○○○年 ○月 ○日(後編)
今回で完結となります。読んでくれた方ありがとうございました。
ツァーク・ウェドゥレフが、なぜテュマイアーの名から変わったのか、彼は少しだけ微笑むと、その理由を簡潔に説明してくれた。
「それは、私が──未来に対する不安を抱いているからです。戦士ギルドに勤めるあなたなら知っていると思いますが、昨今の魔物や、亜人による人間への襲撃──また、百年前に起きた異界の門の多発──これらに対する、反撃の力を得るために、私は活動することに決めたのです。そのため貴族の地位を捨て、今はただの冒険者として──各地の迷宮や遺跡を探索しつつ、強力な武装を発見し収集する探索者として──活動しています」
彼の目的は、魔物などに抵抗する武器などを発見し、それを手にした戦士の一団を作ることにあるらしい。
探索者は多く居るが、彼のような──大きな理想を掲げる者は少ない。戦士ギルドでも探索者を積極的に雇用し、魔法の掛かった武器や防具を集めることを行っていると言われている。──そうした活動のことを聞いてみると、ツァークさんは言った。
「ええ、私たちも戦士ギルドから依頼を受けたことがありますが──断ったのです。戦士ギルドとは別に活動する、小さな組織の方が活動しやすい部分もありますからね」
彼は含んだ言い方をして、私の目を水色の瞳でじっと見つめる。
「あなたは、祖父から教わった技術を──このまま、しまって置いていいのですか?」
彼の言葉は急に、私の核心を突いた気がした。
「なぜあなたは貴族であるのに、ギルドの受付嬢をやっているのか気になっていました。……それはたぶん、あなたの中にある戦士の息吹を感じるからでしょう。あなたの中には、冒険や戦いに対する強い鼓動を感じる。──あなたは、それを隠そうと躍起になっているようですが──あなたは迷いを捨てて私のように……とは言いませんが、自らを狭い場所から解放する決意をするべきかもしれません」
そこまで言うと、彼は謝罪の言葉を口にし「少しお節介がすぎましたね」と微笑んだ。
「冒険者を手助けするギルドの事務員という立場も、もちろん重要な仕事ですが。あなたにはあなたにしか出来ない──もっと、あなたに相応しい働きというものがあると、私には感じられるのです」
彼はにこやかにそう話すと、ギルドを出て行った。
彼の瞳から感じる強い信念を、私もはっきりと感じた。こんな気持ちになるのは初めてのことだ。
彼の言葉や態度には、真剣に戦い抜いている戦士の魂が、その気概が感じられる。そんな気分になっていた。
彼の身に着けていた銀色の胸当てには、真新しい傷が走っていた。この街に来る前に、強大な魔物と戦って来たのだろう。彼の仲間達も、身を削るような戦いに挑み、勝利した後で──この街で骨休めに来たのではないだろうか。
探索者として各地を旅しながら、危険な迷宮や遺跡の調査に当たる一団。
貴族の地位を捨て、自らの成すべきことを自らの意志で決め、活動する男の言葉に──私は、私の中にある迷いの根元と向き合うことになった。
私を縛る鎖は──家族や貴族という地位、それらの中にある「安定」という、日常を失いたくないという気持ちがあったのではないか。
私に剣を教えた祖父の言っていた言葉を思い出す。
『レイセア、強く、賢くなりなさい。周りの慣習を受け入れ、そこに座したまま考えることを止め、自分たちは貴族だという根拠のない自負に胡座を掻く──そんな連中の言いなりになるな。自分で考え、行動する。そんな人間になりなさい』
私はどうして祖父から剣を教わろうと思ったのか、それを思い出した。
小さく、か弱かった自分。街の周囲を囲む石の壁の中で、安穏と暮らす日々に──子供ながら怯えていたのだ。
冒険者が命を落としたと街の人々が噂する度に──言いしれぬ不安が頭をよぎり、私は剣を持って身を守れる人間になろうとしていた。
小さなレイセアは、やがては冒険者の一人になって友人を、仲間を、街を守れるような戦士の一人になることを夢見ていたのを、はっきりと思い出した。
「そうだ、私にはやりたいことがある。貴族の都合に合わせた軌道に従って生きるのは──もう、やめにしよう」
ギルドの入り口から出て行った一人の冒険者の背中を見送りながら──私は呟く。
この決意は、もう誰にも止められはしない。
私自身ですらも。
── ある受付嬢の非公開日誌 完 ──
レイセアさんのお話はここまで、というか日誌はここまでです。彼女の未来は変化しているのか? それは別の物語での登場を待ちましょう(出たとしても、名前が出たりはしないかな?)。
ここまで読んでくれた人に感謝。評価や感想をいただけるとありがたいです。




