異世界転生と勘違い
八月某日。
蝉が煩く泣き喚いてる。暑い、ただただ暑い。
日本の夏はいつからこんなに暑くなったのか。それとも自分が暑がりになっただけなのか。
シャツの第一ボタンを外し、パタパタと手で首元を仰ぎながら赤信号を眺める。
垂れる汗を拭うたびにため息が漏れる。
炎天下、揺れる視界に白い何かが映った。
1匹の猫。
同時に、鳴り響くクラクション。
「危ない」と声に出ていたかどうか分からない。
考えるより先に体が動いていた。
道路に飛び出し思いきり猫を押しのける。
力加減なんて考えている暇はない。
全身に鈍い衝撃がはしる。
猫が安全なところに逃げたのを確認したのと、体がトラックに跳ねられたのは、ほぼ同時だった。
気づけば周りには人だかりができていた。
「誰か!誰か救急車!」
そう叫ぶ男の声と、高い女の悲鳴が頭の奥に遠のいていく。
享年17歳。早すぎる死を迎えた。
…
「.......い........おい」
「...」
「....おーい」
「...」
「おい!!!!いい加減に起きろ!!!!」
「へい!!!!!!」
誰かの怒鳴り声に思わず声を出して飛び起きた。
近所の寿司屋のおっちゃん並みに威勢の良い声だったと思う。
自分で自分の声にビックリしたのは人生でこれが初めてだ。人生といっても17年しか生きられなかったが。
.....ん?
「....そうだ....さっきトラックにはねられて死んだはずじゃ...?」
周りを見渡すと、あたり一面真っ白な部屋だった。部屋というよりは空間といった方が正しいかもしれない。
終わりのない白い空間は、どこか洗練された空気が漂っていた。制服姿でポツンと1人この場にいる自分が、なんだか異様な雰囲気を放っている気がする。
「お前さん......ここで居眠りとはよほど度胸があるようじゃの.....」
「!!??誰ですか???!!!」
どこからか、少し枯れた男性の声が聞こえる。
そうだ、この声に起こされたんだ。
「あーうん、まあなんというかのぉ....」
男は少しどもっているようだった。
「もしかして神様ですか???!!」
これはあれだろうか。漫画でよく見る死後の世界というやつだろうか。
「まあ...そんな感じかの。厳密にいうと神ではないんじゃが...まあなんか気分良いしそういうことでいいわい」
(神様じゃないんだ...)
というか、この声はどこから聞こえているのだろう。周りには人の気配など全くない。
「実はお前さんが助けてくれたあの猫、わしのミィちゃんなんじゃよ」
「ミィちゃん」
「お礼にな、お前さんに異世界への旅をプレゼントしようと思う」
「異世界」
「最近お前さんの世界では異世界転生ものが流行っとるんじゃろ?」
まあ、確かにそれは事実ではあるけれども。急すぎる展開に脳内処理がうまく追いつかない。
「お前さん、名は?」男が尋ねる。
「あーえっと和樹です」
「ふむ....男か。ならチート能力とやらがええかの」
「あ、いや、ちが」
「なに、遠慮はいらんわい。魔力無限で魔法使いまくりじゃ〜〜〜」
「だから、ちが」
「それじゃ、異世界へいってらっしゃ〜〜〜〜〜い」
男がまるでテーマパークのアナウンスのような軽快ぶりで告げた。
瞬間、落ちていくような感覚に襲われる。
しまった。1番大事なところでしくじった。
「私、女だからあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
自分で自分の声にビックリしたのはこれが人生で2度目だ。
和樹 雪乃。異世界で2度目の人生が始まる。