#:12 〜俺様(?)宏明降臨〜
―――朝。
昨日長く感じた夜も、寝てしまえば一瞬だ。
周りを見渡すと、いつもと違う風景が広がっていた。しかしその理由を考えるのに、頭を悩ませる必要はなかった。そう、昨日は神崎とお兄様を二人きりにさせるためにリビングで寝た。だから、目覚めて見える景色がリビングなのは当たり前。
それにしても、改めてみてもリビング広いな…
流石、金持ちだ。
ボーっとしながら起き上がる。しかし、寝床に使用していたソファから立ち退くことはしなかった。
ふと、リビングの廊下へと繋がる扉が開いた。
「………おはよう」
開けたのは…お兄様だった。
一瞬でも神崎かと期待した自分を殴りたい。
って、違う違う!期待なんかしてねぇ!って、なんの期待だよ!
と一人で突っ込んでいると、虚しくなってくる。
「……オイ。てめぇ、俺の挨拶シカトか?いい度胸だな」
「えっ?す、すみません!おはようございます、お兄様!」
「冗談だよ。…昨日は悪かったな」
お兄様は、開いた扉を戻しながら言った。
ふと、気がつくことがあった。
お兄様…いつもの口調はどこへやら?
お兄様、「てめぇ」じゃなくて「貴様」とか言うだろ。
「シカト」じゃなくて「無視」だろ?
……「悪かった」じゃなくて「すまなかった」だろ?
「あの…」
「ん?」
「く、口調が…」
「あ〜昨日奈緒にも言われたわ。俺と奈緒が付き合ってたときは、俺は普通だった」
「普通?」
「ああ。でも、奈緒と兄妹になってからはいつの間にかあんな先生みたいな喋り方になってたんだよ。それに気づき始めた頃には…普通の俺を封印しようと思ってたんだけどな」
悲しそうな瞳で、視線を落とすお兄様。いや、今は「宏明さん」と呼んだほうがいいのだろうか?
「お前には感謝してるよ。守くん」
宏明さんから、柔らかい笑顔が生まれた。
あれ、俺認められたかも?だったらすげー嬉しい!新人とか言われてたもんな…こないだまで。
「いえ…当然ですよ。俺は宏明さんと神崎がくっついてほしいって思ってるんで…」
「ふーん?…自分の気持ちは押し殺して?」
「な、何言ってるんですか!?俺は別に神崎のことなんてなんとも思ってな…」
「あ、図星か。」
どうやら、宏明さんにカマかけられたらしい。そして俺は、それにまんまと引っかかって。馬鹿?俺って。
「安心しろよ。奈緒には言わねぇよ」
にっこりと微笑む宏明さん。俺から、安堵のため息が。…って、安心すんのそこじゃねぇ!宏明さんは、もう奈緒のことを諦めたのかな?
言うか言わないか迷っていた俺に、宏明さんが言ってくれた。
「大丈夫。俺、奈緒のことは諦めねぇから」
「え…………」
俺のこの一文字には、どこが大丈夫なんだよ!という意味が込められている。(無理矢理)
「昨日二人きりにしてくれてありがとう。そのおかげで分かったよ。奈緒のこと諦めんのは、間違ってるかもなーって。」
意地悪そうに微笑む宏明さん。そして、言葉を続ける。
「元々兄妹じゃねぇんだから、いいよな?攻めたって。」
「え……宏明さ…?」
「ライバルだなぁ。俺ら。……ま、お互い頑張ろうぜ。」
そう言って笑い、リビングを出て行った宏明さん。
俺は、宏明さんの背中を目を見開きながらみつめた。そして、その背中が視界から消えると、緊張の糸が切れたように大きく息を吐き出した。
もしかして、俺…ライバルの恋を支援しちゃった?
しかも、神崎も思いを寄せているヤツに。
俺って、
ほ ん と に ば か だ な
友人談。
その日の俺は、負のオーラやら怖いオーラむんむんだったから話しかけづらかったらしい。
そして、それを言われたのは三日後のことだった。