#:2 〜神崎の怒り〜
「何をしている、新人。奈緒を学校まで送らんか。」
「は、はい!」
お兄様のお怒りだ。
怖い、正直、逃げたい。
「…って、車乗れないんじゃないのか?…ったく、使えないな。」
「いやいやいや。車乗れないのは、俺の責任じゃねぇーよ!?大体、まだ高校生なんだから。もし運転できる能力があったとしても、絶対運転出来ないと思いますよ??」
…と、心の中で呟く。
「は、はぁ…すいません…」
「いいです、お兄様、あたし、歩けますから。」
神崎が、お兄様に言うと、鞄を俺に突き出してきた。
「…せめて、鞄持つくらいの仕事はやんなさいよね。」
俺は神崎の鞄を素直に受け取った。
何故素直に受け取ったか。
その一は、神崎のお兄様の手前だから。こんな状況で、「何で俺が…」などと言おうものなら…。つまり、お兄様に恐れているからである。
その二は…神崎に助けてもらったから。本人はそのつもりじゃなくても、俺は少なくとも助かったのだ。
…お兄様の、理不尽なクレームから逃れられたから。
「お前が歩くなんて、珍しい。気をつけて行けよ。」
「珍しいなんて、失礼ですね。今日はそんな気分だったんです。では、行ってきます。」
「…ああ。じゃーな。」
「あ、お兄様、行ってきます。」
「……。」
お兄様、俺は無視?…なんか、ひどくないか?
そう思いつつも、学校へ向かう俺たち。
会話はゼロ。
その間、俺は考えごとをしていた。
そういえば…。
神崎は、お兄様のこと、「お兄ちゃん」じゃなくて、「お兄様」と呼ぶ。
そして、兄妹に敬語を使う。
…やっぱり、普段は道化ていても、こいつはお嬢様なんだな、と感心した。
まじまじと神崎の顔を見る俺を、神崎は痛い子の目で見てくる。
「…何?きもいんだけど…。」
「え?あ。いや…、お前って、お兄様に敬語使うよな、兄妹なのに。」
俺はそう言っただけなのに、神崎は露骨に嫌な顔をした。
言われるの、嫌なんだろうか。
それにしたって、そこまで嫌がらなくても…と、俺は言いかけた。
しかし、すぐに下を向く神崎。そして、少し弱々しい声で、「あんたには、関係ない」と言った。俺は聞こうとした口を、手のひらで塞いだ。
「…学校ついたから、別行動。鞄、返して」
俺は確かにさっき、恩を感じていた。しかし、自分から持て、と言ったのに「返して」はないんじゃないか、と思う。まぁ、執事の立場で言えることじゃないけど。
それにしても…。「別行動」なんて…。
あいつは、そんなにさっきの事を気にしていたのだろうか。
神崎の言葉は、胸に突き刺さるような冷たさを持っていた。