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第十五章 華やかなる刺繍

 蝋梅の花が咲き芳しい香りを風が運ぶ頃。いつものようにピングォは机に向かって書類の処理をしていた。

 ふと、書類から目を離して思う。もうそろそろ献上用と輸出用に発注した刺繍物が納品されてくる頃だけれども、どの様な出来になっているだろうか。いつも刺繍を頼んでいるお針子は、確かな腕を持っている。だから心配をする必要など無いのだけれども、どうしても納品日が近づくと気になってしまうのだ。

「どんな出来になるか楽しみだねぇ」

 そう呟いて微笑むと、扉を叩く音が聞こえてきた。

「入りなさい」

 表情を取り繕ってそう返事を返すと、ゆっくりと扉を開けてジーイーが入ってきた。

「買弁の方がピングォ様に用事があるそうです」

「わかった。通しなさい。

あとお茶の用意もお願いね」

「かしこまりました」

 買弁は今回はどんな用事だろう。また無理難題を言われなければいいのだけれど。そう思いながら待っていると、また扉を叩く音がして、紫がかった急須と茶杯をふたつ乗せたお盆を持ったジーイーと、いつもの買弁が入ってきた。

 ピングォは長椅子に移動し、茶器を食台の上に乗せたジーイーに、買弁が座れるよう、部屋の中にある椅子を持ってくるよう言う。

「そこに掛けなさい」

「はい、ありがとうございます」

 買弁が椅子に座ると、ジーイーが茶杯にお茶を注ぎ、ピングォと買弁の前に置く。それから、お茶がなくなる頃にまた来ますと言って部屋から出て行った。

 お茶をひとくち飲み、ピングォが買弁に訊ねる。

「で、今回はどんな用だい?」

 鷹揚なピングォの言葉に、買弁は頭を撫でながら言う。

「実は、綿布を仕入れたいと言っている紅毛人がいまして、それの見立てをお願いしたく参りました」

「綿布ねぇ」

 綿布と言っても色々ある。藍染めの物が有れば虫の染料で染めた赤い布もあるし、刺繍物だってある。どんな物が欲しいのかと買弁に訊ねると、刺繍がされているものやとにかく大きいもの。という答えだった。

 それならと、ピングォはこう提案する。

「それなら、大きい綿布は南京で仕入れた爛板があるからそれを融通しよう」

「爛板があるんですか、それはありがたい!」

「本当は南京まで仕入れに行ってこいって言いたいところだけどね、そんな事をしてたら紅毛人の出航の時期に間に合わないだろう?

今から南京に行って、さらに南京から広州に持っていくことが可能でも、交渉がすぐに終わるとも限らない」

「そ、そうなんです、そうなんです。

それに、輸出分の爛板はもう、他の行に押さえられてしまって私どものところでは手に入れづらくて」

 他の行には綿布があるようだけれども、それを買ってその上さらにまだ欲しいだなんて、紅毛人は強欲なものだ。もっとも、売れるものは売れるだけ売りたいという行や買弁、しいては自分たちも強欲なのだろうけれども。

「そ、それでですね」

 買弁が手を揉みながら言葉を続ける。

「刺繍物の布なんかも、ピングォ様の方で手配出来ますでしょうか?」

「ああ、刺繍物ね」

 刺繍物と聞いて、ピングォは蔵の中に入れている物品の在庫を思い浮かべる。

 いくつかあるにはあるけれど、おそらく新しいものの納品を待った方がいい。そう思ったその時、扉を叩く音がした。

「ピングォ様、刺繍の納品にいらしています」

 丁度良い所に来た。ピングォはすぐさまに扉の外に返事をする。

「通しなさい」

「来客中ですが良いのですか?」

「丁度刺繍物の話をしていたのよ」

「なるほど、かしこまりました」

 このやりとりを聞いて、買弁は期待に満ちた顔をする。良い時期に来たとそう思っているのだろう。

 少しの間お茶を飲みながら待っていると、また扉を叩く音がしたので入るよう伝えると、急須と茶杯ひとつを乗せたお盆を持ったジーイーと、大きな籠を持った小柄な女性が入ってきた。女性は橙色の髪をきっちりを結い上げ、上質な服を着ている。

 ジーイーが女性の分のお茶と椅子を用意すると、ピングォが座るように声を掛ける。

「トオゥ、仕上がった物を見せてもらってもいいかい?」

「もちろん、その為のものですから」

 トオゥと呼ばれた女性は、茶器をよけて持っていた籠を食台の上に置き、中に詰められた布を何枚も出してピングォに見せる。それらは全て繊細な刺繍が施されていた。

 その布を見た買弁の口元が緩んでいる。これは高値で売れると思っているのだろう。それを察したピングォが、まだ側にいたジーイーに指示を出す。

「とりあえず、一旦こっちで全部買い上げるからお金の用意してきて」

 ジーイーはかしこまりました。と一礼をして部屋から出て行く。その横で、ピングォはトオゥの刺繍物を見て、何枚か選り分けていた。

「トオゥの刺繍はさすがだね。これなら後宮の貴妃の方々も喜ぶよ」

「ありがとうございます」

 トオゥは自分の刺繍物が後宮に持って行かれることは知っているはずなので、特に驚きはないようだが、買弁は驚きを隠せないようだ。あわよくば、貴妃に献上するような上質の刺繍物を分けてもらえると思っているようだ。

 ピングォは貴妃に献上する分の刺繍物を選り分け、残りの布を買弁に見せる。

「この中から好きなだけ選びなさい。

もちろん、お代はいただくけどね」

「はいっ! ありがとうございます!」

 買弁は漁るように刺繍物を取りだして見ては溜息をつく。曰く、こんな素晴らしい物を紅毛人に渡すのは惜しいと、そんな気持ちになったようだった。

「でも、これも商売ですからね……」

 買弁がそう呟くと、トオゥに支払うお金を持ってジーイーが戻ってきた。お金のやりとりを全員済ませ、まだ残っているお茶を少し楽しむ。たまには雑談をしても良いだろうという気分になったのだ。

「ところで」

 ピングォと買弁の話を聞いていたトオゥが口を開く。

「紅毛人は綿と絹を沢山買っていくとおっしゃいますけれど、絹はともかく綿はそんなに珍しい物なのですか?」

 それはピングォも疑問だった。綿布はこの国ではありふれたものなのだ。その疑問に答えるように、買弁が言う。

「なんでも、向こうの国では綿布をあまり沢山作れないのに、欲しいという人が多いそうなんですよ。

それに付け加えて、この国の刺繍は人気があるんです」

 異国情緒、ですかね。とぽつりと言う買弁に、トオゥはよくわからないと言った顔をしたけれども、異国の品物を見慣れているピングォは、なんとなくわかった気がした。

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