#:9 〜二人の気持ち<2>〜
「バーカ。」
「…は!?」
「大体なぁ、お前の『お願い』は『命令』なんだよ!ホント、理不尽すぎる…言うこと聞かなきゃクビ、なんて…」
深くため息をつくと、神崎も言葉を詰めた。
本人は必死なんだろうけど、そう簡単にことが上手くいくとは思えない。
大体、神崎の家は金持ちなんだから。失踪とかしたら、普通捜索するだろう…
「あ…あたしは、本気…なんだよ…っ」
「だからお前はガキなんだよ」
後ろから聞こえてきた声の主に、俺たちは視線を移す。
「…お兄様…」
「宏…くん…」
その声の主はお兄様だった。
「『宏くん』?…変わった呼び方をするんだな。俺のことを、お前はいつも『お兄様』と呼んで線引きしていたクセに…今頃、彼女面しないでくれるか」
神崎は俯いてしまった。
俺は、お兄様のその冷たい言葉をただ聞き流すだけしか出来ず、ただ立ち尽くしているだけだった。
お兄様は、そんな俺を見て、どんどん俺に近づいていった。
「お前も未熟だな」
そう冷ややかに言われ、ぞっとした。
馬鹿にされてるわけでもなく、怒られているわけでもない。ただ、無表情に言われた。
別に立派な執事を目指しているんではなく、どちらかといえば嫌々ながらにやっていたハズなのに、何故か悔しかった。お兄様に言われたのが、無償に腹が立って…。
「でもっ…宏くんは、あたしのことが好きなんでしょ!?」
神崎がそう言うと、お兄様は俺のことを鋭い目つきで睨んだ。
俺がひるんでる間に、お兄様は神崎の胸倉をつかんでいた。
「俺はお前の兄だ。…生憎、妹に恋をするほど俺は飢えてないんでね」
「宏…く…っ」
お兄様は今、神崎にわざと酷いことを言って、酷いことをして嫌われようとしてるんだろう。
けど…
―――お兄様は、神崎の胸倉から手を離す瞬間、ほんの少しの間だけだけど、
切なそうな顔をしていた。
神崎は、それに気がついただろうか?
でも、きっと気づいていないだろう。
彼女自身、自分のことで大変なのだから。
「…ごめん…なさい。『お兄様』」
こんなことでいいんだろうか?
二人は好きあっているのに。
また、兄妹に戻ってもいいんだろうか…
「神崎。…お兄様。」
暗い顔をする二人に、俺が話し掛ける。
「神崎。お兄様のことがいくら好きでも、神崎家を捨てることは間違ってるんじゃないか?
お兄様。もっと自分の気持ちに素直になったらどうですか?」
二人とも無言になる。
きっと、一番痛いところを突かれたからに違いない。
「自分の気持ちに…素直になる、か。」
独り言のようにそう呟いたのはお兄様だった。
「守くん。…今だけ、奈緒と恋人同士に戻ってもいいだろうか。」
切なそうな顔をして聞いてくる。
別に俺に聞くことではないんだけど、きっとお兄様は自分の意思表示を俺にしたかったんだと思う。
「…今夜は、リビングを借りますね。」
俺はしばらくの沈黙の後、静かにそう言って部屋を出て行った。
きっと今夜、神崎とお兄様は「恋人」に戻るだろう…。