を頼まれた輸出したい品は、この国の刺繍物だという。以前来たときは南京の爛板もピングォの手持ちから分けたけれども、今回は自力で、もっと沢山の爛板を南京で確保すると買弁は息巻いていた。あの様子からすると、余程以前渡した爛板と刺繍物が紅毛人に高く売れたのだろう。もっとも、あの時の買弁との取引はピングォとしても悪いものではなかった。買い付けたときよりもだいぶ高値で爛板が売れていったのだから。刺繍物も、目の前でやりとりをしていたわりには高く売れた。これはなかなか言い商売だと、そう思ったものだ。

 そう思いながらふと目を上げて扉の方を見ると、誰かが叩く音がした。

「入りなさい」

 いつものようにそう返事をすると、入ってきたのは紫がかった茶色の急須とふたつの茶杯を乗せたお盆を持ったウーズィと、その後ろに隠れるように立って大きな籠を持っているいるトオゥだった。

 そのふたりを見て、ピングォは持っていた一覧を机の上に置き、長椅子に移動する。それを見たウーズィが茶器を長椅子の前の食台に置き、部屋の隅にある椅子を食台の前に付けて、茶杯ふたつにお茶を注ぐ。清々しい香りが立ち上る中、ピングォがトオゥに言う。

「どうぞ、そこにかけて」

「はい。お言葉に甘えて」

 トオゥはすすめられた椅子に腰掛け、大きな籠を横に置く。それから、差し出されたお茶をピングォと一緒にひとくち飲んだ。

「今日も刺繍物を持って来てもらっているけれど」

 ピングォがトオゥに言葉をかける。トオゥはちらりと隣に置いた大きな籠を見てこう返した。

「はい。またお持ちしております。早速ご覧になりますか?」

「そうだね。見てみたい」

 そのやりとりを見てか、まだ部屋の中にいたウーズィが茶器を食台の端に寄せ、それから一礼をして部屋から出て行った。

 食台の上が広くなったので、トオゥに籠を乗せてもらう。その中からピングォは、一枚一枚刺繍された布を見て目を見張る。やはり、トオゥの刺繍は細かくて出来が良い。それは前からのことなのだけれども、毎回新しい物を見る度に腕が上がっているような気さえするのだ。こんなに細かい刺繍をするのは、ひどく時間と気力を使うだろう。そう考えて、ピングォはどの程度この刺繍に値段を付けるか考える。もちろん、トオゥに支払う分の金額をトオゥに提示してもらってからでないと、買弁に売るときの値段は付けられないのだけれど。

「いいね。全部買い上げよう」

「ありがとうございます」

 見ていた刺繍物をすべて籠の中に戻し、ピングォはその籠を自分の隣に置く。あとでこれを一旦蔵に入れさせて、それからこの籠をトオゥに返さなくてはいけない。

 それからピングォとトオゥのふたりは、お茶を飲みながらこの刺繍物をいくらで取引するかという話をする。やはり手の込んだものだからかトオゥが提示する金額はなかなかのものだ。けれども、それを支払ってでも買弁はもっと高値で買っていくだろう。そう判断したピングォは、トオゥの言い値で買うことを了承した。紅毛人は値切りたがると買弁は言っていたけれど、どうせ他では買えないのだ。ここは強気の値付けでいって大丈夫だろう。

「紅毛人は」

 ふと、トオゥが呟く。

「なぜこんなにもこの国のものを欲しがるのでしょう。

我々のように、自国で作られるものでなぜ満足しないのでしょう」

 それを聞いて、ピングォもはっとする。いままで考えたこともなかったけれども、なぜここまで紅毛人は、向こうからすれば異国であるこの国のものを求めるのか。それの本当の理由というのは何なのだろう。以前買弁が言っていた、異国情緒と言う言葉だけでは言い表せない、なにかもっと深い理由があるのかもしれない。

 この国に住んでいる臣民は、他国のものを求めるという事は少ない。せいぜい皇帝が華やかな朝貢品を多少求めるくらいで、おおむねはこの国のもので満足しているのだ。

「それは、考えたことがなかったねぇ」

「そうなのですか? 私はてっきり、ピングォ様は紅毛人が求める理由をご存じの上で、はからっているのだと思っていたのですが」

「それは……ははは……」

 ピングォはその辺りのことを深く考えず、ただ売れるから、商売になるからと言う理由で中継ぎをしていたのだ。もしかしたら、自分の両親もそうだったのかもしれない。

 トオゥがピングォの横に置かれた籠を見て言う。

「紅毛人は、西の国のひとは刺繍をしないのでしょうか」

「うーん、それはどうなんだろうね」

 なんだかんだで、ピングォは紅毛人が住む西の国のことをほとんど知らない。向こうの国には刺繍がないからここまでこの国の刺繍物を求めているとも思えるし、もしかしたら、全く違う技術で目新しいから求められているとも思える。そのどちらなのか、ピングォが考えてもわかることではなく、紅毛人に直接聞くか、それが難しかったら行の商人や買弁に訊ねるほかない。もっとも紅毛人がそう言った話を行や買弁に聞かせているかどうかはわからないけれども。

「もし、西の国にも刺繍があったら気になるかい?」

 ピングォがそうトオゥに訊ねると、トオゥは微かに頬を染めて答える。

「はい。西の国の刺繍を見てみたいです。

どんな風に刺すのか、どんな色を使うのか、どんな図案なのか。その全てに興味があります。

きっとそれは、私の知らないものだと思うので」

 その様子を見て、ピングォは思う。紅毛人がこの国のものを求める心というのは、今トオゥが興味を示したように、こちらに対して深い興味があるからなのではないかと。

 今まで知らなかったことを知りたいという好奇心は、殺してしまうのは勿体ない。ピングォはあとでこっそり、買弁に西の国の刺繍物を、いくらか注文して欲しいと伝えようと思った。

 異国の刺繍物を見たトオゥが一体どんな顔をするのか、それをピングォは知りたかった。

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