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7.はじめてのお友達

 魔法学校の授業は、当然精霊魔法ばかりではない。

 一番最初に受けた魔法史や、魔方陣の作り方。魔法生物の生体や、魔法に関する職業について等、色々なものがあった。


 それらは特に全部受けなければいけない訳ではなくて、一日にいくつかの授業があって、希望すれば受けられるという感じだ。


 僕は全ての授業に出ていたけど、魔法史なんて今では受けるものは殆どいない。

 みんな精霊探しの方が大事と、魔法史の時間になれば外へと出掛けていった。


 正直、僕もそうしようかと本気で悩んだ。


 だって、何度か受けた魔法史の授業はやっぱりつまらなくて。知っていることばかりだったり、いつの間にかオペラのような体裁になっていたりと、とてもじゃないが為になるようには思えなかった。


 それでもどうして受けているのかといえば、僕が貧乏性の小心者だからだ。


 せっかく入学したんだし。という思いと、もしかしたら今度こそシエラ救出の手がかりがあるかもという期待。まあこれまでは全敗だけど、それでも無下にすることはできなかった。


 魔法史以外にも人気の薄い授業はある。

 今から始まる魔道具の使い方の授業も、そのひとつだった。


 何故人気がないかといえば、魔道具の使い方なら魔道具を買うときに店舗でレクチャーを受けられるからだ。

 いつでも習えるのなら、今は精霊を探したいという者は早々に退出していた。


 そんな訳で、魔道具の使い方の授業が始まった教室にいたのは、半数ほどだった。


 初老の女性教師が蘊蓄を披露しながら、手に持った道具を使って見せる。淡々とした説明を聞きながら、僕は時おりメモを取りつつ話を聞いていた。


 特別記録したいことがある訳ではないが、便利そうなものは控えていく。

 今度マリア先生に買おうかな、とか。シエラにプレゼントを用意しようかな、とか。そんな思惑で。


 大体いつもこんな感じで教師が使って説明するのを見ているだけだったので、今回もそうなのかな、と思っていると。


「ではみなさん、三人ずつくらいで集まって」


 おや?いつもと違った流れになった。

 僕たちは促されるまま席を立ち、教師の指示を聞く。


 今回は数人でグループを作り、各自与えられた初見の魔道具の使い方を考察して報告するらしい。

 これまでの授業で一通りの説明も済んだので、実習形式に移行するようだ。


 僕はきょろりと辺りを見回す。

 今まで誰とも殆ど話してないんだよな。誰かいないかな。


 ふと視線の先にいた王太子殿下に目を留める。しかし彼は、案の定婚約者のご令嬢に捕まった。──と思ったら、ピンクブロンドの髪の娘にかっ拐われた!


 ひとりぽつんと残されたご令嬢はハッと我に返ると、これまたすごい勢いで、でも優雅に追いかけていく。突如教室で始まる追い駆けっこ。


 え、なに今の。

 あの娘すごい早業で腕をとってったぞ。王子様、あーれーって感じだったぞ。


 いやいや、本当に王子様の周りは大変だな、と思った。

 ·······まあ僕には関係ないけど。


 さて。僕も誰かに声をかけないと。


 改めて周りを見ると、ひとりの女の子と目が合った。チョコレート色の癖のある髪と鳶色の瞳の、小柄な女の子だ。

 確かフランネル・レリシアだったな。


「レリシアさんひとり?よかったら一緒にやらない?」

「は、はい!ぜひ!」

「よかった」


 よし!人生初ナンパ成功!

 緊張を出さないように気を付けたお陰か、レリシアさんはボブの髪を揺らして元気よく頷くと、僕の元へとやってきてくれた。


 本当に小さいな。それが彼女に抱いた最初の感想だ。

 シエラだって小柄だけど、近くに立ってみれば僕の目の高さにあったのはレリシアさんのつむじだった。


 胸の前で指をもじもじさせている姿は、なんだか小動物みたいで癒される。

 シエラ以外の女の子と親しくしたことがないから不安だったけど、なんだか安心した。


 取り敢えず、改めて自己紹介をする。

 少し話を聞いてみれば、彼女は辺境伯の娘だった。


 あ、思い出した。なんか聞いたことあると思ったら、レリシア領って農業で有名な土地だ。

 穀物やら野菜やら、この辺りの市場に出回るのは大半がレリシア産と言っても過言ではない。


 身分的にはかなりのお嬢様なんだけど、なんとなく育った環境がイメージできる、おっとりした娘だなと思った。

 それでもやはり貴族らしく、確かに所作振るまいがおしとやかで、僕とは大違いだ。


 ······比べて僕は、こんなになってごめんシエラ。

 周りからの見え方をふと想像して、ちょっと反省した。


 もう一人くらい声をかけるか、と思ったものの、のんびり話していたらもう既にグループは出来上がっていて、結局僕たちは二人でやることにした。


 他のグループに倣って教室の片隅に陣取ると、教師に配られた魔道具の観察を始める。


「うーんと······」

「これは何の道具でしょうか?」

「なんだろうね」


 今日の授業内容に相応しい、何に使うのか想像もつかない形のそれ。


 手のひらに収まるくらいの球体は、薄いガラスでできているようだ。中には黒い液体が半分ほど入っていて、球体の天辺に小さな穴が空いていた。


 なんだろう、これ。こんな魔道具、見たことない。


 そもそも魔道具というのは、魔法使いが精霊魔法で作った便利道具のことだ。

 既に魔法をかけてあるので、精霊と契約していなくても誰でも使うことができる。ものによっては自分の魔力を使う必要があるものもあるけれど、道具だけで使えるものも多かった。

 その為、家事に役立つものや子供のおもちゃまで、いろんなものが街中で気安く売られている。


 例えば、マリア先生も孤児院ではよく魔道具を使っていた。料理をする際は火の魔法のかかったかまど。洗濯は水の魔法のかかったたらいを愛用していた。


 僕が使ったことがあるのは、聖域に行った時につけた精霊の腕輪くらいだけど、確か光の精霊の魔法がかかっているんだったよな。あれは食事も排泄も睡眠も不要になる、スーパー魔道具だった。


 これは黒い液体が入っているし、色的には闇っぽいけど······。


「あの、シエラさんは、」

「シエラでいいよ」

「あ、はい!シ、······シエラちゃん」


 呼び捨てでいいんだけど、とは言わなかった。

 さん付けはなんか、僕何様?って思うけど、ちゃん付けなら別に気にならないし、彼女も呼び捨てはなんか抵抗があるみたいだしね。


 でも恥ずかしそうに呼ばれると、なんだか照れる。頬をぽりぽりかいて言葉を待った。

 言いかけてた言葉をつい切っちゃったからね。何かな?


「······」


 ん?

 何か言いたかったんだよね?現に今も言いたそうだし。


 根気よく待っていると、レリシアさんはモジモジと指を動かしながら小さな声で呟いた。


「私の事も、その、フランネルと······」

「ああ、了解!フランネルね」


 かあっと顔を赤くするフランネル。あはは、可愛いなあ。恥ずかしがりやさんか。

 うちはやんちゃな弟たちで騒がしかったけど、年頃の妹がいたらこんな感じだったのかな。メアリーの将来と重ねてしまって、頬が緩んだ。


 ──それはそうと。


「フランネルさっき何か言いかけてなかった?」

「あ、そうでした!」


 忘れてたのか。本当に可愛い。

 僕はおかしくてふふっと笑ってしまった。


 笑われたフランネルは更に顔を赤くして、それでも一生懸命話し出した。


「あの、聞きたいことがあって」

「うん?なに?」

「シエラちゃんはどうやって闇の精霊を呼んだんですか?」


 ──ああ、それか。最近よく聞かれるんだよな。


 いくら探しても精霊が見つからないからか、クラスメートからちょくちょくアドバイスを求められることが増えていた。


 それに対して、いつもなら、偶然だからの一言で済ませるんだけど。


「呼んでないんだよ。先生も言ってたけど、たまたま。本当に奇跡だったと思う」

「そうですか······」


 力にはなりたいと思うけど、アドバイスできるような事は何もないと、素直に謝った。


「ごめんね」

「いえ!」


 シュンと肩を落として見るからに落ち込む姿が哀愁を誘う。


 そっか。フランネルも当然精霊と契約したいよな。何か教えてあげられたらよかったんだけど、でも、僕も本当に幸運だっただけだからなあ。


 残念だけど、僕にできることはなかった。


 どことなく気まずい空気の中、僕は魔道具を手に持って観察を始めた。

 特徴を箇条書きにノートへ記しながら、ちらりとフランネルの様子を窺ってみると。


 あああ······。


 さっきまで元気一杯の笑顔を浮かべていただけに、今の姿に胸がチクリと痛んだ。


 机の上に落ちた視線は、そこにはない何かを見つめているように動かない。

 きゅっと結んだ唇が、悔しさや悲しさを顕著に写し出していて、今にも泣き出しそうに見えた。


 励ますっていってもなあ。精霊と契約できた僕が何か言っても嫌みになるだろうし。何も言えないよな。

 かといってこのまま放っておけないし。


 だってほら、一緒にこの課題をやって提出しなきゃならないから。


 はてさて、どうしたものか。

 悶々と悩みながら僕は手を進めた。


 記録紙が一杯になって、一枚めくる。

 ペラリと乾いたその音に、フランネルはハッと我に返った。


「あ、ごめんなさい!私も観察します」

「うん。じゃあ、はい」


 お、帰ってきた。


 自力で浮上したフランネルは、プルプルと頭を振ってからぺちっと自らの頬を叩く。

 僕が魔道具を目の前に置いてあげると、さっそく調べようと手を伸ばした。


 しかし慌てて持ち上げようとしたので、中の黒い液体がたぷんと揺れて溢れ出そうになっていて──。


「フランネル!手!」

「え!?あっ!!」


 思わず、弟たちを注意する時のような強い声を出してしまった。


 フランネルは反射的に驚いて魔道具を離し、手を引っ込める。その拍子に指先で魔道具を弾いてしまい、球体のそれは机の上を転がった。


「わっ!」

「あっ!」


 待って!と二人で手を伸ばすも、時既に遅し。

 魔道具は呆気なく、机の端から落ちた。


 ガラスの割れる音が教室に響く。

 集めてしまった視線に居たたまれなさを感じた僕は、慌ててしゃがみ込んだ。


 間近に見ると魔道具は粉々に割れ、中の液体も散乱していて石貼りの綺麗な床が無惨な感じに汚れていた。


「ごめん。逆に驚かせた」

「い、いいえ!私こそ、不注意で······、あの、ごめんなさい······」


 僕は緩く首を振ると、同じように隣にしゃがんだフランネルと視線を合わせた。


「ケガはない?」

「あ、はい。大丈夫です」


 割れたガラスを一緒に拾う。魔道具の教師はあらあらと言うだけで怒ることもなく、僕たちに処理を言いつけてから代わりの魔道具を取りに行った。


「······」

「······」


「······フランネルは、精霊と契約したいの?」

「はい」


 沈黙に耐えられなくなって聞いてみると、すぐに力強い肯定が返ってきた。


 当然したいに決まってるとは思っていたけど、今までの彼女らしくないきっぱりとした言い方に少し驚く。


「でも、私ドジばかりで······。いつも失敗ばかり 」


 しかしその意外な一面もすぐになりを潜めて、再びしゅんと肩を落とした。


「お父様のお役に立ちたいのに、足手まといで」


 ガラスを拾う自分の指先を見つめたまま、ぽつぽつと話す声はどんどん小さくなっていく。


「お話も、うまくできないから、······お友達もいないし」


 最後には消え入りそうな声でそう呟くと、小さな口をつぐんだ。


 ていうか、友達?友達ねえ。


「ふーん」

「ふーん、って」


 僅かに非難の感情を感じとる。視線が「ひどい······」と言っているようだ。

 ああ、フランネルにとってそれは切実な悩みなのか。


 なるほど。


「気に障ったならごめん。でも、僕もいないし」

「え?」


 だから友達がいないと打ち明けられても、ふーんという感想しか出てこなかった。と、僕は正直に謝った。


 僕に友達はいない。

 ずっと引きこもっていたから、友達を作る機会も意思もなかった。


 僕の周りにいたのは、孤児院の家族だけだ。


 そういえば、稀にシエラに連れられて買い出しに行ったことはあるけど、その時も同じ年頃の男の子とはほとんど話さなかったしな。

 それはなぜかといえば、シエラの隣を歩く僕には挨拶ではなく殺気の混じる視線が突き刺さっていたからで。


 ──シエラ可愛いもんな。

 牽制の意味も込めてシエラの手を取れば、嬉しそうに頬を染めるから。シエラの友達らしい女の子も気を遣ってか声をかけてこなかったっけ。


 だから僕の知る歳の近い子供は、シエラか弟妹たちだけだった。

 そのことに不満も不便もないし、なんとも思わない。むしろ充分だと今でも思ってる。


 だから友達がいないと嘆く気持ちが、僕には全く理解できなかった。


「シエラちゃんは友達、欲しくないんですか?」

「別に」

「そ、そう」


 けろっと軽く返せば、あまりに驚いたのか。フランネルはそれ以上何も言わなかった。


 そういえばシエラには街に友達がいたな。

 かつて孤児院にいた姉たちもよく友達が会いに来てたっけ。


 でも兄や弟たちは、あんまり外の友達と親密にしていたという記憶がない。

 性別によっても気持ちに差があるのかもしれない、とその時初めて思った。──まあ、今の僕は女の子だけど。


 そんなことを考えながら片付けを済ませて、ちゃっちゃと課題も片付けていく。

 新しく配られた魔道具は僕も知っていた埃取りの羽モップだったので、楽勝だ。


 丁度書き終えたところでチャイムが鳴り響き、終業を告げた。

 この後は昼休みだ。


「じゃあ僕、この紙出してくるね。お疲れ」

「あ、······はい」


 僕は未だ戸惑った様子のフランネルに声をかけてから、さっさと教室を後にした。






**********






「さてと」


 無事に課題を提出した僕がやってきたのは図書館だった。

 時間を有効に使うため、昼休みはここで本を読んで過ごすようになったのは比較的最近のことだ。


 え?昼ごはんはって?

 そんなのつまらない座学の間にとっくに食べた。


 僕は今、魔法を学ぶのに忙しいんだ。一分一秒だって惜しい。だから、早弁だって厭わない。

 一刻も早くシエラを救わないといけないんだから、なりふり構っていられないんだ。


 クラスメートの信じられないものを見るような目だってなんとも思わないし、最近では、ずっと寝ている白髪ちゃんと僕の早弁は、最早普通の光景になり始めていた。


 ──シエラの評価は下がるかもしれないけど。

 でも、シエラのためだから!ごめんね!シエラ!


 僕は都合よく割りきって、本を探す。目当ての本はすぐに見つかり、さっそく手に取った。


 これこれ。この図書館は貴重な本がたくさんあって、凄く勉強になるんだよな。

 精霊魔法はもちろん、特殊魔法について書かれたものも何冊もあって、僕の読みたい本リストはかなり先まで一杯だった。

 といっても、まだ理解できそうもないものもたくさんあるから、簡単なものからだけど。


 いそいそと表紙を捲り、兼ねてから目を付けていた初級精霊魔法の解説書をその場で読み始めた。


 ──すると。

 幾ばくも進まない内に、ピリッとした声に本の世界から引き戻された。


「オルベスク殿下に、近づくないでくださいませ」


 ん?

 冷たい声が、僕の立っていた書棚の裏側から聞こえた。


「······勝手なこと言わないで」

「私はオルベスク殿下の婚約者です。当然の主張ですわ」

「そんなの、親同士が勝手に決めただけじゃない」


 喧嘩か?と思わず隠れながら移動して遠目に様子を窺うと、そこには明らかに高位の貴族と思われる金髪縦ロールのご令嬢と、ピンクブロンドの髪をした平民とおぼしき娘がいた。


 修羅場?なんか、怖いんだけど。

 怖いから立ち去るか、とも思いつつ。好奇心には逆らえなかった。


 もう少しだけ、と表情の見える辺りまで忍び寄って、覗く。


 その顔を確認してみれば、ああやっぱり、と納得してしまった。なぜなら二人はクラスメートだから。


「当然ですわ」

「な、」

「殿下は次の国王となられる御方ですもの。相応しい者が、当然選ばれるのです」


 ですからこうして、貴方にも助言して差し上げているのですわ。と。氷のように冷めた視線で言い放った。


 ひえええええ。ご令嬢、気が強いなぁ。

 確かエリザベートだっけ、彼女。


 僕は寒くもないのにブルリと震えた自分の肩をぎゅっと抱いた。


 女の子同士の言い合いって、こんなに怖いものなのか。知らなかった。


 シエラはとても穏やかな女の子だった。

 誰かと喧嘩してる姿なんて見たことないし、いつも微笑んでいて本当に天使のようだった。


 だから女の子の喧嘩というものを想像したこともなかったんだけど。

 この二人はシエラとはかけ離れすぎていて、同じくくりで見ることは難しかった。


 やっぱりシエラは別格だったんだな。うん。あんなに素敵な娘は、他にいない。間違いない。

 ああ、また会いたくなってきたよ。会って思いっきり抱き締めたい。


「殿下に最も相応しいのが、あなただとでも?」

「だからこうして、私が婚約しているのです」


 おっと、トリップしてしまった。今大事なところだからな。見逃さないように気を付けないと。


 僕は変な使命感で再び息を潜める。そして覗きを続けた。

 えっと、食い下がる平民の娘は、確かユウリだったな。


「でも、殿下の気持ちは······」

「ふふ」


 何か言いかけたユウリに、エリザベートは楽しそうに笑う。

 閉じたままの扇を添えた顎を僅かに上げて、ユウリを見下ろすようにして。


 こええええー!!何その動き!!そのポーズ!!

 でもなんか、面白くなってきたー!!


「先日、オルベスク殿下に頂きましたの」

「······っ!」


 ここで止めの一撃!?

 怖いけどここまできたらめちゃくちゃ気になる!!

 何!?何を見せたの!?どうする、ユウリ!?


 ちらりと本の隙間から目を細めて凝視する。

 ご令嬢の綺麗な小指に細い指輪が光っていた。


 キッと涙ぐんだ目で睨み付けるユウリ。相当な衝撃を受けたようで、唇が震えている。


 ああ、こりゃかなりのダメージを負ったな。今回はエリザベートの勝ちだなこれは。


 僕の予想は当たったようで、ユウリはそれ以上何も言葉にせずに背を向けると駆け出した。

 見つからないように身を隠して横を通りすぎるユウリを見れば、目元には涙が浮かんでいて、ショックの深さが窺える。


 それを見た僕は、エリザベートに見つかる前にそっとその場を去った。






**********






「──はあ」


 僕は中庭に面した解放廊下を歩きながら溜息を吐いた。


 傍目で見てる分には楽しかったけど、やっぱり女の子って怖いと思ってしまった。

 あの二人は特に関係性が悪いし友達でもないのだろうけど、女の子は例え友達同士でも酷い大喧嘩をするということは知っている。


 それは前にシエラから聞いたことがあった。


 シエラの友達が大喧嘩をして、それを仲裁したと。それが本当に大変だったと言って、一晩中僕に抱きついていたっけ。


『アンヘルとくっついてると、疲れが吹き飛ぶの』

『じゃあ今夜は、ずっとこうしていよう?』

『うん』


 今から二年くらい前だったかな。疲れ果てた様子のシエラの髪をずっと撫でながら、一緒に眠ったっけ。


 あれは役得だった。あの夜は本当に幸せだった。


 でもシエラがあれほど参っているのを初めて見たんだよな。あの時ばかりはマリア先生も、一晩一緒にいることを許してくれたくらいだし。

 女の子の喧嘩ってどれだけ凄いんだろうと戦々恐々としたのを覚えてるけど。


 さっき実際に目の当たりにして、その怖さが初めて分かった。


 うん、やっぱり女の友達はいらないかな。僕にはシエラさえいれば充分だし。

 僕は決意も新たに廊下を行くと、階段を昇る。


 あ、でも魔法について相談できる相手は欲しいかもしれない。その点では、友達って良いよな。

 図書館の本は時々言い回しが難しかったりして、気軽に聞ける相手が欲しいところだった。


 じゃあ男友達か?頑張って作る?

 いや、それもなあ。だって今僕シエラだし。下心とかあったらたまらないし。


 ······やめやめ。


 純粋に友達になったって、こんなに可愛いシエラだもん。男なら結局惚れるのがオチだから。絶対に友達のままではいられなくなるから。


 うん。やっぱりなしの方向で。

 僕はひとりでそう結論付けてあっさり決めると、そのまま教室へと戻った。


「きゃあああああ」


 教室に入ろうとした直前、後ろから聞こえた声に振り返ると、ずざざざざと抱えていた教本を廊下に滑り落としたフランネルの姿が目に入った。


 またか。

 やっぱりドジっ子なんだな。


 僕は教室に入らずに戻ると、足元の一冊を拾い上げる。


「はい。大丈夫?」

「あ、は、はい。ありがとうシエラちゃん」

「どういたしまして」


 嬉しそうに受けとるフランネルに微笑みかけると、彼女からも照れた笑みが返された。

 ふふ。やっぱり可愛いなぁ。撫でたくなってくるよ。


 そんなことを思いつつ教本を拾うのを手伝っていると、騒がしい声が近づいてきた。


「いい加減になさいませ!目障りですのよ!」

「酷いわ!そんな言い方!オルベスク殿下は······」


 またか、こいつら。よくやるよ。


 その声の主たちは丁度僕たちの目の前で止まると、そこで言い争いを始めた。

 お互いしか見えていないのは一目瞭然だ。


「あなたとは済む世界が違うのですわ!」

「そんなことない!」

「ありますわ!」

「ない!」


「あのさ」


 いい加減イラッとした僕は、会話をぶった切って間に入り込む。

 二人は鋭い視線を同時に僕に向けた。


「踏んでるからどいて」


 さっきから教本を踏んでるんだよね。こいつら。

 フランネルがなんとか取ろうとおろおろしてるのに気づきもしないで、ずっと言い合ってるけど。


 別の場所でやってくれないな。

 暗にそう視線で告げてから、大袈裟な動きで教本を拾い上げる。


 邪魔!と言わないだけ僕は冷静だよね?

 だからフランネル、そんな蒼白な顔で泣きそうにならないで。大丈夫だから。


「あなた······」

「?」


 エリザベートは一瞬驚いた顔をした後、キッと僕を睨む。うわ、こっわ。


 でも別にどうってことない。もっと怖いことなんていくらでもあるって、知ってるし。


「何?」

「いいえ。何でもありませんわ」


 エリザベートはそれ以上何も発することなく、くるりと向きを変えると優雅に立ち去っていった。

 ユウリはその背中を睨みながら見送ると、無言で教室へと入った。


 二人がいなくなると、おずおずとフランネルが側へ来て僕のマントの裾を軽く引く。

 まだ少し緊張は残っているようだけど、顔色は大分よくなっていて安心した。


「あの、ありがとう」

「気にしないで」

「私のせいで、ごめんなさい」

「うん?」

「エリザベート様に、その、目を付けられてしまったでしょ?」

「ああ。多分ね」


 フランネルは目に見えてシュンと落ち込んだ。

 この仕草、動物の耳が垂れてる様な幻覚が見えるんだよな。可愛すぎる。


「気にしなくて良いよ」

「でも······」

「それより、早く教本持っていこう。次の授業で使うんでしょ?」

「あ、はい。さっき先生に頼まれて」


 教師め。人の良さそうな娘にこんな力仕事を任せるなんて。

 フランネルは僕の持つ教本を受け取ろうと手を出したけど、僕はそっとそれを躱す。


「あの?」


 不思議そうに小首を傾げた様子がやっぱり小動物みたいで少し笑ってしまった。


「半分持つよ」

「えっ」

「行こう?」

「は、はい!」


 並んでゆっくりと教室へと入る。

 あまりにも嬉しそうな表情に癒された。


 本当、可愛いなあ。妹って良いな。とか思いながら。


「お、お友達って、こんな感じかな······」


 不意に小さな呟きが耳に入ってきた。


 そっと表情を伺えばキラキラとした目と視線が合ってしまった。頬を薄紅色に染めてウルウルと見上げてくる様は、正に仔兎のようで。


 友達ねぇ。嬉しそうだし、······まあいっか。


 絆された僕は、こうして初めてのお友達を得たのであった。

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