第十二章 おいしくする葡萄酒
「困った」
寒風が吹き始め、陽の光だけでは家の中が暖まらなくなってきた頃。皇帝の御用聞きから帰ってきてようやく部屋に帰り着いたピングォがそう言って溜息をついた。
「何があったのですか? またなにか、無理難題を言われたとか」
お茶の用意をしていたジーイーがそう心配そうに話し掛けると、ピングォは一本の細長い硝子の瓶を取りだしてこう言った。
「この、西洋のお酒をどうやったら美味しく飲めるのかって訊かれちゃって、おいしく飲む方法を調べるはめに」
「ああ、まさに無理難題ですね」
西洋から運ばれてくる葡萄で出来たこの酒は、ピングォも飲んだことがあるけれども正直言ってそこまで美味しいものだとは思えない。これなら米や甘薯から作った酒の方が確実においしい。だから、わざわざおいしくする方法を調べてまで葡萄酒を飲む意味というのがわからないのだ。
とは言っても、皇帝は貴人だ。他の国から来るそういった珍しいものを嗜むのも仕事のうちなのだろう。
ピングォが困り果てていると、はっとしたようにジーイーがこう言った。
「そう言えば、ウーズィがたまに葡萄酒を友人達と飲んでるらしいんですよ。
少し話を聞いてみますか?」
「え? そうなの? ちょっと聞いてみようか」
ピングォの返事を聞いて、ジーイーは一礼をしてから部屋を出る。急ぐような足音が遠ざかっていたので、本当に急いで行ったのだろう。
それから少しの間だけ待っていると、扉を叩く音が聞こえた。
「入りなさい」
ピングォが返事をすると、入ってきたのは杯をみっつ持ったジーイーと、調理用の鍋とヘラと布巾を持ったウーズィだ。
「あれ? それは何に使うの?」
杯は試飲用だというのがわかるのだが、鍋とヘラがわからない。どうやらわからないのはジーイーも同じなようで、不思議そうな目で鍋とヘラを見ている。
そんなふたりに、ウーズィがヘラを鍋の中に入れてかき回す動作をして説明をした。
「葡萄酒というのは、こうやって大きな器に入れて、空気を入れるようにかき混ぜるとまろやかになるんです」
「へぇ、そうなんだ」
かき混ぜるとまろやかになるというのはいまいち原理がわからないけれども、本当にそれで美味しくなるならば試さないわけにはいかない。
「それじゃあ、やってみましょう」
ピングォは机の上に置いておいた葡萄酒の瓶をウーズィに渡す。するとウーズィは布巾を瓶の底にあて、机の上に叩き付けはじめた。
「なにしてるんだ!」
驚いた様子のジーイーが止めようとすると、ウーズィはきょとんとしてこう答える。
「この、口のところに詰まってる栓を抜いてるんです」
「栓を」
それを聞いて、本当にこれで栓が抜けるのだろうかとピングォも訝しがりながら見ていたけれども、本当に数回机に叩き付けるだけですっぽり収まっていた栓が瓶の口から顔を出した。
「本当に抜けてる」
これにはピングォも驚くしかない。以前葡萄酒を飲んだ時は、すでに栓が開けられている状態だったので、こうやって栓を抜くのかと感心しきりだ。
それから、栓を抜いたウーズィがジーイーの持って来た杯に少しずつ葡萄酒を注ぐ。
「まずはこのまま味見なさってください」
言われるままにピングォは杯に口を付ける。軽めの香りで口当たりも荒い。やはりそんなにおいしくはない気がした。一緒に試飲したジーイーも微妙な顔をしている。
ふたりの様子を見てから、ウーズィも杯を煽る。一体どんな感想を持ったのかはわからない。
「では、この葡萄酒を空気と一緒に混ぜましょう」
そう言って今度は、葡萄酒を瓶から鍋にいくらか移し、ヘラで勢いよくかき混ぜはじめた。鍋の縁では葡萄酒が泡立っている。
ほんとうにこれを飲むのだろうか。混ぜて何が変わるのだろうか。ピングォは疑問に思ったけれども、そうしている内にかき混ぜた葡萄酒も杯に注がれた。
「どうぞ、味見なさってください」
言われるままに杯に口を付ける。すると、同じ葡萄酒のはずなのに先程と全然口当たりが違った。
「えっ、なにこれ! どんなまじないを使ったの?」
ジーイーが驚いたように声を上げる。ピングォも驚きを隠せない。
「さっきのと全然違うじゃないか!
香りも断然こっちの方がいいし、飲み口も滑らかだし」
驚くふたりに、ウーズィも杯を空けてから自慢げに言う。
「そうでしょう。
この方法は、ここに来た買弁の方から聞いたんですよ」
「買弁から」
なるほどと思うと当時に、そういえば買弁とは仕事の話しかしていないなと改めて思う。きっとウーズィは買弁をここに通すまでの間に雑談をして、こういう情報を手に入れたのだろう。ここは見習うべきところだとピングォはあたらめて思った。
それはそれとして、ピングォはふたりに言う。
「これなら、陛下もおいしく葡萄酒を召し上がれるね。
それより、少し口直しをしたいね。お茶の準備をお願い」
その命に、ジーイーとウーズィは一礼をして返事をする。
「かしこまりました」
「お菓子もお持ちしますか?」
ウーズィの問いに、ピングォはにっと笑って返す。
「お菓子も好きなの持って来なさい。今日はあなた達からいい話を聞いたし、一緒に食べよう」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
既に何を食べようか考えているのだろう、ウーズィがぺろりと唇を嘗める。
一方、それを聞いたジーイーは恐縮している。
「事実上僕は何もしてないのに、ありがとうございます」
「兄弟の片方だけってわけにもいかないだろう?」
難しい問題が解決して、この日はゆっくり長い付き合いのこのふたりとお茶を楽しもうと言う気分になったのだった。




