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第一章 官吏のお仕事

 ここはこの国の都。年明けを控えて慌ただしく、けれどもどこか晴れやかな空気が街中に満ちていた。

 白漆喰に黒い瓦でできた裕福な庶民の住宅地を抜けると、そこは宮廷に使える士官や官吏が住む区画になる。その一角に、豪華ではあるけれども他の屋敷よりも抑えめな雰囲気の屋敷があった。

 そのなか、この屋敷を取り仕切る女主人の自室では、細やかな刺繍が全面に施された、ゆったりとした藤色の服を着ている女性が机の上に積まれた書類を忙しなく捲っていた。

 赤い髪を結い上げた櫛と簪に時折触れて、溜息をつく。これは気が滅入っているときの癖だ。

 彼女が見ている書類は、異国の貿易船から献上された皇帝への朝貢品や、持ち込まれた貿易品の一覧、それと、今後この国に持ち込ませるべき朝貢品の発注書だ。

 彼女はこの仕事が嫌いなわけではない。むしろ、異国の文化に間接的とは言え触れられるので、刺激があって好きなくらいだ。けれども、どうしても持ち込まれる貿易品について溜息をつかざるを得ない。異国の品物や話には興味はあるけれど、彼女個人ではなく国が保護している、貿易の入り口とも言える行に無理矢理求めていない物を売りつけられても困ってしまうのだ。

 彼女が興味を示しているのは、主に乳香や古月粉、それに色鮮やかな玻璃器だ。紅毛人がなぜか盛んに売りたがる羊毛の布は興味が無いし、そもそもこの国では需要が無いのだ。そう言った物を行に大量に持ち込まれるという現状は、溜息しか出ない。

「まったく。羊毛の布を持ってくるなんて、こっちは買いたくないし向こうは値下げしないといけないしで誰もしあわせにならないじゃないか」

 彼女個人の意見は置いておいて、この国が欲しいと紅毛人達に要求しているのは、絢爛豪華な朝貢品だけだ。それは宝石で飾られた精密な時計であったり、うつくしい声で鳴く鳥の剥製だったり、この国では作れないそう言ったものだ。

 この辺りの意思疎通、いや、正確には駆け引きが難しいと感じることはある。かなりある。けれども貿易は確実にこの国に利益をもたらしている。例えば、紅毛人は陶磁器や茶葉を執拗に求める。相手からこの国が買う額よりも、この国が相手に売る額の方がずっと多い。そういった事情で、紅毛人達の国からこの国に銀が沢山入ってくる。これは皇帝や他の官吏にとって都合の良いことだ。そう、この国の官吏のひとりである彼女もまた、その恩恵を受けているのだ。

 書類を捲ってまた溜息をつく。これらの書類にけりを付けなくてはいけない期限はまだ先だけれども、とにかく頭を使うせいか体力を持って行かれる。

 家事は全て使用人に任せているから何とかなっているけれども。彼女はそう思う。もし弟がまだこの家にいて、彼女が今やっている仕事を継いでいたとしたら、彼女は異国のことなど一切知ること無く、この家で花嫁修業をして、どこかの家に嫁いでいたのだろう。

 それを考えると、文士になると言って家どころかこの街から弟が飛び出したのは悪いことではなかったのだと思う。もっとも、弟が文士として食っていけているのかは不安になる事があるけれども。

 窓から入る光が翳ってくる。そろそろひと休みしたいとそう思った時に、部屋の扉を叩く音がした。

「ピングォ様、お茶の用意をいたしました」

 疲れたところに丁度良い。ピングォと呼ばれた彼女は、扉に向かって声を掛ける。

「入りなさい」

 声に応えて入ってきたのは、角度によって黄色い光の入る紫色の髪をきっちりと編み上げた男性だ。彼が紫がかった茶色の急須と茶杯、それに小さなもろこしの欠片がいくつか乗った皿の乗ったお盆を持ってピングォの机のそばに来ると、ピングォは倚子から立ち上がり、両腕を上げて伸びをする。伸びをしても、ピングォの背丈は男性と比べて頭一個分以上背が低い。男性の上背が高めと言うのもあるのだが、ピングォ自身が小柄だというのもある。

 伸びをしてほぐれたところで、ピングォが机の上の書類をまとめ、できた空間に男性が持っていた茶器を置く。それから、彼が慣れた手つきで書類を種類ごとに棚へと収めていく。

「お疲れでしょう。今日はここまでにして、新年に備えてはいかがですか」

「そうね。ジーイーは気が利いて助かる」

 ジーイーと呼ばれた男性が、お盆の上の急須を手に取り、くるりと中身を揺らしてから小さな茶杯に中身を注ぐ。茶杯の色が濃いので水色はわからないけれど、甘い香りが漂った。ピングォが茶杯を手に取って口を付ける。清々しく青い香りと微かな渋味、喉の奥に残る甘みが疲れを癒やしてくれる。

 お茶を飲み、甘いもろこしを食べてだいぶ気が緩んだところで、ジーイーがピングォにこう訊ねた。

「貿易の方の仕事が、随分とたまっているようですが」

 そう言われて、ピングォはまた頭に刺した簪を弄る。

「紅毛人が結構無理難題言ってくるからね……

年が明けたら行に手紙を出さないと」

「朝貢品の発注ですか?」

「そう」

 ピングォの言葉を聞いてか、ジーイーも深い溜息をつく。朝貢品に限らず、貿易に関しての面倒なことは、ピングォからこうして聞くことが多いので、とにかく紅毛人が厄介だと言うことはわかっているようだった。

「とりあえず、疲れすぎていると年明けまで起きていられないでしょう。今の内にしっかり疲れをとってしまってください」

「ありがとう。そうする」

 そう言ってまたお茶を飲んで。三杯目を注いだところで、ジーイーに差し出す。

「あなたも大変でしょ」

 ピングォから茶杯を受け取ったジーイーは、ぺこりとお辞儀をしてから茶杯に口を付けてお茶を飲む。

「来年もまた、よろしくお願いします」

「こっちこそ」

 仕事を抱えたままだけれども、年末年始くらいはゆっくりと過ごしたいとピングォは思った。

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