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第十一章 春の空色

 すっかり涼しくなり、昼間に見える月も鮮やかになった頃。紅毛人の船が到着してからまだ間もなく、ピングォは輸入されてきた西の品物をこの街の中でどう卸すかを考えていた。書類を前に難しい顔をしてお茶を飲む。お茶はすっかり冷めてしまっている。

 そこへ、扉を叩く音が聞こえた。叩き方からしてジーイーだろう。

「入りなさい」

 そう返事をすると、ゆっくりと扉を開いて入ってきたのは、やはりジーイーだった。

「失礼します。買弁がピングォ様の力を借りたいと来ているのですが、どうなさいますか」

「買弁が?」

 力を借りたいというのはどう言う事だろう。またいつだったかのように扱いに困るものを持って来たのではないかとピングォは訝しがったけれども、何も話を聞かずに帰すと今後の取引に響くだろう。

「わかりました。通しなさい」

「かしこまりました」

 ピングォの返事にジーイーはぺこりと一礼する。それから、机の上に乗った茶器を手に取ってこう言った。

「お茶を淹れてまいります」

「あ、ありがと」

 急須を持ったジーイーが部屋を出てしばらく待つと、また扉を叩く音が聞こえた。また入るように返事をすると、急須を持ったジーイーと、その後に続いて若草色の髪が心許なくなっている、ひょろりとした男が入ってきた。彼がピングォ馴染みの買弁だ。

 茶杯に熱いお茶が注がれてから、ピングォが訊ねる。

「で、今回はどう力を借りたいんだい」

 若干強めに買弁に言うと、買弁は縋るようにこう答える。

「実は、紅毛人が春の空色をした陶磁器を探してるって言うんですよ。

なんですけど、そんな焼き物とんと心当たりがありませんで、ピングォ様ならご存じかと思って」

「なるほどね」

 春の空色の陶磁器ということは、青いものだろう。そうなると青磁が要望に近いかも知れないと、ピングォはジーイーに、別室に保管してある青磁の窯元の資料を持ってこいと命じる。ジーイーは一礼をしてすぐさま部屋を出て行った。

「ピングォ様、青磁って言うと、結構緑色だったりしませんかね?」

「まぁ、青磁も色々あるからね。中には結構青いのもあるよ」

「なるほど、なるほど」

 しばしの間ピングォと買弁とで話をしていると、ジーイーが書類を持って戻ってきた。

「お待たせいたしました」

 そう言って渡された資料にざっくりと目を通し、どこの窯元のものが要望に近いかというのを調べる。青磁の窯元は、この国には沢山有る。由緒ある古い窯元から、わりと近年にできた若い窯元まで色々だ。その窯元ごとに作っている青磁の色の系統が微妙に違うので、皇帝が献上しろと要望を出した時に備えて、的確にものを選ぶためにこの様に特徴を書類にまとめてあるのだ。

「春の空色ねぇ……」

 随分と詩的な表現をされてふんわりとした特徴になっているけれども、そもそも紅毛人と依頼を受けた行や買弁は使っている言葉が違うのだ。どうしても抽象的な表現にはなってしまうだろう。

 難しい顔をして書類を見るピングォが、ひとつの窯元の情報で目を留める。その窯元の青磁は透き通るような青が特徴とある。

「この、竜泉窯のものが近いかもね」

 ピングォがそう言うと、買弁の表情が明るくなる。そこに、横からジーイーがこう言った。

「いえ、ピングォ様。僕も考えたのですが、先程買弁が言った春の空色と言う特徴に一番近いのは天青ではないかと思うんです」

「天青だって?」

 その言葉にピングォは思わず声を上げる。天青と呼ばれるまろやかな青い磁器を作っているのは、汝窯という窯元で、極端に生産量が少ない。天青はそれこそ皇帝に献上するような貴重品なのだ。

 ピングォの様子をみて買弁も驚いたのか、慌てた様子で口を開く。

「もしかしてそれは、ひどく貴重な物なんですかね?

紅毛人が、ここ数年で春の空色の陶器を買っていったと聞いたんですがね」

「ここ数年で?」

 ここ数年でそんなものを紅毛人に売ったという話は汝窯の方から入ってきていない。皇帝に献上する青磁を作らせる時に毎回聞いているのだから間違いない。そうなると、紅毛人はこの国ではなく他の国からその青磁を買っていると考えられた。

「どういうことなの……」

 ピングォはそう呟いてちらりとジーイーの方を見る。するとジーイーは両手を肩の辺りに挙げて、お手上げという仕草をする。

 汝窯が何か隠しているのか、単純に情報を取りこぼしているのか、そう考えているうちにふっと思い当たるものが浮かんだ。

「もしかして、ここ数年で紅毛人が買ったのは朝鮮のものじゃないかい?」

「朝鮮! あ、ああ、なるほど、そうかもしれませんね」

 これには買弁も納得いったようだ。朝鮮で作られる青磁の話は、たまにとは言え耳に入るのだろう。

 しかしそれはそれとして。と、買弁は困ったような顔をする。

「でも、朝鮮のものなんて我々では用意出来ないのですよ。私はなるべく商機を逃したくないんです。ピングォ様どうしたら」

「まぁ、気持ちはわかるけどねぇ」

 買弁の言い分にピングォは少し考えてこう呟いた。

「竜泉窯の物を勧めるのが良いのかな……」

 これが最適解だとは思ったけれども、どうにも煮え切らない。そうしていると、誰かが扉を叩いた。

「入りなさい」

 反射的にピングォがそう答えると、月餅を乗せた籠を持ったウーズィが扉を開け、身をかがめて入ってきた。

「お客様がいらしていると聞いたので、おやつをお持ちしました」

 それを聞いて、ジーイーがはっとした顔をする。客人の分のお茶を用意していないことに気づいたのだろう。ピングォもそれは失念していたと今になって思うが、それはそれとして、ウーズィにこう訊ねた。

「ウーズィ、春の空色の磁器が欲しいって言ってる紅毛人がいるらしいんだけど、汝窯と竜泉窯、どっちを勧めるべきだと思う?」

 その問いにウーズィは少し考える素振りを見せてから答える。

「春の空色、というとまず思い浮かぶのは天青ですが、天青は皇帝に相応しいものですので、紅毛人に渡すのはあまり好ましくありません。

ですので、竜泉窯のものが良いでしょう。あれも十分良い物です」

「なるほど、あなたもおおむね同じ考えか」

 考えがまとまったところで、ピングォは竜泉窯に青磁の手配をする方法を買弁に伝える。何度も何度も頭を下げる買弁を見て、まぁ、難しい問題だったしな。などと思ったのだった。

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