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第十章 星の夢物語

 重陽の頃も過ぎ日差しが和らいできた頃のこと。ピングォはジーイーとウーズィを含む何人かの使用人を連れて、紅毛人から納められた朝貢品を皇帝に届けるため宮廷へと馳せ参じていた。

 男数人がかりで運び込んだそれを皇帝の前に差し出し、被せていた布を取る。するとその下から出て来たのは、薄暗い室内でも光り輝いて見える、黄金色の時計だった。その細工は細かく、いたるところに色とりどりの宝石が填め込まれ、背面にあるネジを巻くと音楽を奏でるというものだった。

 皇帝はこれを気に入るだろうか。跪きながら背中に冷や汗をかくピングォに、皇帝は鷹揚にこう言った。

「今回のものは素晴らしい。

今後もこう言った物を納めるよう、紅毛人に伝えるように」

「はい、かしこまりました」

 どうやら気に入ったようだ。ピングォが安堵していると、朝貢品の時計の側からも安堵の溜息が控えめに聞こえる。ここまで運んできた彼らも、皇帝の機嫌を損ねることを恐れていたから無理もないだろう。

 時計を皇帝が呼び出した使用人が運び出すと、皇帝がピングォの名を呼んでこう言った。

「ところで、後宮に行って土産話を聞かせてやってくれないかね。

お前の話を楽しみにしているのがいてな」

 皇帝からこう言った命を受けるのは今にはじまったことではない。ピングォは恭しく頭を下げて返事をする。

「かしこまりました。お邪魔させて戴きます。

その間、この者達はどういたしましょうか」

 ちらりと時計を運んできた使用人達を見て、皇帝の指示を仰ぐ。皇帝はもう慣れた様子で、使用人達の休憩所で待たせておくようにと、そう答えた。

 皇帝の許可を得て立ち上がったピングォとその使用人達は、共に皇帝のいる部屋から退室する。ピングォは真っ直ぐ後宮へとは向かわず、先程皇帝が言ったように、使用人用の休憩所へと向かい、彼らをそこに置いて後宮へと足を向けた。

 鮮やかな光を受けた後宮は、中庭に植えられた木々や花々も鮮やかでうつくしい。この様な景色を知らずに一生を過ごす臣民も少なくないだろうとピングォは思う。思うけれども、ピングォはこの場所に入ることを許された身であるし、自分の屋敷にもこういった中庭を設けることはできるだけの地位と資産を持っている。それを嘆くつもりは全くないのだ。

 宦官に案内されて後宮の廊下を歩き、行き慣れた部屋の前に立つ。日に焼けた木彫りの扉を軽く叩き声を掛ける。

「タオヅ様、ピングォでございます。

陛下の命でただいま参じました」

「お入りなさい」

 中から聞こえてきた柔らかな女性の声に、ピングォは扉を開ける。その部屋の中は華やかな調度品や天蓋付きの寝台、象嵌の施された食台や艶やかな漆で塗られた椅子など、うつくしい物で溢れている。そしてまた、この部屋の主であるタオヅという名の貴妃もうつくしかった。紅梅のように赤い髪を長く伸ばし結い上げていて、髪を留めるための髪飾りも上質なものだ。

 タオヅに勧められて、ピングォは食台の側の椅子に座る。タオヅはすぐさま召使いにお茶の用意をするよう言いつけ、早速ピングォに期待の目を向ける。

「今日も、星空の話をしてくれるのでしょう?」

「はい、タオヅ様のお望みのままに」

「それでは、あの『神に約束された』といつもはじめに書く、あの人の星の話が聞きたいわ」

 にこにこと笑ってそうせがむタオヅに、ピングォは携えていた天文学の訳書を広げる。タオヅの要望通り、冒頭に『神に約束された』とあるものだ。

 ゆっくりと天文の本を読み上げる。本当は、ピングォがわざわざ読み上げなくともタオヅも字は読めるのだけれども、こうして声に出して読み上げてもらうと、つい急いで読んでしまい、満足出来る前に終わってしまうと言うことがないという事で、こうやって誰かに読ませることが多いようだ。

 天文書を読み上げている間に、召使いがお茶の用意をしてやって来た。ピングォはそれに気づいたけれども、タオヅは気づいていないようだ。お茶の用意をした召使いに手で合図を送り下がらせ、ピングォはきりの良いところまで星の話をする。それから、一区切り付いた所でタオヅにこう言った。

「お茶の用意も出来たようですし、ひと休みいたしましょう」

「あら、まぁ。いつの間にお茶の用意が」

「ふふふ。タオヅ様が一生懸命聴き入っている間にですよ」

 紫がかった茶色い急須から、同じ色の茶杯ふたつにお茶を注ぐ。タオヅがそれに口を付けてから、ピングォも口を付けた。

「星の話は、聴いていてとても落ち着くの」

 タオヅが手を伸ばして、ピングォが持っている訳書を撫でる。

「ねぇ、もしも。もしもなんだけれども、私が陛下と出会う前に、この星の話を書いた方と出会っていたら、どうなっていたのかしら」

 余程この本の著者を気に入っているのだろう。タオヅは夢を見るような表情をして、もしものことを語る。西の国に生まれて、この本を書いた人と出会って、そうしたら一緒に星の巡りを観ることもあったのだろうか。そんな話をする。

 けれども本当は、ピングォだけでなくタオヅもわかっているのだ。それが叶えられるはずのない夢物語だと言うことを。

「そういえば、今日のお茶は後宮で最近流行っているお茶なのよ」

 夢物語のあと、タオヅがそういう。確かに言われてみると、普段飲むような青い香りの物ではなく、華やかな香りと酸っぱい味がする。

「あなたのところから納められたお茶だから、何だかわかると思うけれど」

 そう言ってタオヅがくすくすと笑うので、これはちょっとしたなぞなぞだなと察したピングォはにこりと笑って返す。

「もちろんですとも。玫瑰と洛神花でしょう?」

「そのとおり。うふふ、さすがピングォね」

 少しの間お茶の話で盛り上がって、また天文書を読んで。半分ほど読んだところで、また後日続きを読むという約束をして、ピングォは席を立つ。天文書は、側に置きたがっているタオヅの元に残して。

 それにしても、と思う。あの天文書の話を聴いている時のタオヅはまさに恋する乙女そのものだと。

 自分にそう言った経験がない分なんとなく羨ましくも微笑ましくも感じてしまうのだけれども、皇帝にだけは絶対に知られてはいけないと、そう思った。

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