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ある受付嬢の非公開日誌  作者: 荒野ヒロ
十月から十二月の終わりまで

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44/45

○○○年 ○月 ○日(前編)

 その日、私に運命の転機というものが訪れた。

 同僚の受付嬢達を昼食休憩に行かせた後のことだ。


 その一団は戦士ギルドの入り口を通って現れたときから、一風違った空気をまとっていた。──その風貌も、この辺りで見かける連中の()()とは大きく違っており、それぞれが特徴的な鎧や法服ローブを身に着けたりしている。


 街中や旅の途中で、そういった装備を身に着けている冒険者は珍しい。探索すべき迷宮などを離れると軽装に着替えるのが一般的だ(数名のみ、護衛役をするために武装したまま、ということはある)。


 その六名からなる一団は受付の前まで来ると、それぞれの階級章を見せてくる。その内の五人が銀階級であり、一人の──この娘だけが、やや歳が離れている──少女は鉄階級の冒険者だった。彼らは互いの顔を見合わせると、言葉もなくうなずき合い、統率者リーダーらしい若者だけが受付の前に立つ。


「……滞在者名簿に記録しておかなくてもいいんですか?」

 その若者……私と同じくらいの年齢の男が言う。私はその──見覚えのある顔から目をらし、冒険者滞在名簿を取り出す。


「私はツァーク・()()()()()()。仲間はベレク・テオロイ、ドーファ・グライツロット、シャス・エレフィ、フィーナ・ネフティネス、以上が銀階級。ユナ・ティーグナンが鉄階級です」

 私はその落ち着いた声を聞きながら名簿に記録を取っていき、最後に鉄階級の少女の名を書きながら、おもむろに口にしていた。


()()()()()()ではないんですか?」

 そう言ってツァーク・テュマイアーの顔を見る──彼とは以前、父親に無理矢理つれて行かれた社交場で見たことがあった。あの時も、冒険をする変わった貴族として、若い貴族の女達に良く取り囲まれていたのを覚えている。

 私はそれを壁の花になって眺めているだけだったけれど。


「失礼、どこかでお会いしたでしょうか」

 彼は小首をかしげながら、印象的な水色の瞳でこちらを見る。

「ああ、いえ、覚えていないのは当然ですよ。私もあなたを遠くから見ただけですから。……メイアス子爵の開く社交場で一度お見かけしただけです」

 そう言うと、彼は「なるほど」と口にしたが、疑問に思ったことを口にする。


「しかし、子爵の邸宅に招かれているギルドの受付嬢がいるとは思いませんでした。こう言ってはなんですが、あの子爵は冒険者というものを嫌っていて、私に対しても──私の父と同じように冷たい対応をする人でしたから」

 私は簡潔に、貴族という肩書を持っていることを小声で伝えると──彼は肩をすくめて見せる。


「なるほど、しかし──それではあなたは、騎士キアネスのお孫さんということでしょうか。……かつて、この国の英雄の一人として魔物と戦った人物のお孫さんが受付嬢とは、……やや奇妙と言わざるを得ませんが」

 驚いたことに彼は、私がベルツドラウの名を出しただけで、祖父のキアネスのことまで口にした。過去の──数十年前の戦いで活躍した人物のことを知っているだけでも驚きだが、貴族の氏素姓を細かく知っていなければ、なかなかそこまで知り得ないことだろう。


「ええ、まあ……祖父からは様々なことを教わりましたが──古い騎士のことなのに、良くご存知で」

 私の言葉に、彼は少し真剣な表情になる。


「そうですね──しかし、この国の行く末に想いを抱くなら、過去から未来への変遷へんせんといったものに注目していないといけません。そういう意味では、あなたの祖父に国がしたことは、この国に対する民衆の信頼を損ねるものだったと言うべきでしょう。しかし、王が交代し、権力者の側の陣容も様変わりした昨今の王宮は、以前のものよりはだいぶ、ましになったようですね」

次話で「ある受付嬢の非公開日誌」完結です。

急展開ではありますが、彼女が新たな(それは過去とも関係があるのですが)未来へ進むきっかけを与えてくれた「冒険者」の存在あってのものだった、ということなんですね~


ドーファ・グライツロットは『剣の魔女と英雄志願』の方で登場しました。名前だけですがツァークのことも書かれています。ぜひそちらも読んでみてください。

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