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第二十二章 花糕を囓って

 暑い日差しが降り注ぐ中でも涼やかな風が吹くようになった頃。この日は重陽にかこつけて、ピングォの屋敷は賑やかになっていた。

「飲め! 飲め! 酒だー!」

 屋敷の庭に設置された食台と椅子では、菊華酒を飲んで大声を上げているチュンファンをはじめ、ジーイーとウーズィのピングォと付き合いの長い使用人、それに取り纏め役としてピングォ本人が同席して酒とつまみを楽しんでいた。

「姐さん、ほらほらもっと飲んで!」

「ちょっとあなた注ぎすぎだよ! そんな一度に飲めないって」

 杯になみなみと注がれた菊華酒が零れないよう口を付ける。ピングォがそうしていると、チュンファンは続いてウーズィの杯にも同様に注ぎ、ジーイーもそれを免れなかった。

「まったく、そんなに慌てて注がなくても飲むのに。これだからがさつなやつは……」

 すでに顔を赤くしてそう呟くジーイーに、チュンファンが肩を抱いて額を近づける。

「おうなんだ、文句あんのか?」

「そういうとこだよ。そんなウザ絡みされても困るんだから」

 ウザ絡みしてるのはどっちだろう。ピングォはそう思ったけれども、こじれても面倒なので口には出さない。

 ところでウーズィが静かだけれどどうしたのだろうと見てみると、ちびちびと杯に口を付けながら、もこもこと花糕を口に詰め込んでは飲み込んでいた。その合間に、庭の木々の間を飛ぶ蝶に目をやってはにこにことしている。

「美味しいお酒とおいしいお菓子と、きれいな蝶々さんがいてしあわせですね」

「すごく伝わる」

 ウーズィの言葉に、ピングォは思わず頷く。ウーズィもそこまで酒に強いたちではないので、多分すでに出来上がっているのだろう、普段よりもふわふわとした印象になっている。

 ピングォも杯の酒を飲んで、花糕を囓る。この花糕は砕いた木の実や棗がまぶしてあるだけでなく、切り込みを入れた間に煮詰めた果物を挟んだ、花糕の中でも高級と言われる部類のものだ。弾力のある厚い皮と木の実の歯ごたえが心地よい。煮こまれた果物も、きっと何種類かを一緒に煮ているのだろう、甘みと酸味が良く馴染んでいて、小麦が香る皮と混じり合って文句なしに美味しい。

 ひとくち、ふたくちと花糕を囓って、ピングォは思い出したようにチュンファンに声を掛ける。

「そう言えばチュンファン」

「はい、なんですか姐さん!」

「厨房で沢山花糕を作らせてあるから、今晩でも明日にでも、あなたの兄弟や舎弟に配ってきな」

 それを聞いて、チュンファンは喉でも鳴らさんばかりに得意げな笑顔になる。

「今年もありがとうございます! みんな楽しみにしてるんですよ。

やっぱり姐さんは懐が深いなぁ!」

 そう言われて悪い気はしないけれども、本当に自分の懐が深いのか、ピングォにはわからない。現にこうやって、一部の使用人だけを集めてささやかなとは言え宴をしているのだ。これを不公平だと言われたらその通りと頷くしかないのだ。

 けれどもこの屋敷の使用人は、ピングォのこう言った行動に苦言を呈したりはしない。ジーイーとウーズィに関してはその生い立ちを知っている者が多いのと、チュンファンに関してはチュンファン越しにその舎弟までおこぼれがもらえているから、皆見て見ぬ振りをしているのだろう。

 チュンファンが杯を煽りながら言う。

「明日にでも街に出て花糕を配ってきますよ!」

 それを聞いたウーズィが、にこにこ笑って話し掛ける。

「チュンファンさん、頼りになる兄弟分が沢山いて良いですね。うらやましいなぁ」

 その言葉は取りようによっては皮肉にも聞こえそうだけれども、ウーズィはそんな皮肉を言うやつではないというのをチュンファンはわかっているようで、笑いながら、お前も俺の弟になるか? などと言っている。

 その様子を見たジーイーが、少し膨れた顔をしてピングォにこう訊ねた。

「ところで、この花糕はあのバケモノが作ったのですか?」

 バケモノというのは、コンのことを指しているのだろう。それを察してピングォは、にっと笑って答える。

「その通り。バケモノが作ったものは食べたくないのかい?」

 すると、ジーイーは少し俯いて、小声で言う。

「まぁ、僕も美味しい物は好きなので、嫌なわけではないんですけど……」

 どうやら酔った勢いで言い過ぎたと思っているようだ。そんなジーイーの頭を撫でながら、ピングォが続けて言う。

「あんまり悪く言うんじゃないよ。

あいつも悪いやつじゃあないし、何より私の仕事相手だ」

「あの、はい。申し訳ありません」

 体を縮こまらせてしまったジーイーの背中をチュンファンが叩く。慰める意図があるのかはわからないけれど、陽気な口調で話し掛けている。

「バケモノはバケモノでも、うまい飯を作ってくれるやつは良いやつだ。

仲良くなりたいって素直に言えよ」

「べ、別にそんなんじゃないし……」

 突然の言葉に戸惑うジーイーの杯に、ウーズィが酒を注ぎながら口を開く。

「兄さんは素直じゃないですから。

私はわかってますからね」

「なんでそんなしたり顔なの?」

 目の前で繰り広げられる光景が微笑ましくて、楽しくて、ピングォはついつい笑い声を漏らしてしまう。

「素直でも素直じゃなくても、それぞれの良い距離感ってあるじゃないか。

それを少しずつ測って上手くやりな」

 コンにもチュンファンにも素直になれないジーイーが、本当はどちらも気にしているというのはピングォも薄々勘づいている。

 ウーズィのように素直になれれば、この子ももう少し生きやすいだろうのにと、ピングォは少しだけ思った。

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