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第二十一章 林檎は甘酸っぱい

 眩しい光が街を照らし、たおやかな蓮の花が咲く頃。昼食後の仕事を一段落させたピングォはきっちりと書類をまとめて机の端に置き、そわそわしながら椅子に座っていた。

 もうすぐお茶の時間だ。いつもはお茶の時間が来てもここまでそわそわはしないのだけれども、今日は特別なのだ。

 今日のお茶の時間には、この時期ならではのお菓子が用意されていると昼食の時に聞いたので、それが楽しみで仕事もはかどったし、こうして楽しみにしながらも待ち遠しく待つことができている。

 早くお茶と、お茶に合わせるお菓子が来ないかと待っていると、軽く部屋の扉を叩く音が聞こえた。お待ちかねのお茶の時間だと思うと顔も緩むが、一応表情を取り繕って返事をする。

「入りなさい」

 そうして静かに扉を開いて入ってきたのは、紫がかった茶色の急須と茶杯、それに加えて皮を剥いて蒸し焼きにされた林檎と餐叉と餐刀を乗せた、いつもより大きめのお盆を持ったウーズィだった。

「お待ちかねの大耐糕でございます」

 そう言ってウーズィは、机の上に茶器と大耐糕と呼ばれた林檎を乗せる。急須を手に持ち茶杯にお茶を注ぐウーズィにピングォが訊ねる。

「今日のお茶はなんだい?」

「今日のお茶は龍井です。大耐糕が甘酸っぱいので、爽やかなお茶が良いかと思いまして」

 ウーズィの言うとおり、茶杯に口を付けてひとくち含むと青い香りと爽やかな渋味が口に広がった。これなら最後まで思う存分大耐糕を楽しめると、ピングォは思わず上機嫌になる。

 餐叉と餐刀を持って大耐糕の真ん中に刃を入れる。すると、抜かれた芯の部分に詰め込まれていた松の実や瓜の種、胡桃やクコの実がぼろぼろと皿の上に崩れた。軟らかく火の通った林檎の実を細かく切り、その上に木の実を少し乗せ、口に運ぶ。林檎と甘草の甘みとほのかな梅の酸っぱさ、それに木の実の軽快な歯ごたえが口の中に広がった。

 大耐糕は、新鮮な林檎の実が採れるこの時期でないと作れないお菓子だ。乾かしたり煮詰めたりした保存用の林檎では、この瑞々しく甘酸っぱい仕上がりにはならないのだ。

 ピングォは昔からこのお菓子が大好きで、毎年この時期に作って貰うのを楽しみにしている。厨房の皆もそのことはわかっていて、林檎が採れる時期に毎年数回、大耐糕をピングォのために作るのだ。

 ひとくち、ふたくちと柔らかい林檎を噛みしめていると、なにやら視線を感じる。なにかと思って顔を上げると、目の前でウーズィがそわそわした様子でじっと大耐糕を見つめていた。

 きっとウーズィも大耐糕が食べたいのだろう。ピングォはすぐさまにそう察したけれども、あまり甘やかすのは良くない。全部自分で食べたいからという気持ちももちろんあるけれど、ウーズィは使用人なのだ。あまり特別扱いばかりも出来ない。

 けれども。と、ピングォはふと昔を思い出す。それはウーズィと兄のジーイーが幼かった頃のこと。その頃はピングォも年上とは言えまだ子供で、初めて会った時に随分と見窄らしい格好をしていたウーズィとジーイーにびっくりしたものだった。

 このふたりは、家で養えないからと親に捨てられたと言っていた。家を閉め出され、裏路地に追いやられ、あわや悪漢に攫われるかというところにピングォの父が通りかかり、将来的に使用人として雇おうと拾ってきたのだ。

 その時のことをウーズィはまだ覚えているのだろうか。去年、本当の両親が亡くなったときに一度家に帰ってはいるけれども、その時の気持ちはどの様なものだったのだろう。そして、ふたりを拾って育てたピングォの両親のことは、親だと思っているのだろうか。ピングォのことを家族だと思っているのだろうか。ふたりとは色々話をするけれども、そのことに関してはジーイーはもちろん、ウーズィも口に出したりはしないのだ。

 そして、自分はこの兄弟をどう思っているのだろう。それを改めて考えて、やはりこの兄弟は家族で、かわいい弟達なのだとピングォは改めて思う。

 切って半分手を付けていない大耐糕を前に、ピングォは餐叉と餐刀を置く。

「ウーズィ、ジーイーを呼んできなさい」

 声を掛けられたウーズィは、はっとした顔をしてピングォを見る。

「兄さんをですか? 何かご用でも?」

 少し困ったように眉尻を下げるウーズィに、ピングォは笑って答える。

「あなた、これが食べたいんでしょ。

手つかずの分の半分を分けるから、ジーイーと一緒に食べなさい」

「ピングォ様……」

「あなただけ食べるのは、兄弟の義に反するでしょ?

ちゃんと餐叉と餐刀は持ってくるんだよ」

 それを聞いて、ウーズィの表情がぱっと明るくなる。そしてすぐさまに、ピングォに一礼して部屋を飛び出した。

「兄さん、兄さん!」

 部屋の外から聞こえる嬉しそうな声に、思わずくすりとしてしまう。食いしん坊で、甘えん坊で、でもなんだかんだで兄思いの良い子なのだ。

 遠くなっていく足音を聞いて、聞こえなくなって、それから少し経つとふたり分の足音が近づいてくる。扉を叩く音がする。心なしか強めの音だ。

「入りなさい」

 ピングォがそう返事をすると、にこにことしているウーズィを連れて、戸惑った表情のジーイーが部屋の中に入ってきた。

「ピングォ様、お待たせしました。

その、なんといいますか、気を遣わせてしまって申し訳無いです」

 そう言って頭を下げ。ウーズィの頭にも手を掛けて頭を下げさせている。

 その様子を見たピングォは手をひらひらと振って言う。

「そんな恐縮しなくて良いよ。私とあなた達は長い付き合いだし、兄弟みたいなものさ」

 その言葉に、ジーイーは何を思ったのだろう、少し目が潤んでいる。

「それじゃあ、残り物で悪いけど、これはふたりで分けて食べなさい」

 そう言って半分になった大耐糕をウーズィ達の方へ差し出し、ピングォはひとくちお茶を飲む。

 部屋の別の所に有る食台を使うようふたりに言ってから、ピングォが訊ねる。

「ところで、夕飯は何か知ってる?」

 それにすぐさまに答えたのは、林檎を切り分けているジーイーだ。

「今日の夕飯は雪霜羹だそうです」

「へぇ、いいね。夕飯も季節ものか」

 それから、仲良く林檎を食べている兄弟を見て、やっぱりどうしても特別扱いしてしまうなと思うのだった。

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