第十三章 誰も寝てはならぬ
今年も最後の日。陽も落ちて火鉢に火を入れないと寒さに耐えるのも大変だ。そんな寒さの中、ピングォは夕食後に貿易関連の書類を見ていた。
年が変わる時くらいのんびり過ごせば良いのだろうけれども、ここで何もしていなかったら眠ってしまいそうなのだ。これも日頃の疲れだろうかと目をしばたたく。
「誰も寝てはならぬ……」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、目を擦りながら書類を見る。やはりどうしても眠い。
この眠気が何とかならないものかと考えていると、誰かが扉を叩いた。
「入りなさい」
そう返事をすると、入ってきたのは紫がかった茶色の急須と茶杯を乗せたお盆を持ったジーイーだった。
「お疲れでしょう。お茶でもいかがですか」
その言葉に、ピングォは書類を隅によけながら返す。
「ありがとう。丁度眠くて仕方ないところだったのよ」
「ピングォ様はいつも仕事をなさっているから……年末年始くらい休んでも良いと思いますよ」
ジーイーの言い分はもっともだ。年末年始なんて言うめでたい時期に、眠気覚ましとは言え仕事をするなんて、いくら何でも仕事に依存しすぎだろう。
机の上にジーイーが茶器を置き、急須から茶杯にお茶を注ぐ。青く柔らかい香りだ。湯気の立つ茶杯に口を付けながら、ピングォが訊ねる。
「今日のお茶はなんだい?」
「白毫です。産毛もそのまま残ったよい物ですが」
「ですが?」
なにか曰く付きなのだろうか。それが気になり聞き返すと、ジーイーはこう言った。
「ピングォ様が以前他の官吏から贈り物で戴いたものですね」
「ああ、なるほど」
宮廷に関わる官吏や官僚はよく贈り物を贈りあったりする。それは自分に便宜を図ってもらうためであったり、もしくは単純に交友を深めようという目的であったり、それは時により様々だ。その贈り物をする時に、白毫のお茶はよく使われている。高級品ではあるが、皇帝に捧げる正山小種ほど希少ではないから丁度良いのだ。
白毫の香りを楽しみながら、ピングォがふと恥ずかしそうに笑う。
「ところで、あの、ごはん食べちゃったあとなんだけどさ」
はっきりしない物言いのピングォに、ジーイーはわかっているという様子で言う。
「小腹が空いたからなにかつまむ物が欲しいのですね」
「そうそう」
それならばお菓子を持ってこようとしてジーイーが扉に手を掛けると、部屋の外から随分と大きな騒ぎ声が聞こえてきた。
「あれ、どうしたんだろうね」
ピングォが疑問を口にすると、ジーイーが溜息をついて答える。
「そういえば、先程食堂の方で、チュンファンとその部下達が年越しで飲み会をするといって飲んでましたね」
「ああ、なるほどね」
元々ごろつきだったというチュンファンの性格を考えると、飲み会をするのにこの様な騒ぎになるのは想像に難くない。少し前に新しくこの屋敷の私兵として雇ったチュンファンの手下もいることだし、彼らが絆を深めるという意味も含めて多少騒がしい酒宴は目を瞑っても良いだろうとピングォは思った。どうせ、年が明けるまでは眠れないのだから。
その心中を知らないジーイーがピングォに訊ねる。
「静かにさせましょうか?」
「ふふっ、それはしなくても大丈夫だよ。どうせ今夜は誰も寝られないんだ」
「……そうですね」
そんな話をしていると、なぜか騒ぎ声が近づいてくる。酒を飲んで屋敷の中を練り歩いているのだろうかとピングォが思っていると、突然勢いよく部屋の扉が開いた。
「いきなりなんだい!」
思わずピングォが声を上げると、部屋の中に入ろうとして一度額を入り口の上にぶつけてから、身をかがめてチュンファンがあたらめて入ってきた。左手には酒の入っているであろう徳利をもち、右の小脇に蓋付きの籠をしっかりと持っているウーズィを抱えている。
「これはどう言う状況なの?」
ジーイーが呆れたようにそう言うと、チュンファンはウーズィを床に下ろしてピングォに言う。
「姐さん、一緒に飲みませんか? 折角の年越しですし」
続けて、ウーズィも籠の蓋を開いて口を開く。
「おつまみに香腸もありますよ。甘味が欲しければ蓮の実の餅も」
そんな風に言うふたりの顔を見ると、もう相当飲んだのだろう、真っ赤になっている。
ふたりの様子に、ジーイーは難しい顔をしているけれども、ピングォは笑ってふたりに言う。
「一応、立場を弁えろと言うべきところなんだろうけど、今日は特別だ。みんなで飲もう」
「やったー!」
無邪気に喜ぶチュンファンと、籠の中から杯を出してピングォとジーイーに渡すウーズィ。四人で飲むためにピングォは、ジーイーとウーズィに、長椅子の前に置かれた食台の前に、自分がいつも使っている椅子と予備の椅子を付ける様に指示を出す。椅子が整ってから、ウーズィとチュンファンが酒の用意をした。
寒い年末の夜の中、使用人とは言え付き合いの長い面々とこうやって酒を飲んで楽しめるのは良いことだ。チュンファンが持って来た酒がこの屋敷のものなのか、よそで買ってきた物なのかが少し気になったけれども、そこは敢えて気にせずに、この夜を楽しもうとピングォは思った。




