第十四章 蓮の実の餅
年も超し、米を炊いてはいけない五日間、五破も過ぎてすぐの頃。今度は火を使えない数日を過ごしている。この期間はとにかく冷えてつらいのだけれども、それでも仕事はちらほらとやってくる。今日も、いつもの買弁がやってきて、ピングォに品物の取り次ぎのお願いをしにやってきた。
「今回は何が欲しいんだい?」
長椅子に座ってゆったりと、向かいに置いた椅子に座る買弁に訊ねる。買弁が薄くなった頭を何度も撫でながら答える。
「はい、実はこの国の医学書が欲しいと言っている紅毛人がいて、ぜひピングォ様に医学書の見立てをお願いしたいと思いまして」
「医学書ねぇ」
この買弁から医学書を見繕って欲しいという依頼を受けるのは今にはじまったことではない。過去にも何度か医学書を見繕って渡したことがある。
「どんな内容の医学書が良いとか、そう言うのはある?」
念のためそう訊ねると、買弁は手を振ってこう返してくる、
「いえ、どんな内容かまでは聞いていないんです。ただ、医学書と。そう言っていました」
「なるほどね」
医学書なら、市井の医者の間で出回っている写しのものが良いだろう。ピングォはそう判断する。紅毛人達にこの国の言葉が読めるかどうかはわからないけれど、もしこの国の医学を参考にしたいという医者が西の国にいるのであれば、なるべく広い範囲で本を選んだ方が良い。なんせこちらは、向こうの医者がどんなものを専門としているかなど知るよしもないのだから。
「わかった。見繕っておこう」
「ああ、ありがとうございます。それでは、これで失礼致しますね」
ほっとした様子の買弁はそそくさと立ち上がり、一礼して扉から出ていく。そこで一息ついていると、窓を叩く音がした。
これはもしや。と思いながら窓の方を向くと、今回は下から頭を出して覗き込むようにしているコンがいた。
「入りなさい」
長椅子から立ち上がり、窓を開けてそう声を掛けると、コンはにっと笑ってひらりと部屋の中へと入ってきた。
「今回は何の用? こちらからは特に何もないんだけど」
ピングォがそう言うと、コンは手に持った蓋付きの籠を見せて答えた。
「いま清明節で体が冷えてるだろ。甘いお菓子持ってきたから、これで体温めなよ」
そう言って、コンが籠の蓋を開けて中身を見せる。どうやら餅が入っているようだけれども、ものはなんだろうとピングォはじっと見る。
「あんたの好きな、蓮の実の餅だよ」
「えっ、やった」
好物を出されて上機嫌になったピングォは、長椅子に戻り、食台を挟んで向かいに置いた倚子にコンを座らせる。
火が使えないからお茶はないけれど、コンが作ってきた蓮の実の餅は歯ごたえもよく、甘く、体が温まるようだった。
「そういえば、あなたも清明節じゃないの?
この餅はどうやって作ったの?」
不思議に思ったことをピングォが訊ねると、コンは当然と言った様子で答える。
「これは清明節はいる前に作ったやつだよ。
そもそも俺はそういうのに従ういわれはないんだけど、そういうの気にするやつは気にするからな」
「まぁ、確かに」
コンが作った蓮の実の餅はおいしい。けれども、こういったものをコンが作ったり、誰かに食べさせたりするということのために、彼は従ういわれはないと言っている慣習に従っているのだ。ピングォは時々思う。コンにとって、こう言った慣習は窮屈なものなのではないかと。それとも、そういうものだと思って楽しめているのだろうか。
「馴染むためには慣習を覚えるのも必要だからね」
ピングォがそう言うと、コンはにっと笑って返す。
「わかってる。それなりに楽しんでるさ」
「そう、それならよかった」
しばらくふたりで蓮の実の餅を食べて、そうしていると誰かが扉を叩く音が聞こえた。
「入りなさい」
ピングォが返事をすると、静かに扉を開けて入ってきたのは、書類を持ったジーイーだった。
「ピングォ様、宮廷からの朝貢品の注文書と、行からの書類です」
「ありがとう。机の上に置いておいて」
「かしこまりました。
あと」
部屋の奥にあるピングォの机に書類を置いたジーイーが呆れたような目でコンを見る。
「あと、どうした?」
自分になにか言いたげだというのがわかったのだろう、コンがにやっと笑ってジーイーを見る。
「ピングォ様、コンはまた窓から?」
玄関から入った形跡がなかったので、そう思ったのだろう。ピングォは困ったように笑って答える。
「まぁ、いつもどおりね」
「それをいつも通りにされても困るのですが」
いささかか不機嫌そうなジーイーの言葉を聞いてか、コンが椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、この蓮の実の餅は置いていくから。みんなで分けてもいいし、ピングォが一人で食べてもいいし。
籠はまた今度回収しに来るよ」
そう言ってコンは入ってきた窓からひらりと出て行ってしまった。
「だから玄関を使えとあれほど……」
苦い顔をしてそう呟くジーイーに、ピングォはコンが持って来た籠を指さす。
「あんまりカリカリしないの。
甘い物食べて落ち着きなさい」
「えっと、はい。お言葉に甘えて」
なんだかんだコンに文句のありそうなジーイーだけれども、コンが作ってきたお菓子を拒否したことはない。それはつまり、本当に嫌っているわけではないのだろう。
このふたりも上手くやれれば良いのにと、ピングォは蓮の実の餅を囓りながらそう思った。




