#:0 〜プロローグ〜
肌にTシャツが張り付くような、この蒸し暑い7月に。
…悲劇は起こった。
「守!!早くしなさいよ!」
俺は、この女の買ったものを抱えて息をきらしていた。
「…なんなんだよさっきから。重たい荷物持たせやがって、お前!!」
「あら?そんなこと言っていいのかしら?あんたは今日から、この家の…
いえ。あたくしの執事なのですから。」
「…ちっ…」
俺は、さっきまで楽しく友だちとプールではしゃいでいたはずなのだ。
なのに、家に帰ると家の中はもぬけの殻。おふくろと親父は、俺をおいてどこかに
行ったのだ。
俺のテンション、一気に下がり。
そして…代わりに俺宛ての手紙が一通。
[守へ。お父さんが、騙されちゃった。借金返さないといけないから、下に書いてある
お宅で働いてくれない?あんた、クラスメイトの子でしょ?よろしくね☆ 母より。]
「はぁぁぁぁぁ!?」
そんなこんな(?)で、俺は強制的にクラスメイトの神崎奈緒の家の執事と
なってしまった。
「ちょっと、守!…ぼーっとしないで、歩く!」
「うるっせぇな…つーか、そのうざい言葉遣いやめろよ。むしずが走る」
「…あたくしは、あんたのその汚い言葉遣いに鳥肌がたちますわ。」
この女、いちいちむかつくやつだ。
「いっそのこと、鳥になれよ…」
「あら?何か言いました?」
……。
同じクラスメイトとはおもえねぇ。
最悪なやつだ。
俺と神崎は、やっと家についた。
「はぁっ…しんど…」
「軟弱な男は好かれませんわよ?」
ほっとけよ!!
「ああ…あと。あなた、あたくしにこの言葉遣いを直してほしくて?」
「あたりまえだろ」
俺がそう言うと、神崎はいつもの言葉遣いに直った。
「ふふ…。なんかさ、守が執事になるなんて、おもしろくって。なりきってみちゃった。」
つくづく、変な女だ。
俺が執事でおもしろいだと?気持ちは分からなくもないが、こっちは必死だっつの…。
「やっと直った。いつもの神崎だ…」
ふぅ、とため息を一つついた。
「守。何か忘れてない?」
「…何の話だよ」
「あんた。あたしはお嬢様だよ?」
神崎は誇らし気に、胸に手を当てて言った。
俺は顔を少ししかめつつ、頷いた。
「気にくわねぇけど、そうだな。」
「あんたねぇ…」
「で?それがなんなんだよ」
俺は神崎が言いかけたところを割り込んで言った。
「勿論、敬語は使わないといけないの、分かってんの?」
「…はぁ?」
敬語?クラスメイトに、敬語だと?
こいつ、俺にどんな恥をさらす気だ!!
「はぁ?じゃないし。敬語に決まってんでしょ。」
「何でそーなんだよ!」
「憧れ」
「……。」
敬語にしてほしい理由が、『憧れ』か…
やっぱり、変な女だ。神崎奈緒。
「…分かったよ」
「えっ?」
神崎を目の前に、片ひざをつく。そして、神崎の手をとった。
「…奈緒お嬢様。」
そして俺は、神崎…いや、奈緒お嬢様の手の甲に軽く口付けた。
見上げてみえた奈緒お嬢様の顔は、真っ赤なりんごのような顔だった。
しかし奈緒お嬢様は、すぐに表情を一転させ、微笑しながら呟いた。
「敬語なんて、冗談に決まってるでしょ」
俺はそれを聞くと、「なんだよ」と呟き笑ってみせた。
そして、神崎もそれにつられて笑った。
「あんたは、あたしに忠実に仕える、気軽な執事でいればいいから」
「…あいよ。」
俺はこのわがままお嬢様に、忠実に仕えることを誓った。